Curiosity killed the cat
その日、オリバー・ロックウッドは死んだ。
彼は普段、英国サーバーで配信をしている、ゲーム界隈では有名な配信者だ。
その日は、企画として日本サーバーで配信をしていた。
「Wow!日本サーバーに来ました!言葉は通じませんが、世界はほぼ同じです!英国とは時差がありますが、こっちは夕方のようですね」
始まりの町のど真ん中で、オリバーは興奮気味に話す。
「日本人は連携が上手いと聞きます。なので今日は、こっそりパーティの後をつけて、それを見たいと思いマス!」
オリバーは周りをキョロキョロと見渡すと、一組のパーティが町を出ようとしているのが見えた。
「あそこを歩いている、四人組のパーティに決めました!Let's Go!」
前衛には甲冑姿の剣士と体格の良い斧士。その後ろには小柄な女性魔道士と細身の弓士。楽しそうに話しながら歩いている。どうやら、魔法馬車に乗るようだ。
「近距離から中遠距離まで。バランスの良いパーティですね。雰囲気も悪くない」
オリバーは自身が乗り込んだ魔法馬車に、ステルススキルを使用し、四人に気付かれないように追いかける。
オリバーは、五十分もの移動の間も配信を続け、コメントとのやり取りで時間を潰していた。
四人は、鉱山の麓に着くと、魔法馬車から降りて山道を登り始める。オリバーもそれに倣って馬車を降りた。ゆるやかな坂道から、徐々に険しくなってゆく。オリバーの息が少し上がっている。
夕日が山の裏側に隠れ、オレンジ色と青色が混ざり合っている。オリバーが大きく息を吐き出した。やっと鉱山ダンジョンへと辿り着いた。
「鉱山ダンジョンですか。ここは敵が硬くて厄介なダンジョンですね。彼らの連携を見られそうデス!」
オリバーは配信を続ける。コメント欄は様々な意見で溢れていた。
『日本人パーティなんてどうせ弱い』
『この前の建築の続き配信してくれよー』
『日本サーバー初見』
『サッカーと一緒で、連携良くても面白味なさそう』
『日本限定の装備とかないのー?』
『あんまり近づくなよ』
次々と流れるコメントを見て、オリバーは笑う。
「建築はまた来週やります。大丈夫ですよ、面白くなさそうならすぐに止めますから。……少し後ろから見るだけデス」
オリバーがコメント欄から顔を上げると、ターゲットの四人がモンスターと接触しそうになっていた。
ガシャガシャと鉄製の敵がブリキのように近付いて行くのが見えた。
「あ、戦闘が始まりそうですね。相手はホビーメタルですか」
オリバーは四人を見ながら、解説を加えていく。
その時、剣士と斧士が臨戦態勢になっている横を、小柄な魔道士が杖を振り上げながらすり抜けて行った。
「ポコちゃん!」
ポコッ
そのまま杖を、モンスターに向かって振り下ろした。軽快な音と共にモンスターが消えた。
「……What?」
オリバーは信じられないものを見るように、何度も瞬きを繰り返す。
「……彼女は魔道士で合ってますか?」
そう呟いたオリバーは、コメント欄を見る。
『なんだあれ』
『魔法使えよ笑笑』
『強くね?』
『待ってあの杖、星杖じゃね?』
『魔道士(物理)』
『あの武器ほしー』
コメント欄の反応は、オリバーの反応とほとんど一致している。
オリバーは、流れるコメントの中で気になる単語を見つけた。
「……星杖……ルミナス?」
そう呟くと、オリバーはもう一度、魔導師の方を見た。
杖の先端には星の装飾。彼女が杖を振るう度に星のエフェクトが舞う。
『絶対ルミナスじゃん!』
『えっ、やばっ!』
『いやいや。あんな使い方してるのに、ルミナスな訳なくね?』
『入手難易度SSS』
『流石に違くね?』
『魔法使ってないから、なんとも……』
星杖 ルミナスについては、その名前と星々を纏う杖という記述しか発表はされていない。そのため、コメント欄も半信半疑だ。
オリバーは目を細めて杖を見る。魔導士が動く度、星の装飾がゆらゆらと揺れてる。
「……もし本当にルミナスなら」
小さく口笛を吹くと、ニヤリと口角をあげた。
「かなりのレア武器ですね」
さらにコメントが熱を帯び、流れるコメントの数は加速する。視聴者数もどんどん伸びていた。
『激レア』
『初めて見た』
『PvP』
『入手確率0.000001%』
『なんで日本人が持ってんだよ』
『近づいて確認しろ!』
オリバーはコメントを確認しながら、少し距離を詰めた。
「少しだけ、近づいてみましょう」
オリバーのギラリとした目が、杖を見つめる。さらにコメントが加速していく。
『やめとけ』
『Don't get close』
『奪え!』
『いけー!』
『バレるぞ』
コメントの意見は二つに別れていた。その間も、オリバーはじりじりと四人に近付いていく。
「大丈夫です」
オリバーは一度肩をすくめて笑った。その目は、杖を見つめたままだ。
「彼らは戦闘に集中してますから」
オリバーは盗賊だ。
隠密行動に長け、少しの隙でも見逃さず、宝を盗みだす。
純粋にプレイヤーとしての実力もあるが、それ以上に彩やかな手口で盗む様子が国内外で受け、配信者としての人気を支えていた。
オリバーが四人の声が届く距離まで近付いた。ステルススキルを駆使して背景に溶け込む。
数十体のモンスターに囲まれた四人が、動きを止めた。
「よし、そろそろ行くぞ」
体格の良い斧士が前に出て、武器を振り上げた。他の三人は構えたまま、後ろで待機している。
「任せろ」
言葉の分からないオリバーは、首を傾げる。斧士はどう見ても、地面に向かって斧を振り上げているからだ。
――言葉が分かっても、理解出来なかっただろうが。
斧士が叫ぶ。
「【死せる霆】」
斧が地面に叩きつけられた、その瞬間。ある程度距離をとっていたはずのオリバーの下まで、攻撃の余波がきた。
地面に亀裂が入り、足底から強い痺れが全身を駆け巡る。
「ぐっ…?!」
即座にステータスを確認すると、オリバーのHPが1/3ほど削られていた。
『範囲攻撃?!』
『つえー』
『STRいくらだよ』
『オリバー大丈夫か?!』
『今の死せる霆?』
『オリバー逃げて、超逃げてー!』
オリバーが再び四人に目を向けると、戦闘は終わっていた。十体以上いたはずのモンスターは、一体も残っていなかった。
彼らがドロップアイテムを集めようと動き出す。オリバーはその隙を突いてルミナスを奪おうと考え、足を一歩踏みだした。
――その瞬間。
ひび割れたところから地面が崩れ、オリバーは足場を失う。突然襲う浮遊感。
如何に隠密行動が得意なオリバーと言えど、予期せぬ落下は避けられない。
「ぎゃぁぁぁ!こんどーのバカ野郎!」
「きゃぁぁぁ!落ちます〜!!」
「お前これ、ソロプレイ前提のスキルやろ!」
「ジャンプすれば避けられたろ」
「避けれてないから今やねん!」
オリバーは落ちながら四人の方を見る。何を言っているかは分からない。ただ、言い争っていることだけは分かる。
オリバーは落ちながら顔を覆った。まさか、フレンドリーファイアで仲間諸共一緒に死ぬパーティだとは、思いもしなかった。
『連携できてねーじゃん』
『フレンドリーファイア』
『FFはヤバい』
『死ぬ笑』
『やばいじゃん』
『死ぬなオリバー!』
ワチャワチャと言い争いながら、四人も地下へと落ちていく。
オリバーはその光景を見ながら、次に来るであろう衝撃に備えて身を固くする。
その時、小柄な魔道士が杖を振るった。
「【フロート】!」
その声と共に、星のエフェクトが四人の周りを囲み、次の瞬間にはふわりと浮き上がる四人。
魔法を使わなかっただけで、彼女は魔導士だ。当然、浮遊魔法を操れる。
オリバーは迫る地面を見る。一人だけ沈んでいく未来を感じて、小さく十字を切った。
「Oh, my god……」
ドンッ
その言葉を最後に、オリバーの配信画面は真っ暗になった。それは、過去最多の視聴者が見守っていた最中の話だった。
『死んでて草』
『Rogueなのに罠回避できてない』
『さよならオリバー』
『七日間の強制ログアウト、お疲れ様です』
『可哀想なオリバー』
『だから近付くなって言ったのに……』
真っ黒な画面に、コメントだけが大量に流れ続ける。話題はオリバーの死から、ルミナスへと移る。
『結局あれ、ルミナスだったのか』
『見た事無い武器で星の形、ルミナスだろ』
『ルミナスだったな』
『珍しい物が見れたな』
初めて見る伝説の武器に沸くコメント欄。
『あいつら明日から狙われるな』
そのコメントが流れ、配信が切れた。
英国には“Curiosity killed the cat”という言葉がある。
日本語で、好奇心は猫をも殺す。
その日、オリバー・ロックウッドは死んだ。
死因は、好奇心だった。
――配信者にとって、最悪の事故だった。
数日後、オリバーの配信映像が切り抜き動画として世界的に拡散されることとなる。
誰も手にした事の無かった、星杖 ルミナスがその姿を見せたのだ。ネットではお祭り騒ぎとなっている。
「……ルミナス」
車椅子の青年がネットの前で呟く。
青年が動画に映るルミナスを拡大すると、まじまじと観察する。
「星杖……。もしかして、星空の街に関連が……?」
青年の背後にはトロフィーが並び、その隣には望遠鏡が置かれていた。本棚には天体に関する本がぎっしりと並んでいる。
カーテンを閉め切ったうす暗い部屋の中で、パソコンの画面だけが明るく光っていた。




