4話 黒の王を崇めし宗教
風が吹き荒れる空を進む飛行船の中、飛行船内部の数ある個室の1つでラビィとウィルトが座り、反対側に彼女は座った。
薄汚れたローブはここでは必要無いと判断したのか、脱いで畳む。ローブという殻を脱いだ彼女は、長い金髪を後ろで纏め見るからに高級そうなドレスと宝石のアクセサリーを身に着けた、多少汚れているがそれでも陰らぬ気品あふれる令嬢の姿。
初めてこういった人を見たウィルトは、自身とは余りに違う世界を感じ息を呑む。
「改めて、この度はありがとうございました。自己紹介がまだでしたね。私の名前はアリステルと申します」
「あたしがラビィ・ラブ。こっちが……」
「ウィルト。よろしく」
アリステルと名乗った十代後半に見える彼女は、申し訳なさそうに眉を下げる。
「申し訳ありません。ご同行していた方と離れ離れになってしまって……」
「別に大丈夫だよ。もう二度と会えないって訳……じゃ……」
「ラビィ?」
「うぅぅ……」
「あ、あの。ラビィ様、どうかされましたか?」
突如、ラビィが両手で顔を隠してうずくまった。そんなラビィにアリステルが心配そうに声を掛けると、ラビィは唸るように、ぽつりぽつりと言葉を溢す。
「……あたしってさ、この前まで、姉さん達以外とは全然話さなかったから、知らない人と話すのに、抵抗があったの。でもここ最近は、ウィルトと話すようになって、慣れた気でいたけど……今になって、反動が……うぅ……恥ずかしい」
少し時間が経ったことでようやくラビィが落ち着いた。横に座るウィルトの背中越しにアリステルと会話する状態にはなってしまったが。
「それにしても、何で追い掛けられてたの?思いっ切り殺そうとしてたけど」
「……詳しい説明は省きますが、彼等の名は暗黒教団。黒の王を崇める宗教組織です」
「ぶっ」
黒の王。ウィルトはその言葉をここ最近で聞いたことがある。アリステルに気付かれないよう、自身の背中に体半分で隠れる黒の子であるラビィにどういうこと?と言う意訳を込めた目を送る。
その目に対し、ラビィは首をブンブンブンブンと凄い勢いで横に振る。全く知らないということだろう。つまり、崇め先が認知していない非公式な迷惑宗教。
そんな挙動不審なラビィとウィルトだが、これまでのことを思い返していて2人の様子に気付かないアリステルは、そのまま説明を続ける。
「彼等の狙いは、私が持つ封魔石呼ばれる秘宝で、我が家に代々直系の子に受け継がれと来た物です。特別な力を宿しているのですが……すいません。まだ、あなた方を信用し切れていないので、どういった力があって、この石が私の何処にあるか、御教えすることはできません」
「全部守れば大丈夫」
「そ、そうだよ。アリステルごと守れば万事解決じゃないかな」
簡単にそう言い切る2人にアリステルは頼もしさを感じる。が、逆に何とも言えない危うさも同時に感じていた。
アリステルが目指すアルカディア王国の隣国。ベレム公国までは約2時間。その間暇なので、それぞれがしたいことをすることになった。
ラビィは乗っている飛行船の中を練り歩き、先程の黒装束のような者がいないかを調べて行く。
ウィルトはまだ空いていた個室の一室を使い、聖剣を手に入れてから続けている、イメージによる変形訓練を開始。
さっきは何とかまともな槍の形を作れたもののまだ危うい。聖剣の変形はウィルトの強さにも直結する。一度の戦いの中で様々な武器に変えられるようになることを目標に、できるだけ柔軟にイメージできるよう、訓練をとにかく続けなければならない。
深呼吸してイメージを流すと、聖剣の形が全く装飾の無い超シンプルなトライデントに変わる。
「イッタ!」
お気に召さなかったらしい。
アリステルは1人個室に残り、そう簡単に侵入されないように鍵を掛けて、安否の分からない従者や護衛達の無事を祈っていた。
流石に聖剣の攻撃に耐えながらの訓練に限界を感じたウィルトが個室から出ると、丁度その通路を歩いて来たラビィにばったり会う。そのままの流れで、飛行船にある展望室に一緒に入る。中には何人かが外の様子を眺めていた。
その人達と同じように外の空や雲を眺めていると、ふと気付いたことをラビィに聞く。
「ラビィ、転移魔術は?」
ウィルトがラビィの転移魔術で直接アルカディア王国に行けないか聞くと、少し考えた後、ラビィは唸りながら応える。
「転移魔術って大変なんだよ。普通にやろうとするとこっちの座標とあっちの座標を正確に思い描いて、かなりの魔力を使って、ずっと念じ続けてやっと発動するからね。ぶっちゃけ、行ける場所に制限はあるけどすぐに使えるドール姉さんの杖の方が凄いよ。あれってあたしが普通にやるよりも何十倍も早く終わるもん」
転移魔術を使えばすぐに目的地に着けるのではとウィルトは考えていたが、現実はそうも上手く行かないらしい。不貞腐れたようにラビィは続ける。
「そもそもアルカディア王国の場所知らないし」
そのついでのような補足を最後に、この話はお開きとなった。
空島ルベルを出発してから時間通り2時間後。飛行船は徐々に高度を下げて行き、ベルム公国の発着場に到着した。がやがやと乗客達が飛行船から降りる中、飛行船からまだ降りていないウィルト、ラビィ、アリステルがいた。
「ところで、アリステルはいくら持ってるの?定期便は降りる時にお金を払う形式だけど」
「主に従者が管理していますが、逃げる時に従者が金銭を預けてくれたので、少ないですがある程度はあります。それにしても、何故今そのようなことをお聞き……に……まさか」
ラビィとウィルトはサッと顔を背けた。
「……分かりました。護衛の前金として私が払いましょう」
「ごめん」
「うぅ、ごめんねぇ……カッコ悪くて……」
アリステルが3人分の料金を払ったことで、2人は胸を撫で下ろした。
ベルム公国は、豊富な自然と確立された移動手段による観光地産業で名を馳せる国である。武力も領地も他国に劣るが、他国の貴族や王族が何度も訪れ、類稀なる交渉術で国々の干渉を許さず中立を貫き、大国同士の会合にも使われる小さな強国。それが、ベルム公国である。
公国の発着所は首都の中にあり、そこから出ると特産品を売る売店が立ち並ぶ。
右に左に目が移りたくなるものの、アリステルはすぐにアルカディア王国に戻らなければならない。父は王国内を探させているだろうし、そこに付け入る者も出てくることだろう。
大国であるアルカディア王国を狙う不届者は国内外にいる。暗黒教団も例外では無い。アリステルの命を狙った奴等に、もし封魔石の秘密を知られれば、アリステルに限らず、家族の命が危ない。
早急に国へ戻るか、もしくは――
「よし、ドレス売ろっか」
「……へ?」
思わずアリステルから間抜けな声が漏れ、アリステル自身もその間抜けな声が出てしまったことに驚く。発言した張本人のラビィはそんな様子を気にすること無く、アリステルの手を取って、ずんずんと進む。
目指すは服屋。観光地産業が盛んな地だからこそ、様々な物が売れる。服も売れる。有名なブランド店も存在している。先程の事態があってラビィがまず思ったのが、危機的な金銭不足。無一文2人と十分とは言えない所持金1人。
公国から王国までは中々の距離であり、向かうにしても金がいる。飛行船で直接行ければ良いが、突然の急襲を避けるため、貴重な技術を流布し無用な混乱を避ける為、ほぼ全ての飛行船の所有は全てスカイヒル諸島であり、一度スカイヒル諸島を経由しなければならない。
しかし、未だに暗黒教団の輩がスカイヒル諸島にいるかも知れないので、できるだけ危険を避けたいとラビィは考えたのだ。だからこそ、資金調達の為にアリステルのドレスを売ることにした。
「そ、そうでしたか。確かにこの金額では心許ないでしょうね。背に腹は変えられません、売りましょう」
アリステルはそう決意を固めた。そんな2人を横目に、通行人に服屋が何処にあるか尋ねていたウィルトは、ようやく服屋を見つけた。見るからに高級店という出で立ちの建物だ。ラビィとアリステルと共に入ったものの、少々場違いではないかとウィルトは緊張のままに思う。
目当ての服屋に来たものの、アリステルのドレスはそこらの服屋が買い取れそうな高めの服ではない。王族が扱うレベルのドレスだ。
だから下手をすれば買い叩かれ、最悪奪われる。ならばどうするか。価値の分かる偉い人に見て貰えれば良い。
「少し良いかしら?ここの上の方と話がしたいのだけど」
交渉を買って出たアリステルが、近くにいた従業員にそう声を掛けた。気品全開のままローブの下にあるドレスを少しだけ見せるのも忘れずに。
その従業員は普通ではない雰囲気と少し見えたドレスを見ると、アリステルに少し待ってください、と一言断ってから駆け足で店の奥の方に消えて行った。それから2分少々で、この店の社長を名乗る初老の男が現れた。
「応接室を手配しました。お連れの方々もどうぞご一緒に」
仕事が早いものである。案内にされた応接室の椅子に社長とアリステルが座り、一緒に座れる自信の無いウィルトはアリステルの後ろに立ち、ラビィも同じく後ろに立つ。
「ローブは、必要無いわね。単刀直入に申し上げます。あなたに、この服を買って貰いたいのです」
社長は再度驚いた。貴族然とした女性がお忍び来たと思ったら、今着ている少し汚れたドレスを買って欲しいと言った。確実に訳ありだが、このチャンスを逃す訳にはいかないと考える。どう対応しようか社長が熟考し始めると、アリステルは更に畳み掛けた。
「私の名はアリステル・オラル・アルカディア。アルカディア王国の第一王女です。このドレスや装飾の宝石は外交用の高価な物。少し安くても構いません。今すぐ換金して欲しいのです」
大国の王女。それが嘘とは思えぬ気品とドレス。しかし何やら厄介事に巻き込まれている。アルカディア王国からベルム公国に来るほどの厄介事に。それらを天秤にかけ、社長は結論を出した。
「……アリステル王女様。貴方様はどこか訳ありのご様子。ドレスを買い取り、すぐに十分な金銭と代わりの衣服をご用意します。少しばかりお待ち下さい……そうだ、その様子ではお体が汚れていることでしょう。風呂がありますのでどうぞお入り下さい」
「感謝します」
社長が応接室から出て従業員や使用員達に指示を出す中、アリステルは背後で立っている2人を見て、少し意外そうな顔になる。
「驚かないのですね。流石に驚いてしまうと思っていたのですが」
「まぁ流石に、気品までは、隠せるものじゃ無いから、ね。分かりやすいよ」
「王女までは知らなかったけど」
信用できる人はここにはおらず、何処に敵がいるか分からない地で、助けてくれた人は見返りを考えている様子も、嘘をついている様子も無い。王女だからと態度を変えるような様子も無い、そんな底抜けた正直者でお人好しな善人さに、アリステルはこの2人を信用することにした。
風呂に入り、社長監修の動きやすく旅に向いた女性用の衣装に着替えたアリステルは、ずっしりと重くなったお金を入れている袋をリュックに入れ、待っていた2人と合流する。
アリステルの姿は革製の軽い上下装備に護身用ナイフ。ブーツにリュック。金髪をまとめる金属製を髪留めを着けた様相。元々旅人のような服を着ていたウィルトとラビィが一緒になると、さながら旅する少年少女達である。
「お、綺麗になったね。それじゃあ……どうしよっか」
「旅をするなら準備が必要でしょう。生憎服屋なものでこれ以上は何もできませんが、旅に必要な物を売っている店をこの地図に記しました。ご活用いただけたら嬉しいです」
社長が甲斐甲斐しくそう言った。この短い間でかなり色々とやってくれており、限界まで恩を売るつもりらしい。そんな好意を無下にする必要も無いので、ありがたく地図を貰う。
そんなこんなで服屋を後にした。
「ラビィ、喋れるようになってる」
「あっ本当だ」
「そう言えば私と目が合ってても大丈夫ですね」
いつの間にか、ラビィはアリステルとある程度はまともに喋れるようになっていたのだ。今まで姉妹以外とあまり話せなかったが、ウィルトを通じてラビィは成長していた。そのことを強く、強く実感した。若干感動もしている。
服屋の社長から渡された地図を頼りに店を転々とする中、アルカディア王国第一王女アリステル・オラル・アルカディアは……
「ウィルト様!そう目に付くものを買おうとしないで下さい!ラビィ様は値段をちゃんと見て!定価の2倍です、ぼったくられてますよ!」
完全にウィルトとラビィの財布役と化していた。お金を管理し、相場を見て注意し、そして制止する。まるでパーティの金庫番。普通の貴族令嬢が見たら卒倒しそうな光景である。
そんな2人を制する中、内心アリステルは驚いていた。王族の必須知識として学んでいた経済学が、こんなところで発揮されていることに。
ウィルトはスラム育ちの弊害で知らない物に何でも興味を持ってしまい、ラビィはよくぼったくられるので主に姉達に財布を握られていた。そんな2人を自由にした結果がこれである。そんな様子を見ていた店主は、苦労人アリステルに1人黙祷を捧げた。
昼下がりを過ぎた頃。ウィルト、ラビィ、アリステルの3人は、出立の準備を終えてベルム公国の首都の中と外を分ける門をくぐり、旅が始まる。目指すはアルカディア王国。護衛対象は王女アリステル。敵は暗黒教団。その力は未知数。敵は何処にいるか分からない。しかしウィルトとラビィは諦めない。アリステルを守る為に。
「それじゃあアルカディア王国に向けて出発!」
「はい、行きましょう!」
「おー!」




