6話 大いなる黒の代価
何とか暗黒教団の追手とヴェノムフロッグを退けたウィルト達は、疲労困憊のまま、何とか野営の準備をした。
ラビィがヴェノムフロッグを倒した後、ラビィの頑張りでウィルトを侵す毒は解毒され、すぐに小山から落ちたアリステルを探し見つけ治癒魔術で傷を治し、今に至る。
もう全員がぐったりしている。起き上がる元気も無い。近くの岩に頭を置いて枕代わりにするウィルトはそのまま干し肉を食べ、近くの木を背もたれ代わりにしているラビィは硬いパンに噛み付き、地面に広げたシートに寝転がるアリステルは食べる元気も無い。
ベルム公国の首都を出発してから1日目でこれである。
「そー言えばさぁ、ヴェノムフロッグの動きを鈍らしてくれたよね。ありがとぉ〜アリステル〜」
「いえ、私は全然……ラビィ様が動きを止めてすぐに使っていたら、ウィルト様に毒が当たることも無かったのに、私が未熟だから、封魔石の力を使うのを躊躇ってしまいました」
「気にしてない」
「だってさ。あたし達が好きでやってることだから、気にしないでー。て言うか、気にし続けたら体持たないよ」
会話が終わる。それほど疲れているのだ。
干し肉に噛みつく中、ウィルトは静かにラビィの首筋を見つめる。ラビィの首筋のヒビは既に治っているのか、もう見えない。しかし、何とも言えない不安がウィルトの心をギュッと締め付けていた。
焚き火が燃える。ラビィとアリステルは寝ているがウィルトはまだ起きている。再度、ウィルトは実感した。僕は余りに弱いと。ならず者と戦う中、1人も拘束することも致命打も与えられなかった。できたのと言えば、防戦集中することで何回も聖剣の形を変えられたくらい。
今のウィルトには何もかも足り無い。力も体力も判断力も、聖剣を自在に変えられる想像力も。それはウィルトが一番良く分かっている。
「おい、人間。ラビィは寝ているか?」
背後の木の陰から、ラビィの姉であるホエルの声が聞こえた。ウィルトはそのまま振り返らず、静かに頷く。
「先程ドールから聞いた。ラビィがやりたいと思ったことなら口は挟まないが、にしても面倒事に巻き込まれたようだな。全く……黒の王の子だと言うのに末妹は優し過ぎる。それがラビィの良さだが……」
ラビィのことになると少し声が明るくなるホエルの声は、途端に低く暗くなる。
「ラビィは黒を使ったのだろう?私には分かる」
黒……それの言葉が思い当たるそれを、ウィルトは見ている。黒き咆哮と、ラビィの首筋に走った黒いヒビ。
「黒は私達、黒色席次全員が使える特別な力だ。だが、ラビィだけは相性が悪いのか、黒を使い過ぎれば暴走してしまう。体のヒビはその兆候だ。だから緊急時以外は使うなと言っていたのに」
歯痒いような口調でそう言い、そして木の陰から黒い玉のような物が投げられ、ウィルトは何とか受け取る。昔ラビィに貰った黒い石に、その玉は似ていた。
「もし、ラビィが連続的に黒を使ったりして暴走したら、このを玉を壊せ。その玉を壊せば、連動するこちらの玉も壊れる魔術が仕込まれている。昔お前にラビィが渡した石と似たような物だ。何があっても、ラビィを止めてやるから安心しろ。あれは己を顧みない、どうしようも無くて世話が焼ける私達の末妹だからな」
そう言い残して、ホエルの声は途切れる。ウィルトは声が聞こえた木に視線を向けるが、そこにはもう誰もいなかった。
「着い……た」
「そうですね……」
「まだ一つ目だけど……」
時間は昼過ぎ、ようやくウィルト達は一つ目の街に到達した。
あれから新たな襲撃は無いものの、前日の疲れがまだ尾を引いている。この街はベルム公国とアルカディア王国の国境付近であり、元々ここで休憩と軽く観光と再度準備をしてからアルカディア王国に向かうつもりであったのだが、その元気はもう少ない。
「……どうしますか?」
「宿屋探そ……あんなにすぐ襲撃くるなら、今の体力じゃ心許ないし」
ウィルトとアリステルは頷き、宿屋を探しに街中に足を踏み入れる。
その街はベルム公国が誇る観光都市の一つ。故に様々な店や物がある。ウィルト達が歩いていると、食欲をそそる匂いがそこかしこから匂ってくる。結果、前日の夕食は干し肉とパンくらいだったウィルト、ラビィ、アリステルは食欲に負けて一番美味しそうな匂いのする飲食店に向かって行った。
食べて、食べて、食べて、満腹になり店を出る。ラビィは腹を擦りながら感嘆の声を漏らす。
「美味しかったぁ」
「結構食べた」
「確かに美味しかったですけど、予想外の出費が……」
アリステルは涙目だが、既に食べてしまっているのでどうしようもないし、アリステルも実際かなり食べた。ラビィやウィルトよりも食べている。
好きに食べたことで体力的にも精神的にも回復したラビィ達は、回復した勢いのままこの街を観光することにした。2人を抑えるのにまた苦労しそうだな、とアリステルは再び思うが、この街に来た以上もう止められない。
色んな店を見たり入ったりしながら観光しつつ宿屋を探していると、小道にあるこぢんまりとした店の前で、ラビィが足を止めた。
「珍しい。大体首都とかにある店だけど、この街にもあるんだ。ウィルト、アリステル。入ってみよ!」
魔導具店。そう看板が掲げられた店に入ると、扉についた鈴のチリンという音と共に、様々な物が目に映る。そこには小さな道具らしき物が幾つもある道具屋のような店だった。
魔導具とは、一言で言うと魔術が刻まれた道具である。 ドールが持っていた転移魔術の杖が良い例だ。他にもボタンを押すと火が出る暖炉や、接続した同士で遠くに声を伝える通信用の魔道具も存在する。
大抵は魔術師が加工しているので、かなり大きな街や国の首都では無い限り加工する魔術師自体がいない。なので、小さな店とは言え魔道具店は中々お目にかかる機会は少ない、ちなみに観光産業主導のベルム公国の首都には、魔道具店は存在しない。そう言う意味でも珍しいのだ。
店長らしき老人が本を読んで会計と思われる場所にいる。ラビィが入ると一瞬目を向け、そしてすぐに手元の本に視線を落とす。そんな老人を特に気にすること無くラビィが棚の魔道具を、ウィルトが様々な魔道具のナイフが置かれた机を、アリステルは何か使える物が無いか店の中全体を見ていると、再び扉がチリンと鳴って男3人が店の中に入り、近くにあった椅子に髭が薄く生えた男が腰を掛ける。
意味深にラビィ達……特にアリステルを見つめて。
「昨日くらいか?大変だったろ」
一気にこの場の空気が凍る。椅子に座る男が言う昨日には、暗黒教団の襲撃があった。確かに大変であったが、そんなことを何故この男が知っているのか。そんなことは一目瞭然である。
「立ち話はなんだ。一人分しか残ってないが、座っとけ。お嬢様には辛いんじゃないか?」
男はアリステルを見つめながら、もう一つある椅子にはアリステルに座るよう促す。了承したようにアリステルは座り、ラビィとウィルトは護衛のようにいつでも攻撃できるよう、警戒を強めた。
どこにでもいそうな服を着た中年らしい男。その男は、そんな2人の敵意を感じ取り、座りながら両手を上げる。
「いや、戦う気は無い。ただね、封魔石の場所さえ教えて貰えればそれでいい」
「ジェパレア様!」
「おい、自己紹介前に俺の名前言うなよ。全く」
男と一緒にいた者の1人から咎める声がするが、ジェパレアと呼ばれた男は呆れ気味に黙らせ、再びアリステルに向き合う。
「改めて、俺はジェパレア。暗黒教団の幹部だ。昨日ならず者を連れて行った馬鹿が音信不通になってな。どうしたもんかと街に残っていたら、こりゃ不思議。君達がここにいた。何とも素晴らしい。どうやったが知らんが、あの数を対処した。それだけで誘いたいくらいだ」
「暗黒教団になんか入らないよ」
ラビィは絶対入らないことを示すように強く言うが、ジェパレアは思っていたことと違うのか手を横に振る。
「いやいや違う違う。待遇の良い傭兵団に入れてやろうと思っただけだ。暗黒教団からの依頼は来るが、別組織。入ったことにはならないだろ?」
「……」
「話がそれたな。俺は暗黒教団所属だが、別に殺してでも奪う必要があるなんて思ってない。できるだけ穏便に終わらせたいだけのオッサンだ。おいおい!まさか今戦うと思ってるのか?こんな街中でドンパチはしねぇよ。管轄が違うからな……だがそっちがその気なら、こっちは数で対抗しよう」
そう言うと、ジェパレアの連れ、暗黒教団の信者から殺気が溢れ外からも分かりやすく殺気をウィルトは感じ取った。
「……多い」
「そっちのガキは気付いたみたいだな。よし、アリステルの嬢ちゃん。封魔石をくれればそっちの要求を可能な限り飲むが、どうする?封魔石を渡し――」
「おい!ここで喧嘩するつもりなら店から出ろやゴラァ!!」
老人らしからぬ怒号と共に、手に持った長い杖と魔道具と思われる長剣を持った店長から凄まじい殺気が溢れる。暗黒教団の信者から溢れた殺気が吹き飛ぶほどの凄まじい衝撃。ジェパレアや店にいる信者含め、その老人の変わりように完全に呆気に取られていた。
今にも暴れ出しそうな異様な雰囲気と呆気にとられ硬直する暗黒教団。その隙に足早にアリステル達は店から出てそのまま離れ逃げる。
一瞬の隙にアリステル達に逃げられてしまったものの、ジェパレアは信者を使って追わせず、元々買おうとしている物があるのか指で摘めるくらいの小さな魔道具を手に取り、老人の前に置く。
「……その前に爆発する魔道具を一つ」
「買ったらすぐに出ろ。ここで喧嘩するつもりなら頭吹き飛ばすからな」
武器を持って敵意マシマシな声色にジェパレアは冷や汗を流しながら魔道具を買うと、すぐに店を出る。おっかねぇ、などと呟きながら10歩ほど店から離れ、その位置からもうかなり離れているアリステル達を見据えた。
既に人混みに紛れもう殆ど見えないくらいに離れたアリステル達を見て、近くの信者に聞こえないくらい小さく呟く。
「……眩しい卵だな」




