触らぬ神に祟りなし
金髪の男と黒髪の男が、喫煙室でスマホを片手に煙をくゆらしていた。
「おい、これ見たか?」
「あ?なんだよ」
金髪の男が、もう一人の男にスマホの画面を見せる。そこには、杖でモンスターを殴る魔導士が映されていた。
「……これがなんだよ」
「よく見ろ!ほらこれ、星杖ルミナス!」
「はぁ?冗談だろ」
「いや、マジだって!オリロクの切り抜きで、バズってんだよ!」
「マジかよ」
黒髪の男は目を見開く。偽情報だと軽くあしらっていたのに、オリバー・ロックウッドの名前が出るとあっては間違いなさそうだ。
「しかも日本サーバー!」
「……それってさ」
金髪の男がニヤリと笑って言った。
「300万だ」
300万。
それだけの言葉で、部屋の空気が変わった。数秒の沈黙の後、黒髪の男がゆっくりと立ち上がる。
「よし、行くぞ」
その言葉を聞いて、金髪の男も立ち上がり、男の肩に腕を回した。
「ああ、もちろん。奪いに、な」
そして彼らは、野望を胸にログインをした。
───────────────
ユズ達は、資金調達のために町のクエストを請け負い、草原エリアを回っていた。
「……なんか、変じゃないですか?」
「何がや?」
「さっきから視線を感じるんですけど……。それに、この間からPvP挑んでくる人、妙に増えてませんか?」
「確かにそうやな」
「流行ってんのか?」
ここ数日間、四人は出歩く度にPvPを挑まれるようになっていた。
全て返り討ちにしている間に、正面から挑む者は減っているが、遠巻きからの視線は無くならなかった。
「気にしても仕方ねーだろ。そのうち飽きる」
「そうそう。返り討ちにしとったら、そのうち来んようになるわ」
「……そういうもんですかね」
「もしかしたらファンかもしれませんよ〜」
三人はいつも通りあっけらかんとしているが、ユズだけは居心地の悪さをずっと感じていた。
ここ数日間はどこに行くにも視線が突き刺さる。時折飛んでくる攻撃を避け、返り討ちにしているが、ユズの神経を尖らせるには十分だった。
四人はクエストを終え、換金するため町の集会所に向かっていた。その途中、先頭を歩いていたこんどーが、ふと何かに気付いたように大きな声で叫んだ。
「伏せろ!」
ユズたちは、こんどーの指示に従い、素早くその場で伏せた。
その瞬間。
――ビュンッ
四人の頭上を風魔法が通り抜け、遠くの方で破裂音が響いた。
ユズの背中に冷たい汗が流れる。こんどーの指示が無ければ、直撃していただろう。もし当たっていれば、致命傷になりかねなかった。
ユズたちは立ち上がり、魔法が来た方角に視線を向けた。
「誰や?!」
そこには、金髪と黒髪の二人組の男が居た。二人は眉を寄せ、不機嫌そうな顔でユズたちを睨んでいた。
「チッ、今の避けるのかよ」
「楽勝だと思ってたぜ」
金髪の男は剣を携えている。もう一人は、盾と槍を持った盾槍士だった。
二人はクチャクチャとガムを噛みながら、近づいてくる。
「ふんっ、まぁいい。……そこの魔法使い」
金髪の男に、急に指名されたひつじは、目を見開き肩を跳ね上げる。
「それ、星杖ルミナスだよな?」
「ち、違います!ポコちゃんです〜!」
「いや、ルミナスだろ」
「ポコちゃんってなんだよ、馬鹿じゃねーの」
「ポコちゃんなんです!」
ひつじは頬を膨らませ、男たちを睨みつけた。男たちはそれを呆れた目で見ながら、ルミナスを指さした。
「……なんでもいいが、それは置いて行ってもらうぜ」
男が言い終わるやいなや、ユズとこんどーは無意識に声が漏れた。
「あ」
「あ」
ひつじが、半歩後ろへ退る。
「やっちゃいましたね〜」
ひつじを庇うように、ドルが一歩前に出た。ドルは、いつものヘラヘラとした表情は無く、真顔で男たちを見据えている。
ユズとこんどーは、ひつじの隣に移動し、いつでも守れるように体勢を整えていた。
「おい」
「なんだよ」
180cmを超える長身のドルが、男たちを見下ろすように顎を上げながら近付いていく。
「誰に断ってうちの300万に手ぇだしとるねん」
「300万言うな!」
「ポコちゃんですってば!」
ルミナスの所有者かのように言い放つドルに、後ろからガヤが飛ぶ。
「お前がリーダーか?」
「ちゃう」
「じゃあ何なんだよ」
「財布係や」
自信満々に財布係だと言うドルに、ユズたちが口を挟む。
「誰がアンタに任せるか!」
「破産するわ」
「全部、宝くじ行きです〜」
「やかましいな!!」
ドルが一言話す度に増すガヤに、振り向いて文句を言う。振り向きざまに周りの状況が視界に入った。いつの間にか三人の後ろには、野次馬が集まってきていた。ドルはそれを見て、ひとつ咳払いをすると、改めて男たちに向き直った。ドルはにっこりと貼り付けたような笑みを作って、男たちに話しかけた。
「いくらや?」
「……は?」
男たちはドルの言葉に困惑して、一瞬呆ける。
ユズたちには瞬時に理解し、すぐにガヤを飛ばした。
「おいコラ、守銭奴アーチャー!」
「お前のじゃねーぞ」
「ポコちゃんは売りません〜!」
「500万でどうや」
「お前、さっきまで300万って言ってただろ。吹っ掛けんな」
二人の男は目配せし合うと、せせら笑うように口角をあげた。
「はは、バカかよ」
「そんなもん、奪えばタダだろうが」
その言葉に、ニコニコと話をしていたドルが、スっと真顔になる。そして、目を細めながら口を開いた。
「それは困る」
ドルの声から、さっきまでの軽さが消えた。空気がピリッと張り詰めたような気がして、ユズは無意識のうちにゴクリと唾を飲み込んだ。
「デスぺナは嫌やし、ポコちゃん盗られんのはもっと嫌や」
そう言うと、ドルは素早く後ろに飛んで弓を放った。
ヒュンッ
「ぎっ……?!」
放たれた矢が、金髪の男の右肩に矢が刺さった。男は突然の痛みに肩を抑えて動けない。
「いってぇっ……!」
「こいつ……!」
「次は左足貰うで」
ドルが更に弓を放ち、宣言通り金髪の男の左足を射抜いた。
金髪の男は、小さく呻き声をあげながら痛みに膝を着いた。それを見た黒髪の男は、焦った表情で盾を構える。その目はドルを警戒しており、他は見えていない様子で、すぐ近くまで来ていたひつじを見逃していた。ひつじは黒髪の男に駆け寄る。頭を狙うように、高くルミナスを持ち上げ、振り下ろした。
男はひつじに気付き、盾を構えた。
「えいっ!」
ポコッ
ドッ!
「があっ……?!」
小気味いい音とは裏腹に、黒髪の男は、何倍もの重力がかかったかのような衝撃を受ける。盾はひび割れ、足元の地面が僅かに沈んだ。
男は、魔道士からの物理攻撃に目を白黒させている。
「どうや、うちの最強魔道士の力は」
ドルが得意げに鼻を鳴らすと、男たちは顔を赤く染めて怒りだした。
「魔法使ってねーだろ!」
「ふざけんじゃねーぞ!」
黒髪の男が回復しようとしたその時、異変に気付き、声をあげた。
「待て、HPが半分くらい削られてんぞ?!」
「はぁ?!タンクのお前が?!」
「こいつら何かおかしいぞ!」
「一旦引くか?!」
男たちが体勢を立て直し、その場から逃げようとジリジリと後退して行く。
ドルは追いかけるでもなく、ただ彼らの後ろを指さした。
「もう遅いで」
ドルの指を追って、後ろを振り向くと、そこには剣を構えたユズがいた。剣には眩い光が集まっている。
「【鼬の舞……】」
ユズが、今にも技を放とうとした、その瞬間。
斧が、ユズの前に割り込んできた。
「【死せる霆】」
こんどーが詠唱と同時に斧を振り下ろす。その途端にボコボコと地面が浮き上がり、亀裂からは光が漏れだす。光とともに駆け巡る霆が足底からビリビリと全身に駆け巡り、強烈な痛みとなる。
「ぐっ?!」
「マジかよ、フレンドリーファイアある技だぞ?!」
今の一撃で彼らのHPは大きく削れた。特に黒髪の男は、直前のルミナスの攻撃でHPを削られていたため、ほとんど瀕死状態だった。
吠える男たちに、こんどーはどこ吹く風。余裕そうな顔で対峙する。
ただし、慌てているのは敵だけではなかった。
近くにいたユズたちのHPも、ゴリゴリと削られていた。
「ぎゃぁぁぁ?!ちょっと待て!!」
「あーん、身体がパチパチします〜!すっごく痛いです〜!」
「お前、この前のこと忘れたんか?!FFで俺らも死ぬやろ!」
痛みに身体を丸めるユズたち。その間にも、足元の亀裂は大きく広がり、ガラガラと地面が崩れていく。
更に、近くで野次馬をしていたパーティも、崩落に巻き込まれている。
「うわぁぁぁ?!」
「どんな攻撃力だよ……!」
「やべーぞ!」
「死ぬ!」
「フロート、フロート!」
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だ。生き残るのに必死で、だれもルミナスの奪取どころではない。
「なんだこのパーティ?!」
「頭おかしいんじゃねーの?!」
二人の男も喚きだす。その言い分にドルが噛み付いた。
「はぁ?!お前らが勝手に来たんやろ!それに俺は普通や!」
「アンタも大概だよ!」
「あ〜、浮遊感です〜」
「デスペナは嫌やー!!」
浮遊感の中、叫ぶドルの肩を誰かが叩いた。ドルが横を向くと、サムズアップして得意げな顔のこんどーがいた。
「大丈夫だ。ほら、ジャンプしてみろ」
「できるかぁ!!」
「アンタのジャンプに対する信仰はどこから来てんだよ?!メェさん、フロート!」
「え〜っと、【フロート】!」
ひつじが呪文を唱えると、ふわりと四人は浮き上がる。
その隣では、声にならない声を上げながら二人の男は為す術なく奈落へと落ちていく。二人は遠い目をして、仏の顔へと昇華されていた。
「関わる相手……」
「……間違ったな」
ドンッ!
そんな会話を最後に、二人は鈍い音と共に光の粒子となって消えていった。
崩落を避けて安全地帯へと移動したユズたちが底を覗くと、たくさんの装備品や所持金が散らばっていた。
「ミイラ取りがミイラだな」
「……なんか、他のパーティも巻き込まれてません?」
「金や…!金が落ちとる!!」
「可愛いアクセ落ちてませんか〜?」
ユズは穴の底に向かって手を合わせた。
「南無阿弥陀仏。……ま、僕らが悪いわけじゃないけど」
そう言うと、踵を返して歩いて行った。
“触らぬ神に祟りなし”という言葉がある。
生き残ったパーティの中に、配信者が紛れていた。
一部の視聴者の間で、このパーティに手を出すのは止めるよう、暗黙の了解が生まれた。
少し遠くで話すユズを見ながら、こんどーがドルに話しかけた。
「お前、もし500万で売れてたら、本当に売ってたのかよ」
ドルは一瞬、ひつじと笑っているユズを見てから答えた。
「……600万なら考えたかもな」
その言葉に、こんどーはほんの少しだけ口角を上げた。
「ふんっ、そーかよ」
「……やっぱ500万でも売るかも」
「最低かよ」
二人は、どちらからともなく、吹き出して笑った。




