3話 貿易都市空島ルベル
「行くよ、空島!」
城の客間で朝食を取っていたウィルトが、突然のラビィの登場に手に持っていたパンをぼとりと落とし掛け、床に落としてはならぬと何とか床スレスレで掴み取って起き上がる。
「空島?」
「うん空島。ドール姉さんがスカイヒル諸島に出かけるらしいから、あたし達も一緒に出掛けたいなって」
ウィルトがこの空島に来てから、2日が経った。その間ラビィによって城を案内されたり、庭の修復を手伝ったり、食料庫から持って来た食べ物をラビィと一緒に食べたり、1人でもっとまともな形に変えられるように聖剣に殴られながら特訓したりと、そんな日々を過ごしていた。ドールとホエル以外の姉妹にはまだ会えていない。
「スカイヒル諸島……?」
「スカイヒル諸島は空島が何個も集まっている場所の名前。それで今日行くのは、スカイヒル諸島で一番人や物が集まる貿易と商業の街、空島ルベル。ドール姉さんはそこで何か探すらしいよ」
ちゃっかりウィルトの客間で腰を下ろしながら、ラビィはそう説明した。ここで初めてウィルトは他の空島の存在を知ることとなる。
ところでここは、黒の王の本拠地である空の居城。魔術で隠されており見つけるのは困難極まる。空を飛んで向かおうにも遠く、飛行船で向かおうにも魔術の範囲外に出れば突然現れたようにしか見えず不自然。最悪の場合、出るところを目撃され場所を特定されて侵入される。しかしそんな場所からスカイヒル諸島に行くのに、とっておきの魔術が存在する。
「さて、集まったか。これから転移魔術でスカイヒル諸島に移動する。ルベルは人口が多く人の出入りが多いから、まず世が事前に用意している路地裏の仮部屋に移動するぞ」
ある程度まともな様相になった城の庭に集まったドール、ラビィ、ウィルトは、出掛ける準備を既に終えている。後は転移魔術発動するだけである。
ウィルトはラビィが用意してくれた旅人服と聖剣用の鞘を不格好にならないように着用している。旅立った時に来ていた服はドラゴンにボロボロにされたので、服と呼べる物はここに来た時に来ていた服と今の旅人服だけ。
ラビィは初めてウィルトと会った時と同じような服を着こなしている。腰には小さな杖とポーチを装着し、かなり様になっている。
ドールは服にあまり頓着しないのか、細かな装飾が施されたラビィが持つ杖よりも短い杖とちょっと武装しただけの白衣姿のままである。出発準備をしていると、そう言えばと気になっていたことを思い出した。ドールは明確な目標があるが、ラビィ達にはまだ目的を聞いていなかったのだ。
「ところで、ラビィ。ルベルに来て何をするか決まっているのか?」
「え?決まってないよ」
ドールはその計画性の無さに瞳がU型となって額を押さえた。
「……世に同行しろ。流石にぽやぽや2人組を放任するような無責任じゃない」
「ぽやぽや……」
「え、あたしも?」
ラビィは愕然として固まった。そしてそんなことはお構い無しと言わんばかりに転移魔術が発動する。
魔術は術者が体内の魔力を使って構築して発動するような物があれば、特定の物に刻まれた魔術を特定の方法で発動するような物もある。ドールが持っていた細かな装飾が施された杖に、魔力を流しながら下に向けて転移させる人数分の範囲の丸を描き、描き終わってから真上に向けると転移の魔術が起動する。というように、今の準備がそうであった。
転移魔術が発動すると、瞬く間に景色が変わる。城の庭から薄暗く小汚い部屋に様変わりしていた。
「無事、全員転移できたな。よし、この部屋から出ればルベルの路地裏に出るぞ」
ここでウィルトは気付く。ドールの瞳が何処にでもあるような普通の黒い瞳に変わっていたのだ。ホエルの尻尾と同じように隠したのだとウィルトはすぐに理解する。普通じゃない物を隠さないほど、黒色席次の危機意識は欠落していない。
ドールが用意した部屋から出ると、そこは路地裏だった。ウィルトにとって馴染み深い路地裏であるが、ウィルトが育った街のような不浪人は見当たらない。単にここにだけいないのかも知れないが、少なくともここ周辺の治安が良いことの裏返しだ。
「ウィルト、そんなに黄昏れてないで行くぞ。ラビィも離れるな」
興味が赴くままに行動しようとする2人の首根っこを掴み、引きずり気味に目的の方向に向かって歩く。渋々と言う感じで2人がドールに掴まれながら路地裏を進んで行くと、道が開けていき段々と人の声が少しずつ大きく、そして人混みが見えて来た。
「さてウィルト。確か初めてここに来たらしいな。せっかく来たなら目に焼き付けて置け。こここそが、飛行船技術で世界中からあらゆる物が、人が集まる商業の空島。別名、貿易都市ルベルだ!」
ドールが意気揚々と路地裏を抜けた目の前にある大通りをウィルトに見せる。その人数、聞こえる商売の声、活気に満ちた場所であることはウィルトの目にも一目瞭然である。
その時、ウィルト達の頭上の空に大きな船が音を立てて通り過ぎる。ウィルトが空を見ると、幾つもの空島とその間を行き交う空飛ぶ船が目に入る。その様子にウィルトは固まった。衝撃が強すぎたのだ。
空を見上げ愕然と驚いている様子のウィルトに、ドールはまさかと思いながら疑問を投げつける。
「まさか初めて見たのか?飛行船を」
「初めて、見た」
頷きながらまだ空を見上げで飛行船を探すウィルトに、ラビィがウィルトと出会った街を思い出す。
「多分、ウィルトの出身は地方だから見たこと無いんじゃないかな。飛行船があるのって大体大きな国の首都とか大きな街だし」
その通り、ウィルトは生まれてから空島も飛行船も見たことがない。聞いたこともない。
「そういうことか……いい加減そんなずっと驚いてないで、行くぞ。遅れたら目も当てられん」
「そこのお嬢さん!野菜に興味は無いかい?この青々とした野菜達は、リリコット大陸から今朝仕入れた超新鮮だ。安くて美味い!後悔しない味を提供するぜ!」
「いやいや、そんな野菜よりも果物に興味は無いかい?値段は多少張るが、それくらい特別で甘いよ!厳選された果実だよ!」
「アルカディア王国の騎士団御用達!特製治癒ポーションはここだけの限定品さ!一滴飲めば擦り傷が、全部飲めば大火傷がスッキリ治る代物!残りは少ないぞ!」
大通りの市場を右に左にぐるぐるとウィルトが首を回している。あまりに色んな方向から声がするから、首が千切れるのかと思えるくらい回しているので、首は大丈夫なのかラビィは心配になる。
ドールは既に行き先が決まっているようで、市場の人々の声を完全無視して突き進む。
「ここには色々な物が集まるが、とりわけ珍しい物が流れ着くことがある。大体の場合、そういった珍しいのはオークションに出されやすい。世はそこに目をつけた」
そう言って、大通りから少し離れた場所にある大きな建物の前でドールは足を止める。続いてウィルトとラビィも足を止め、その大きな建物を見上げてウィルトが感嘆の声を漏らす。
「上が気になっているようで悪いが、本命は地下だ」
建物の上を目指しそうなウィルトを言葉で切り捨て、引きずるように大きな建物もといオークション会場に入って行く。建物内部は広く、他の店もあるのか様々な人々で溢れかえっていた。
「地下に行きたい」
扉の先にいた受付に対して、ドールがそう言い放つ。受付の人間は慣れた様子でオークション会場に続く地下への階段を案内し、ドール、ラビィ、ウィルトに番号の札を渡して下の持ち場に戻って行った。
「どう使う……?」
「簡単だよ。欲しいものがあったら、札を上げて買いたい金額を言うの。他の人がもっと高い金額を宣言したら、それよりもっと高い金額を言うか取り下げる感じ」
地下への階段を下りながら、ラビィがそう説明する。が、ウィルトは無一文である。今まで稼いだお金はほとんど装備と旅用の荷物に消え、今やそれもドラゴンに壊された。オークションに来る意味がほとんど無いのであった。
オークションが始まった。様々な品が無数の人の目に晒され、気に入った誰かによって落札されて行く。そんな中、ドールの横の椅子に座るウィルト。それにラビィは暇であった。誰かにとっては興味を唆られる物が幾つも登場しているかも知れないが、そもそもその知識が無いウィルトには何のことだがさっぱりである。ラビィはそもそもオークションの為に来た訳ではない。知らないことが多いウィルトに、色んなことを知って欲しいと思って空島ルベルに誘い、ついて来ただけである。
そんな2人の様子を察したのか、ドールがオークションの商品説明を横目に見ながら暇潰しになりそうなことを提案してみる。
「……もし暇なら、少し外を回ってきたらどうだ?目的の品が来るまでまだ時間が掛かる。近くの露店を見に行くくらいなら、世はとやかく言わないぞ」
その提案に2人とも静かに喜びながら、足早にオークションを出て行く。ドールはそんな様子を微笑ましいと思いながら見送り、2人が露店で何を買ってくるか思い馳せていたものの、すぐに意識は出されていく品々に向けられて行った。
所変わってオークション会場がある建物のすぐ前、そこには重労働から解放されたかのように爽やかなラビィと出てすぐに意識が露店に向かっていたウィルトがいた。食べ物、工芸品、飲料、素材、様々な物が売られているが、無一文なウィルトには全てが高級品。
見るだけで終わりそうだな、と考えていたウィルトに対し、ラビィが遠くを向いて少し険しい顔に変わった。
視線の先には路地裏があるが、ウィルトの目には特に何かある訳ではない。ラビィがそうなるくらいの何かが通り過ぎたのかなとウィルトは考えつつ、そんなラビィに聞いてみる。路地裏の先を指差しながらすぐに応えた。
「あそこの、ほら、路地裏の突き当り。誰か追い掛けられてたよ」
追い掛けられていた。つまり、今さっき誰かが追い掛けられながら逃げていたことになる。そんな様子が見えたからと言って、追う側と追い掛ける側のどちらが善悪なんて分からない。ただの遊びかも、ラビィの杞憂かも知れない。そんな時に、ウィルトが思い描く英雄だったらどうするか。
「……もし、ラビィ絵本の英雄だったら?」
「愚問だよ、ウィルト。それを聞いたってことは、考えてることは一緒だよね。助けるよ!」
「うん!」
「はっ……はぁ……はぁ……」
息が切れる。体力も限界に近い。王都から地方の視察に向かっている時に襲われ、護衛も従者も離れ安否も分からない。王都に向かうには遠く、何とか逃げて飛行船の定期便に乗り、このスカイヒル諸島まで来たが、それでも彼等は追い掛けてきた。彼等の狙いは分かっている。狙いは、己の血筋と王家に代々受け継がれてきた、封魔石と呼ばれる秘宝。これが彼等には都合が悪いのだ。
ずいぶんと遠くまで来たものの、それももう限界。逃走劇は終わり、彼女の人生の幕は降りる。
(申し訳ありません。お父様、お母様。不出来な娘でごめんなさい――)
「再構築・槍型!」
「爆炎魔弾!」
彼女に迫る刃が、突如割り込んで来た2人の攻撃によって弾かれ、そして直撃を喰らい近くの壁に叩きつけられた。2連続の衝撃に耐え切れずその場で気絶した。
薄汚れたローブを着た女性と、殺意を撒き散らした暗殺者のような出で立ちの黒装束が6人。1人はウィルトとラビィの同時攻撃でダウンさせたが、まだ5人いる。ラビィは考える。威力の高い爆炎魔槍などの魔術なら全員まとめて倒せるだろうが、守るべき対象がいる上に、ここは市街地。変に相手をすればラビィ達が指名手配されかねない。
「うーん。よし、一旦逃げるよウィルト!」
ラビィが魔術で足止めしつつ、ウィルトは聖剣を槍から剣に戻しその場に力尽きていた彼女を抱え走り出す。足止めができたのを確認すると、すぐにラビィもウィルトを追い掛けた。
「あの、可能なら発着場までお願いします!」
「……どこ?」
「あたしは知ってるよ。こっち!」
ラビィの案内で幾つもの飛行船が出入りする発着場に到着した。黒装束が追い掛けてくる気配はまだ無い。ウィルトが抱きかかえていた彼女を下ろすと、お礼とでも言うような綺麗な一例の後、こう言った。
「先程はありがとうございました。ですが、ここからはあなた方は関係ありません。ですから、ここで、この発着場でお別れとしましょう。追手もあなた方を追うほど暇では無いはずです。私に巻き込まれただけなのですから」
その突き放すような言葉に対し、ウィルトは物理的に一歩近付く。
「見捨てない。絶対に」
「そうだよ。言葉を返すけど、あたし達ってそんなに薄情に見えるの?」
その返された質問に、彼女はパチパチと瞬きをした。見知らぬ誰かを助け、挙句一緒に付いていこうとするウィルトとラビィを薄情だとは、これまでの行動からは全く思えない。少なくとも彼女はそう感じたのだ。
「い、いえ。全く」
「よしそれじゃあ、取り敢えず定期便に乗ろ。行きたい国はある?」
「……アルカディア王国です」
ラビィは周囲を見渡しアルカディア王国行きの飛行船が無いか探す。だが無かった。仕方ないのでその隣国に行く定期便が無いか探すと、何とかまだあるがそろそろ出発時間。
急いでその飛行船に乗り込むと、それを確認した乗組員がかけた橋を閉じて飛行船が浮かび上がる。そんな初めての現象に、ウィルトは興奮を隠せない。
「ラビィ!」
丁度飛行船がルベルを離れ始めた時に、ラビィを呼ぶドールの声が響く。その声が聞こえると、ラビィがドールに向けて大声で叫んだ。
「ごめんドール姉さん!用事が出来ちゃった!当分は帰れないって、皆んなに伝えて!お願い!」
「好きにやって来い!応援してるからな!」
その声が聞こえた頃には、空島がすっかり小さくなっていた。
2人と見知らぬ誰かを見送った黒色席次の3番、ドール・メラは両目を回転させながらただ1人呟く。
「さて、あの者は末っ子のラビィにとっての何者になる?弟か?友か?それとも……ふふふ、久方振りに探求が捗りそうだ」




