類は友を呼ぶ
土曜日の昼下がり。ユズは町の掲示板で新規情報をチェックしていた。
最近は、他のパーティの目線も気にならなくなってきた。
――相変わらず、周りに人はいないが。
「あの……」
「すみません」
声をかけられ、ユズが振り返ると、そこには男女の二人組みが立っていた。
一人は優しそうな顔の男の子。もう一人は綺麗に切りそろえた黒髪ボブの、少し気の強そうな女の子だった。
「はい?僕ですか?」
「はい。えーと、あの……」
言葉を詰まらせる男の子を見て、女の子が脇を肘で小突く。
「もうっ!ちゃんと、聞きなさいよ」
「う、ごめんココちゃん」
「まったく……。あたしたち、初心者で何したら良いか分からなくて。ギルドとかってどこで登録するんですか?」
――初心者。
その言葉を聞いて、ユズは改めて二人を見た。
二人の格好はほとんど初期装備のみで構成されており、違うのは、ログインボーナスで貰える頭の装飾のみ。
「ああ、そうなんですね。入るギルドはもう決めてますか?」
「いえ、まだです」
「いい所ありますか?」
「うーん、僕もあまり詳しく無いんで……」
「お兄さんはギルド入ってるんですか?」
「……入ってますよ」
「良ければそこ、紹介してください!」
そう言われ、ユズは考える。
高校生もしくは大学生くらいだろうか。
未来ある若者に、それも初心者に、あんな自由奔放なギルド。理論破綻斧士にポンコツ魔導士。さらには守銭奴弓士。
腫れ物扱いをされるのは腹が立つ。だが、紹介してもいいかは別だ。
――迷う。
どう答えようかと思考を巡らせていると、ひつじが顔をだした。
「あれ〜、ユズさん。なにしてるんですか〜?」
「げっ、メェさん」
「げっ、ってなんですか〜」
「いや……ははっ。すみません……」
笑って誤魔化しながら、二人がひつじから見えないように立ち位置を変える。
「……何か隠してますか〜?」
「え?い、いや……」
こんな時だけ妙に勘の鋭いひつじに、じっとりとした視線を送られ冷や汗が垂れる。
そんなユズを訝しんだひつじが、ユズの背後を覗き込むと、二人の男女がいた。
ユズは諦めた表情でひつじの前から退くと、ひつじは上から下まで二人の装備を見て、首を傾げた。
「新人さんですか〜?」
「あ、はい」
「ギルドの入り方を教えて貰ってるところです」
「ギルドですか〜?それならうちに来てください〜!」
「え、いいんですか?」
「もちろんです〜!ユズさんも良いですよね?」
ひつじが笑顔でユズに問いかけてくるが、ユズの目が泳ぐ。
ここで断るのは角が立つ。ぐるぐると回る思考に、答えられずにいると、ひつじがユズの手をぎゅっと握った。
「ねっ?」
「は、はい。もちろん……」
結局、ひつじの上目遣いに流されて二人をギルドへ連れていくことになった。
始まりの町から歩いて十分ほどの所に、ユズたちのギルドはあった。
レンガ造りの家で、壁には蔦が巻きついており、少し古ぼけた印象を受ける。
ユズがギルドの扉を開けると、中にはこんどーとドルが椅子に座って寛いでいた。
「こんにちは」
「こんにちわ〜」
「お疲れさん」
「よっす」
軽く挨拶を交わすと、ひつじが笑顔でこんどーたちに近付く。
「今日はお友達を連れてきましたよ〜!」
「お前、友達おらんやろ」
「ホントにやめとけ」
「また殴られますよ」
ユズの背後には、初心者の二人が着いてきていた。
「こ、こんにちは!」
「こんにちは、お世話になります」
二人は、肩が触れそうなほど近くに身を寄せ合いながら、まるで、お互いを守り合うように挨拶をする。
ユズたちは目配せし合うと、一つ頷いた。
「ようこそ〜!」
「よろしくね」
「仲良さそうだな」
「なんや、学生か?」
一気に歓迎ムードになる四人。その雰囲気に二人は詰まっていた息をほっと吐き出す。
「あ、僕たち大学二年です」
「若いな」
「十九歳くらい?」
「ええ、そうです」
二人を席に座らせ、まずはユズから順番に自己紹介を行っていく。
「僕はユズ。職業は剣士です。よろしくね」
「俺はドル。職業はアーチャー。こいつはゴリ」
「ゴリじゃねぇ、こんどーだ。職業はウォーリア」
「私はひつじです〜。メェって呼ばれてます。魔法使いです〜」
四人が挨拶を終えると、今度は二人が自己紹介を始める。
「僕はユースケです。職業はランサーです。よろしくお願いします!」
「ココアです。職業はモンク?……パンチャーです。よろしくお願いします。」
それぞれが自己紹介を終え、二人の話を聞くと、一週間前に始めたばかりだと言う。
ゲームを始めたはいいが、何から手をつけていいか分からないまま一週間が過ぎ、攻略サイトの『まずはギルドに入る』という文言を頼りに、町に来ていたと言う。
「モンスターを狩ろうにも、草原エリアは封鎖されてましたし……」
「初心者向けって書いてたのにね」
「……」
「……」
身に覚えのある事象に、ユズとドルの背筋が伸びる。今まではあまり気にしていなかったが、実害を目の前で報告されると、いたたまれない気持ちになる。
「あら〜」
「大変だな」
こんどーとひつじは、まるで何も知らないかの様に、いつも通りだ。
「お前のせいやねんけどな」
ドルがぼそりと呟く。
「え?」
「……何か言いました?」
「せやから、こいつが――いっ……?!」
「いや、なんでもないよ」
ユズが机の下で、ドルの脛を蹴る。ユズは、ココアの訝しむ目をスルーしつつ、話題を変える。
「じゃあ、ダンジョンとかも入ったことないよね?」
「はい。……初期装備じゃキツいでしょうし」
「……じゃあ、一緒に行こうか」
「いいんですか?!」
やっとVRMMOらしいことができると、ユースケは目を輝かせた。
「そのためのギルドだからな」
「僕たちが先導するよ」
「ありがとうございます!」
和気藹々とした雰囲気に、ココアは厳しかった目つきをほんの少し緩めた。
「……なんだ、いい人たちじゃない」
「ココちゃん!」
「ふんっ」
初めての環境に戸惑ったり警戒するのは当然だろうと、ユズは二人のやり取りを見て、苦笑いを浮かべた。
一行は早速、初心者向けのダンジョン、ラビラント城跡地へと向かう。
ギルドから少し離れており、始まりの町から出ている魔法馬車で二十分ほどの所にあるダンジョンだ。
――ラビラント城 跡地
分厚い石壁に小さな窓。半円のアーチが美しい、中世ヨーロッパを想起させるようなロマネスク様式の建物だ。所々壊れているが、城の大部分は残されており、その物々しい雰囲気から初心者は近寄り難い印象を受ける。
「わぁ……」
「リアルね……」
ゲームでありながら、驚くほどのリアルさに感嘆する二人。
ユズがゲームを始めた当初、星空の街の手がかりを探して、何度もここを訪れていたことを思い出す。
「ほんまにな」
「私も最初はびっくりしました〜」
「名前の通り、中は簡単な迷路になってるんだ」
「うっ、迷路……」
「わりと簡単だから大丈夫だよ」
迷路という単語に狼狽えるユースケに、ユズは優しくフォローする。その隣で、ココアが城の周囲を興味深そうに観察していた。
「中世ヨーロッパがモチーフなのかしら……」
「この辺りの敵は甲冑を着てるんだけど、甲冑の隙間を狙って技を放つと効果的だよ」
「なるほど……。ありがとうございます」
ユズがユースケとココアに丁寧に教える。
初心者二人をユズとひつじが挟むように隊列を組み、城の入口へと続く坂道を登っていく。
城の入口付近に着くと、奥から三体の甲冑兵が現れた。ガシャガシャと金属音を鳴らしながら、近付いてくるのを見て、こんどーとひつじ、ドルの三人が初心者二人の前に出る。
「新入りにええとこ見せんで!」
「おおよ」
「まかせてください〜」
三人は気合いたっぷりに武器を構えた。
こんどーの斧が甲冑兵の頭を吹き飛ばし、ドルの矢が隙間を正確にとらえる。あっという間に、二体が光の粒子となって消えた。
「す、すごい正確」
「早いわね……」
ユースケとココアは、残りの一体と対峙するひつじを見た。ひつじがルミナスを振り上げながら、甲冑兵に走り寄る。
「ポコちゃん!」
ポコッ
振り下ろされたルミナスが、甲冑兵の肩に当たった、その瞬間。星のエフェクトと共に、甲冑がバラバラに砕けて消えた。
「……え?」
「隙間は……?」
ユースケとココアは困惑の表情を浮かべながら、隣に立つユズを見る。
「……あれは例外です」
遠い目をしたユズに、二人の頬は引き攣る。近くに戻ってきていたこんどーとドルも、口を開く。
「気にしたら負けや」
「うちの最強さんだ。理屈は通じん、敬え」
「魔法使いって言ってましたよね……?」
ユズはにっこり笑うと、何事も無かったかのようにユースケとココアを見て言い放つ。
「さぁ、次は二人の番だよ」
「無視?!」
「なんか嫌な予感がしてきたわね……」
ユズの貼り付けた笑顔に顔を青くする二人。ユズにひつじのことを聞いても、それ以上は答えることは無かった。
敵を倒して戻ってきたひつじが、青い顔の二人を見て口を開く。
「大丈夫ですよ〜、ポコちゃんがいますから!」
「あなたが一番の不安要素なんですけど?!」
「せやから、理屈は通じんて」
「やっぱり帰ろうかしら……」
二人が不安を感じていると、さらに奥の方から先程と同じ甲冑兵が二体現れた。
「ちょうど二人分だな」
「えっ、も、もうですか?」
「やばかったら援護したるわ」
「うぅ……、わかりました。……行こう、ココちゃん」
「ええ」
ユズたちに見守られながら、二人は前に出る。
ユースケは槍を構えてはいるが、腰が引けている。それを見て、ココアはため息を吐きながら、ユースケの少し前に立った。
「敵の間合いに入らないようにねー!」
「二人とも近距離型だからな」
「心配です〜 」
後ろから聞こえる応援に、ココアが振り向きひつじを見た。そしてポツリと呟く。
「……とにかく殴ればいいのよね」
ココアは前を向き直すと息を大きく吸い込み、甲冑兵を見据えた。グローブを嵌めた手をギュッと握り、構えをとる。
「……いける」
そう呟いた次の瞬間、ココアは走り出した。
体勢を低くして、一体の甲冑兵の懐へ潜り込む。
右足を強く踏み込み、前方へと体重を移動させると、そのまま、甲冑兵へとアッパーカットを繰り出す。
「去ねぇぇぇ!」
甲冑兵の顎を殴打する。
ドゴォン!
甲冑がひしゃげ、鈍い音と共に大きく歪む。ココアの攻撃力が高ければ、これだけで頭部は飛ばせただろうと思える一撃だった。
「え……?」
「お」
「あら〜」
「……ゴリラ増えたんか?」
あまりの光景に、ユズの口が開いたままになる。
甲冑兵を殴り続けるココア。甲冑兵か殴られたところから形を変えていく。隙間など全く狙ってはいない。
もう一体の甲冑兵が、夢中で殴打を繰り返すココアの背後に近付こうとしているのが見えた。
「ココちゃん、危ない!」
危険を察知したユースケが、声をあげ、槍を構える。柄をグッと握りしめると、甲冑兵に走って向かう。
「やぁぁぁぁ!」
ユースケは引けた腰に鞭を打つように声をあげる。不格好な走り方で甲冑兵の近くまで来た。ユースケの目は、甲冑兵の首元の隙間を捉えている。槍を構え、力を入れた。
――後ろを向いてる今なら!
そして、そのまま投げた。
カーン
金属音が虚しく鳴り響く。
予想外の行動に、愕然とするユズたち。一瞬の沈黙の後、いち早くドルが動きを取り戻した。
「なんでやねん!」
「なんで投げた?!君の武器だよね?!」
「こ、こわくて……」
「ゴリラの次はヘタレか!」
涙目になっているユースケは、手元を見て槍が無いことに気がつく。
「ああっ?!武器ないです!どうしましょう!!」
「そりゃそうだろうな!」
「アホなんか?!アホなんやな!!」
金属音に気づいたココアが振り返る。もう一体の甲冑兵を認識すると、振り返った勢いを利用して、ボディーブローを入れる。
ゴオオオン
鈍い音が、空気を震わせた。
「オラアアアア!」
もう一発、ボディーブローをキメると、甲冑兵は一度宙に浮き上がった。さらに上から振り下ろされる拳によって、地面に叩きつけられ、鈍い音が再び鼓膜を震わす。
「ドラか?」
「除夜の鐘か?」
「手が痛そうです〜」
ココアの殴打に、二体の甲冑兵は為す術なく、素材となる鉄鋼を落として消えた。
肩で息をしているココアの元にに、ユースケが駆け寄る。
「ココちゃん!大丈夫?!」
「別に………、平気よ」
「良かった、ココちゃんに何かあったら僕……」
「な、なによ」
「ううん。僕の代わりに戦ってくれてありがとう」
「べ、別にあんたのタメじゃないし」
気づけば二人は並んでいた。誰も入り込めそうに無い雰囲気だ。遠くから四人がそれを眺めている。
「あんなにトキメかへんツンデレは初めて見た」
「やめとけバカ」
「胃が痛くなってきた……」
「ポンコツとゴリラが増えただけやな」
「甘酸っぱいです〜。……羨ましい」
胃を押えるユズの隣で、ひつじが小さな声でぽつりと言う。その声は、誰にも届かない。
予想外のタイプの加入に、ユズが胃を押さえる。こんどーとひつじは、二人の織り成すアオハルに眩しそうに目を細めている。それを少し後ろで見ていたドルが、肩をすくめた。
「……やっぱアホばっかりや」
“類は友を呼ぶ”という言葉がある。
この二人は、案外上手くギルドに馴染めるかもしれない。
――少なくとも、まともでは無かった。
ラビラント城の迷路を抜けて、ギルドへと戻る頃にはすっかり夜に変わっていた。
ひつじは、眠たそうに欠伸をしている。椅子に座ってこっくりこっくりと船を漕ぎはじめた。
「今日はありがとうございました」
ココアが、ユズの傍まで来て挨拶をする。ユズは優しく笑って答えた。
「大丈夫だよ。これからよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
挨拶を終えたココアは、こんどーたちと楽しそうに話しているユースケの方を見た。最近話題のアニメやドラマについて語っているようだ。
「……」
ユースケを見るココアの目が、ほんの少しだけ不安そうに揺れているのにユズは気付いた。
「……心配?」
ユズの声にハッと我に返ったココアが、ユズを見上げる。すぐにまた、ユースケの方に視線を戻した。
「……あの子、昔から友達が少ないんです。……ポンコツすぎて」
「ああ……」
ココアの言葉に、先程の槍を投げたユースケの姿が頭に浮かぶ。なんとなく、理解できた。
「でも、ちょっと安心しました」
「え?」
「変な人ばっかりだけど、楽しそうだから」
ココアの目は、ユースケのことを見つめたままだ。ユズもつられて、三人の方を見た。わいわいと楽しそうに話している三人。聞こえてくる話は、本当に馬鹿らしいことばかりだ。それでも、ユズは目を細めて笑った。
「……うん。僕もそう思う」
「ユズさんも?」
「あんまりにも変すぎて、こめかみが痛くなることがある」
「こめかみが?フフッ、なんですかそれ」
声を出して笑ったココアに、ユズが優しく声をかける。
「ココアさんもユースケくんも、ここを気に入ってくれたらいいな。……改めて、よろしくね」
そう言って、ココアに手を差し出す。ココアは、ユズの手を見て一瞬躊躇ったが、その手を取った。
――ユズの顔が、あまりにも優しかったから。
「よろしく、お願いします」
窓から満月が、二人を照らした。




