1話 黒に呑まれし居城
古ぼけた王無き玉座の間にて。
「あらあら、どうしたの?そんなに尻尾を振っちゃって」
扇子を開けて口を隠している令嬢のような女性が、落ち着かぬ様子の彼女に声を掛ける。
「末妹が例の人間を連れて来てな。今は客間のベットで横になっている……」
そわそわしているのは、かつてラビィと呼ばれる少女と共にいた剣を携えた女性。今は剣は無く、少年が見た時には無かった目立つその尾を、上に下に細かく忙しなく動かしていた。
「まあ!あの子が、そう、長かったわね。気になる男の子ができたって聞いて、貴女が1番落ち着かなかったもの」
そう言われると、罰の悪い顔で要件は伝え終わったと言うように、それは足早でその場を後にした。
――――――
開け放たれた扉の前で、髪を無造作に束ねた黒髪の白衣を着た女性が、毒水とか言った液体の入った容器を掲げて仁王立ちをしていた。
「ね、姉さん!あたしが言ったのは目を覚ましてくれる物が無いか聞いただけ!そんなのを飲ませるなんて正気?!」
「え〜、バリバリ正気」
全く悪気を感じない様相でテヘペロとした時、少年は見た。彼女の瞳が上下に回転し、それが止まると丸では無く、見えたのは星形の瞳孔。
両目が星形の状態でテヘペロである。普通では無い光景に対して、少年は色々な感情を押し除けて何とも言えないウザさを感じた。
そんな様子を少年は眺めながら、彼は少し混乱する。
(黒髪黒目で顔立ちも似てる……姉さん。姉妹?)
2人とも目や髪の色。そして顔立ちが似ているのだ。テンションに大きな違いはあるが。
「いやぁ、丁度研究資料としてヴェノムフロッグを捕まえていたからな。ラビィの様子を見るついでに持って来た」
持って来た理由が冷やかしに近いついでと分かると、少女はすぐに扉の取っ手に手を掛ける。
「あ、ラビィ!折角来たのに閉めな――」
一瞬の攻防をしながら少女は何とか抑え込むと、何かに気付いたようにはっとした表情を浮かべた。
「あっ、そうだ、そうだった!名前はまだちゃんと言ってなかったよね。あたしの名前はラビィ・ラブ。よろしくね」
「僕は……ウィルト。親なしだから、姓は無い」
「世はドール・メラだ!よろしくな!」
扉を再びバンッと開け、ドール・メラと名乗った女性は高らかにそう言った。そんな中、ウィルトは困惑する。
世間知らずなウィルトでも知っている。姓は無いが故に己が考え自身に名付けたウィルトは例外としても、血縁関係、それも姉妹なら姓が同じなはずである。
首を傾げるウィルトは、気になるという衝動に動かされて疑問をラビィに向ける。ドール・メラの方に聞くのは新たな何かを引き起こしそうなので止めた。
「姓は違うのに、姉妹?」
「あー、ちょっと事情があってね。あたし達姉妹は姓が全員違うんだ」
ウィルトは世間知らずである。貴族の箱入り娘くらいに知らないことが多い。その為、そういうものかと1人納得した。
そう1人納得する中、ラビィとドールの攻防が再び起こる。その危険物を元の場所に戻して、という主張を持って、何とかドールを部屋から追い返すことに成功した。連戦をようやく終えたという様相で、ラビィは息を落ち着かせ、ウィルトに向き合う。
「色々聞きたいことはあると思うけど、まずはあたしの方から説明するね」
ウィルトは取り敢えず頷く。確かに知りたい現状が色々あるので、まずはラビィの説明を聞くことにした。
「ここは空に座する黒の王の居城。黒の王の力によって、天空に浮かぶ大地。そしてあたし達は黒の王が産み落とせし黒の子だよ。驚いた、かな」
厄災と同義に扱われ、各国でも物語として、神話として、歴史として、それは畏怖の対象であった。黒の王を知らぬ者はほとんどおらず、黒の王同様にあらゆる記録にも黒の子の記録が存在していた。現代において黒の王を笑い飛ばすのは、余程の身の程知らずかただの作り話として間に受けていない者達である。
正直な所、ラビィは少し不安であった。黒の王の評判はかなり酷いので、怖がられたらどうしよう。嫌われたらどうしよう。もし敵意を向けられたら、これからいつも通りでいられるのか、ラビィ自身も分からない。
「あぁ、だから。だから雲が近くに……」
が、彼は知らなかった!スラム街出身のウィルトは特に気にする様子も無く、それよりも窓から見える雲に関心が移っていた!
そんな様子に、ラビィは明らかにホッとする。そして、続けてウィルトが疑問に思うことだろうことについて答えて行く。
「傷はもう大丈夫?あたしの治癒魔術でも、たまに痛みが残ることがあるから」
「大丈夫。痛みがないどころか、元気なくらい」
ベットから降りて、体の動きを阻害するような痛みが無いことを示すように、ウィルトが体を動かしラビィに近付く。それと同時に少し息を吸った。
「ありがとう」
少し照れくさそうにする様子に、ラビィは破顔した。そして心の底からもう1回ホッとした。
温かな空気が漂う中、ラビィは思う。ウィルトの為に、良いことを思い付いたように手を叩いた。
「そうだ!城うちには聖剣とかもあるんだよ。特別な力が宿ってて、あの絵本みたいに、英雄には特別な何かがつきものだと思うんだ。よし、英雄になりたいかー!」
「な、なりたい!」
「それなら出発!ウィルトに、この城を案内するね。聖剣の間までは結構歩くから」
城の中を案内しつつ、ラビィはウィルトの疑問に応えて行く。
「あー、この城って空にあるから、飛べない限り直接行けないんだよね。だから転移魔術で、ウィルトをここまで運んだの」
「……ラビィは、魔術師?」
「そうだよ!えっへん、凄いでしょ。姉さん達には強さで叶わないけど、姉妹の中じゃ2番目に魔術が使えるんだ」
日差しが差し込み風が通って行く、アーチが連なる城の道。城の内部だが外にも通ずるその通路を歩いて行くと、ラビィが足を止めてすぐ側の枝分かれしたその先を見せるように手を広げた。
「ここが聖剣の間だよ。扉が無いけど、この中は結構広くて明るい構造なんだ」
「あれが……」
石畳が続く中、途中から長方形から形を変えて円形になるように曲がっている石畳に変わり、その中心には石畳から一段上がった台座に、その剣はあった。
「そう、あれが聖剣。この城が黒に堕ちる前からある。大昔の特別な剣。せっかくだし、1回引っ張ってみたら?あー、大丈夫大丈夫。あたしも姉妹全員も聖剣抜けたこと無いから、聖剣が抜けなくても恥……じゃ……え?!」
聖剣に手を掛けたウィルトが上に引っ張る。するとすんなり台座から聖剣が抜けた。初めて見た聖剣の全容に、ラビィは目を輝かせ興奮が湧き上がる。
「すごい!初めて見たよ聖剣を抜ける人!あ、そう言えばだけど、その聖剣には特別な力があって、自己修復の力でどんなに折られても粉々にされても、ママの全てを呑み込む黒で消し飛ばしても、何も無い場所から復活したっていう逸話があるんだよ!」
その例題。どんなにその身を削られても再生する物として、ウィルトは該当する魔獣が脳裏をよぎった。
「まるでスライム」
そう口にした途端、聖剣の形がグニャリと拳の形に変わりウィルトの頭上を叩いた!突然の衝撃に膝を折って片手で痛みに震える頭を抑える。
「イッテ!痛い!痛いから!」
「謝って!ウィルト!聖剣に謝って!」
「ごめん!ごめんなさい!」
叫ぶようにウィルトがその手の聖剣に謝ると、謝罪が通じたのか聖剣は元の形に戻って沈黙した。突然の暴走には、手に持つウィルトもラビィもおっかなびっくりな状態である。
「ごめん。言い忘れてた。その聖剣って人の話を聞けるんだよね……それで、叩かれたとこは大丈夫?」
「何とか……」
「……治癒魔術かけるね」
膝を折り頭を擦るウィルトに、ラビィが攻撃された頭に向けて治癒魔術をかける。治癒魔術とは、相手の細胞を癒し活性化させて傷を塞ぎ、そして副次効果で痛みも和らげる魔術である。行使するには難易度が高く、すぐに効果は出にくい。
しかしウィルトの頭の痛みはすぐに引いていき、攻撃で腫れたたんこぶもすぐに治った。それだけで、彼女がかなりの凄腕な魔術師なことの証明である。
「ラビィは抜けないのに、何で僕が聖剣を……」
「まぁ人間が引き抜いた記録は多々あったし、単純に人外を拒絶してるだけかもだけど」
さらっと自身を人外と言うラビィも、それを特段気にしていないウィルトも、もう両者に疑いは無い。心を許した中であった。
聖剣の間には、聖剣以外に何も無い。用事と呼べる何かがある訳でも無いので、ラビィは再びウィルトに城を案内する為に、聖剣の間から出る。そしてウィルトもそれに続いていると、2人の目に、遠くに何かが見えた。
ウィルトが目を凝らしながら、限界までアーチに近付いてその先の空を見つめる。しかしウィルトの目には空を飛ぶ何かとしか分からない。しかしラビィにはあれが何かを判別できたようだ。面倒そうに口を尖らせる。
「来ちゃったのはワイバーンかぁ。どうしよう……姉さんに報告した方が良いのかなぁ……」
そうラビィが呟くものの、ウィルトにはどういうことなのかが分からない。首を傾げるウィルトに、傾げていることに気付いたラビィが補足する。
「地上から見えちゃうと、乗り込むぞー!ってする人達が昔いたんだよね。だから面倒なことにならないように、ここってスタレス姉さんの魔術で隠してるんだ。けど物理的に隠して無いから、あのワイバーンみたいに偶に入って来ちゃうんだよね。うーん、1体だけならまだ何とかなるかな?」
(スタレス……また新しいラビィの姉の名前……)
「よし、あれ一緒に倒そ!あたし1人じゃこの前無理だったけど、2人なら行けるはず!」
「え……」
ドラゴンに少々トラウマができていたウィルトが絶句する。
「聖剣もあるし、数十年前みたいにはならないよ!ワイバーン!」
数十年という言葉を何度か反芻しながら、ウィルトはまじまじとラビィを見る。自身と同年代に見えるが、初めて会った時を考えれば、確実に年上なのだ。
「よし、レッツゴー!」
「えっ、うわあぁあぁぁあ?!!」




