2話 黒色に席る次代の災禍
世界が混迷を極めた太古の時代。黒の王は空の居城にて世界を見渡し、5つの黒に分たれる。黒の王の子たる心の化身。子らはそれぞれの黒を招き、大地の1つは冥府に堕ち、助けを求めた哀れな人々は神を求めた。
舞い降りし神は黒の王と黒の子を聖戦をもって神罰を下す。救われし人々が感謝と祈りを捧げる中、神は告げる。厄災は未だそこにいると。
古き一節 厄災の詩にて
ワイバーンとは、前足が翼になった巨大なトカゲである。ドラゴンに近い種族であり、空を飛べる為世界中で目撃される魔獣である。
その危険度は高く、ブレスを吐いたりはしないものの、小さな家屋ほどの大きさを活かした上空から突撃攻撃や後ろ足の爪による引っ掻きを得意としており、鎧をも破壊できる威力を持つ。群れともなればワイバーン用の討伐隊を編成しなければならないほど。
その為、間違っても、たった2人で、立ち向かうような、相手では決して無い!
「びっっくりした……」
着地直前にラビィに抱えられて落下死は免れたものの、普通の人間であるウィルトには城の高い場所からの落下は凄まじく心臓に悪かった。
若干震える足を押さえ、ウィルトは着地地点の周りを見渡す。
そこは芝生が一面に生え花壇や樹木が所々に生えた大きな庭。噴水もあり、定期的に手入れをしているとすぐに分かるほどに綺麗な庭である。ワイバーンよりも庭に驚いているウィルトから少し離れた所には、遠くを飛ぶワイバーンを見据えるラビィ。片手を遠くにいるワイバーンに向け、深く深く集中し、その魔術を形にする。それは轟々と燃え上がる槍の形をした炎。
「それじゃあ先制攻撃。爆炎魔槍!」
突如現れた城に驚きつつも、何処から襲おうか考えていたワイバーンに炎の槍が直撃する。爆炎がワイバーンを包むが、翼を大げさに羽ばたかせてラビィの魔術を霧散させ、攻撃した者に向けて突撃した。
ラビィはやはりと言う顔をして、次の魔術の準備を始める。爆炎魔槍は威力、射出速度は人相手には十分だが、この長距離では威力が減衰され、ワイバーンを一撃で仕留め切るには全く足り無い。前回の時に姉に助けられるまでの時間を思い出しながら、どうすれば自身とウィルトで倒せるかに意識を向ける。
攻撃されて怒り心頭なワイバーンはラビィに接近し、爪を落下させる要領で振り下ろす。
しかしその大振りな攻撃はラビィに当たらず、そのまま庭の土と芝生を抉り取り、その隙に真横から魔術を放つ。瞬く間に片方の翼に霜がこびり付き、一気に重量が増す。これでは羽ばたいて飛ぶことができないが、そんなことはお構い無しとばかりにその翼をラビィに向けて振り回す。重い塊となったそれは、直撃すれば致命傷となりかねない。
ラビィの魔術は致命打とならず、ワイバーンの攻撃もすばしっこく避けるラビィに当たらない。双方、攻めあぐねていた。
実際のところ、ワイバーンを一撃で倒す手段はあるにはある。しかしその手段は姉達に緊急事態以外は使うなと言明されており、この状況は緊急事態とは言い難い。ここは黒の王の本拠地であり、ラビィの姉妹達が暮らす家。故に姉達が助けに来るのは時間の問題だからだ。
「……っ」
巨体と魔術のぶつかり合い。そんな中に割り込む度胸も力もウィルトには無い。手を引かれて一緒に落下し、戦闘に巻き込まれかねないほどに近い距離で戦いを始めた。状況的にはラビィに巻き込まれたようなものである。恨んでも十分な理由にもなり得る。しかし、ウィルト的にも力になりたい、更に英雄に憧れるその心が後押しし、ラビィの力になる為に何か術が無いか思案する。
「……あっ」
すぐ側にあった。先程ラビィが言ったように、これがあれば、ラビィと協力してワイバーンを倒せるかも知れない物が。
ウィルトは聖剣を両手で構え、どう攻撃するか考える。ウィルトは今まで全くと言って良いくらい剣を持ったことが無い。故に、振れはするものの剣の練度が低いので、ワイバーンに真っ向から相手できるとはウィルト自身そう思えない。なので、この戦闘で貢献できる可能性があるのは聖剣がもつ力。しかし、聖剣の力は……
「確か、どんなに壊れても再生する聖剣……えっと、弱……」
その声を呟くと共に再び聖剣の形が変わり、開いた手に形を変えてウィルトの頭に乗せて、ゆっくり閉じる。つまり……
「痛い!痛い!痛い!痛い!」
ゆっくり握り締めることで頭に圧力が掛かり、殴打とは違う痛みが発生する。
ウィルトが痛みに苦しむ声を上げるとすぐに聖剣は手を広げ、そしてウィルトに見えるように聖剣の形を変える。痛みから解放されて目を開けると、そこには聖剣から浮き出た文字。一応ウィルトはスラム出身だが、ある程度は文字が読める。
『我は聖剣リジェネイト』
「あ、名前?」
肯定するように浮き出た文字は剣に沈み、再び文字が浮き上がる。
『使い方。創りたいイメージを流し込め。すると形が変わる』
「あ、わ、分かった」
自己主張が強い聖剣である。
ラビィがワイバーンを相手取る中、ウィルトは集中する。1番初めに浮かんだ武器の形を鮮明にして、両手で握る聖剣に流し込むイメージで押し出す。
流れるイメージと共に、ウィルトに逆流する聖剣リジェネイトの意思。そして知る。聖剣リジェネイトが持つ力の真価と名を。
「再構築・斧型!!」
形はグニャリと粘土のように変わり、形が更に変わって行く。聖剣の剣の形は見る影も無く、それは見事な木こり斧に――
「イッテ!」
斧になった聖剣が刃の無い方で頭突きする。聖剣と呼べる装飾が施された剣から見る影も無く、それはただの無骨な斧に変わり果てていた。刃で頭突きしてないので聖剣としてはまだ温情ではあるが、スラム育ちで想像力の低いウィルトには厳しかったのかも知れない。
頭突きされた箇所を押さえながら、ウィルトはワイバーンを見据え、どうするかを考える。
手には木こり斧。イメージで形が変わると分かったものの、一度固定化されたイメージはそうそう変わるものではない。木こり斧をペタペタ触りながらどうすれば良いか考えていると、ウィルトは気付いた。斧の持ち手がちょっと伸ばせたのだ。
もしかして、と思いながら木こり斧をワイバーンに向けてイメージを流し込む。
かなりの速度で持ち手が伸びた斧が、ラビィと相対しているワイバーンの腹にめり込み、そのまま庭の木々をへし折りながら城の壁に激突し、ワイバーンをそこに抑え込んだ。
「ナイスだよ!ウィルト!」
ラビィのその声に返事をしたいが、ウィルトはそれどころではない。伸ばした長さに比例して重量も増え、伸ばしたことでイメージを流し続けなければ元に戻ると直感的に分かってしまった。一瞬でも気を抜けば木こり斧は聖剣まで戻り、ワイバーンが逃げ出しかねない。体力的にも精神的にも崖っぷち。
その様子をすぐに理解したラビィが再び魔術を放つ準備をする。魔術の準備をするラビィに、伸びた斧で抑え込むウィルト。対してワイバーンは、至近距離でそれを喰らえばひとたまりもないと察し、未だ霜がこびり付いた羽を力任せに振り回し、まだ無事な方の翼を羽ばたかせ風を起こし逃げようと足掻く。
集中するラビィの手に、火の粉が収束する。これは逃げ回り避け続ける状態では構築し切れない魔術。故に初手に使った高威力魔術。ウィルトの負担を減らす為に、なるはやでその炎の槍は完成した。
「いくよ。爆炎魔槍!」
爆音と爆炎がワイバーンを包む。綺麗な庭だったこの場所は土は抉れ草花は燃え焦げと凄惨な状況であるが、それと引き換えにワイバーンを討てたとラビィは確信していた。渾身の魔術をこの距離で放ったのだ。これを耐えられたらどうしようもない。
ワイバーンは知能が高く肉食で悪知恵も働く討伐推奨の魔獣。爆炎が少し収まった時、そこから放たれた爆風が煙を吹き飛ばす。そこには、全身ボロボロだが何とか耐えきったワイバーンが、そこにいた。
「嘘ぉ?!」
爆炎魔槍が直撃する直前に、ワイバーンは全力で羽ばたいて何とか相殺したのだ。
ここでウィルトの体力、精神が限界となり聖剣が元に戻った。ワイバーンがそれを確認すると、すぐに逃げる為に翼を広げる。片側にこびり付いた霜はラビィの魔術で溶けてほとんど取れている。ウィルトは体力切れ。ラビィは次の魔術を放つまでに少し時間が掛かり、少々息が切れている。現状ワイバーンの逃走を遮るものは何も無い……はずだった。
翼をはためかせ少し浮き上がった瞬間、城の上層から誰かが飛び出し、ワイバーンに向けて落下した。
その落下地点はワイバーンの頭。ワイバーンが気付く間も無くその頭に剣が突き刺さり、貫通し、抜き取り、着地。
ラビィとウィルトが頑張っても倒し切れなかったワイバーンは、今の一撃で頭から血飛沫を上げてぐったりと倒れ、抵抗することできずに絶命した。
「あちゃー、ホエル姉さんが来ちゃったかぁ。相変わらず気付くの早いなー……」
ちょっと不貞腐れながら彼女の名前を呟いてその場に座って胡座をかく。そんなラビィを少し見てホッとしたように表情を緩め、ウィルトを見てすぐに厳しげな顔に変わる。
一瞬でワイバーンを倒す様子を呆然と眺めていたウィルトは気付いた。かつて絵本を一緒に読んでいた時に、ラビィを呼んだあの時の女性。あの時とは違い黒く太い尻尾はあるが、それ以外はあの時と全く同じ姿をしている彼女は、ラビィの姉だったのだ。納得したウィルトに対し、ワイバーンの血が付いた剣を強く振って拭いながら、ホエルはウィルトにその手の剣を向けた。
「黒色席次、2番に座する者として、お前に問おう。ラビィをどう思う?」
突然の質問と向けられる敵意、殺意。その状態のまま、少しだけ考える。ウィルトにとっては、ラビィをどう思っているか特に考えていなかった。絵本を一緒に読んでくれ、助けてくれた人とは思いつくが、妙にしっくりこない。そこまで考えたところで、ウィルトは思う。何故ホエルがこの質問をしたのか、質問の意図が分からない。
「いつか答えを見つけて貰うぞ」
意味深にそう言い残して、ホエルはその場から立ち去った。
ホエルがこの場から見えなくなるくらい離れたところで、不貞腐れていたラビィは良く分からないという様子のウィルトに声をかける。
「ホエル姉さんは気難しいからね。下手に目を付けられたら怖いよ」
そんな助言が耳に入る中、そう言えばと聞きたいことが思い付いた。
「……黒色席次って?」
ラビィはハッとして気付いた。もっと前に言いたかったことを、先に質問されたが故の驚きである。聖剣やワイバーンで頭からすっぽり抜けていたのだ。少し深呼吸をして落ち着いてから、ラビィは説明する。
「あたし達姉妹の呼び名みたいな物だよ。むかーし、黒の子黒の子って呼ばれるのに辟易して、ちゃんとしたあたし達を呼び表す呼称が欲しいなってなって、何日も考えて付けたんだ。スタレス姉さん、ホエル姉さん、ドール姉さん、ライ姉さん、最後にあたし。姉妹全員の合作が黒色席次。かっこいいでしょ?」
「確かに」
「あたしは黒色席次の5番!ラビィ・ラブ!ってね!」
ウィルトには、自信ありげに名乗り、にひっと笑うラビィの姿が輝いて見えていた。




