合縁奇縁
「空には本当は数え切れないくらいの星があって、プラネタリウムなんかじゃ再現できないんだぜ!」
夕暮れの空、ジャングルジムのテッペンで、あの少年が空を見上げてそう言った。
「へぇ、大ちゃんはなんでも知ってるね!」
そう言う僕に、あの少年は嬉しそうに目を細めた。
「今度、一緒に星を見に行こうぜ!」
「行きたい!」
「……じゃあ三日後の夜、一時にここで集合な!母さんたちには内緒だぞ!」
「うん!約束だからね!」
小指を絡めて、誓い合った。
約束の日、親の目を盗んで行った夜の公園に、あの少年は来なかった。次の日も、その次の日も。あの少年は来なかった。
街頭の灯りに照らされた星たちは、その瞬きを忘れ去っていた。
約束をしたあの日、あの子の笑顔が少しだけ引き攣っていたのを、僕は気づかないふりをしたんだ。
ピピピ ピピピ
目覚ましの音がする。けたたましい音に顔を顰めながら、布団から手を伸ばして目覚ましを切った。部屋にはユズの息遣いだけが響いている。
寝起きで頭が回らない。なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする。
カーテンから、朝の光が漏れている。ユズはゆっくりと身体を起こした。
今日も、何も変わらない朝が来る。
「柚本さん、喉枯れてますよ。はい、のど飴」
「……ありがとうございます、山口さん」
僕は知っている。
山口さんが給湯室で、三ヶ月で僕のことを落とせるか賭けていたことを。
「おい、柚本」
「はい、課長」
「営業成績落ちてるぞ、気合い入れろよ」
「……すみません」
僕は知っている。
一緒に営業に行った課長が、全ての成果を取っていることを。
この世はクソ。
誰かを信じるなんて馬鹿のすることだ。
――そう、思っていた。
だが、ここに来て思う。
疑うのも馬鹿馬鹿しくなるほど、馬鹿なヤツらもいるらしい。
十九時を過ぎた頃。帰宅して、家事を粗方終えたユズはいつも通りログインをする。
ログインするといつも、町の掲示板を見て星空の街への手がかりを探す。相変わらず、手がかりは見つからない。肩を落としながらも、他の気になるクエストの確認をしていく。それからすぐに、ギルドへと向かった。
――ギルド
空き家があれば、二人以上のメンバーで作成できる個人ギルド制度。
ユズたちは二年前、“未確認突入隊”という名のギルドを立ち上げていた。
このふざけた名前はドルが考えた。ユズだけは拒否していたが、こんどーもひつじも面白がってしまい、結局この名前のままだ。
ギルドの扉を開くと、真ん中に置かれた机を囲むように、いつもの三人が座っていた。その中で、ひつじが一点を見つめてブツブツと呟いていた。
「給料日まであと十日。給料日まであと十日。給料日まで……」
ユズはその異様な光景に、一瞬腰が引けた。すぐに気を取り直し、ギルドへと足を踏み入れた。
「……何してるんですか?」
「お、ユズくん、お疲れさん」
「よっす」
「こんばんは。メェさんどうしたんですか?」
「彼氏に貢ぎすぎて、金ないらしいわ」
ユズはチラリとひつじの方を見る。うわ言を言っているひつじの目が、少し潤んでいるのが見えた。
「メェさんのその……彼氏さん?は何をされてる方なんですか?」
そう問いかけるユズに、ひつじは平然と答えた。
「ホストです」
全員の動きが止まった。
「は?」
「は?」
「は?」
三人の声が、綺麗に重なる。
「ホストです」
「いや、聞き取れへんかった訳やないねん」
まるで何が悪いの?と言うかのような口ぶりに、ユズは痛む頭を押さえた。
いつもニコニコと柔らかく笑ってるひつじが、また一点を見つめ直して表情を落としていた。ドルは顔を顰めながら、ひつじに声をかける。
「……お前もしかして、エースって呼ばれてんちゃうやろな?」
ドルの言葉に、また顔をあげるひつじ。
「なんで私のあだ名知ってるんですか?!」
「それ、あだ名ちゃうねん!」
「例えあだ名だったとして、それで満足すんな」
「カモや」
「彼氏ですらねーだろ」
「あ〜ん、酷いこと言う〜!」
ひつじが机に伏せて泣き真似をする。それを見て、こんどーとドルがため息をついた。二人は目線を合わせると、小さく頷きあった。
「……仕方ねぇな、電子マネーのID教えろ」
「ちょっとくらいカンパしたるかぁ」
ユズは、いつにもなく、ひつじに甘い二人に驚く。特にドルが誰かにお金を譲ることが信じられなかった。しかもリアルマネー。
「……二人とも、メェさんに甘くないですか?」
「しゃーないやろ、あと十日を362円で過ごす言うとるんやぞ」
「チロルチョコ十個も買えねぇぞ」
「……食えん辛さは分かるからな」
ほんの少しドルの声が低くなった気がした。ユズは少しだけ気になって、ちらりと横目でドルを見たが、いつもと変わらず飄々としていた。
ユズはため息をついてから、ひつじに近付く。
「ID教えてください」
「ユズさん……」
「もう、貢いじゃダメですよ」
「みんな…、ありがとうございます!」
ひつじは目の縁に涙を溜めながら頭を下げた。
三人はひつじからIDを聞くと、5000円ずつ送金をした。それを確認したひつじは、輝く笑顔で言い放った。
「これで明日の彼氏のライブに行けそうです!」
「あんたは一回頭を診てもらえ」
「チッ、二度と慈悲は無いからな」
「倫理観磨いてこい」
舌打ちをするドルに、ユズは苦笑いを漏らした。理由が理由なだけに注意する気にはなれない。
ユズが、こんどーと向かい合うように席に座ると、こんどーが口を開いた。
「珍しく遅かったな」
「ちょっと残業で……」
「残業か、お疲れさんやな」
「そういえば、ユズさんって何のお仕事されてるんですか〜?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?銀行員です」
そう言った瞬間、ドルは立ち上がった。
なんとなく先の展開を予想して、ユズの口元がひきつる。ドルの顔を見ると、胡散臭い笑顔を貼り付けている。
「ユズくん、肩凝ってへん?揉もか?」
「結構です」
「下心がみえみえです〜」
「ここまで明らさまなら笑えるだろ」
ドルが手を擦り合わせながら、ユズへと近づく。ユズは、近付いてくるドルを避けるように、隣に座るひつじの方に身を寄せる。
「ええ儲け話があるんですけど、融資しまへんか?」
「しません」
「宝くじ先輩、詐欺師みたい〜」
「悪徳商法の誘導の仕方なんだよ」
取り付く島のないユズに、ドルは口を尖らせる。ドルは、勢いよく椅子に座り直すと、だれるように背もたれにもたれかかった。
ブーブーと文句を言うドルを黙らせるために、ユズは咳払いをして話題を変える。
「んんッ。ところで、今日はどこか行きたいところありますか?」
「マギアナマギアの瞳、狩りに行こうや」
「姫龍で懲りろ、諦めろ」
「他に行きたいところある人は?」
「話くらい聞いてくれてもええやろ?!」
三人は吠えるドルを無視して、地図を広げる。そこには沢山のバツ印が付けられていた。星空の街を探すべく、大抵のダンジョンはもう回っていた。とは言え、一つ一つのダンジョンが広大なため、繰り返し探索する必要はある。
ユズが次の行先を考えていると、こんどーが地図の一箇所を指をさした。
「そろそろ新しい装備が欲しい。ここなんてどうだ」
「鉱山、ですか」
――鉱山ダンジョン
敵の大半が鉄製で、耐久力が高い。
倒すのに時間がかかるため周回には向かず、クエストとしても避けられやすい場所だ。
「ゼインの欠片が大量に要るみたいでな」
「周回になりそうやな」
「それなら、探索もすすむだろ?」
「こんどーさん……」
ユズは胸元に寄せていた手をきゅっと握る。
星空の街への手がかりを探すため、今までもこんどーが小さな気遣いをしてくれていることには気がついていた。
ひつじがルミナスを手に入れて、ドルが扉の存在を明かしてくれた。それからは更に気を回してくれるようになっていた。
今回はゼインの欠片を集めたいというこんどーの目的と合致した形だが、ユズはそれでも心を満たされていた。
「せやけど、かなり時間かかるやろ?」
「まぁ一応、二、三回の周回で済むように範囲攻撃を習得しといた。一箇所に敵を纏めりゃはえーだろ」
「へぇ、やるやん」
「さすがです〜!」
「よし。じゃあ、行くぞ」
そうして、四人は鉱山ダンジョンへ向かった。
鉱山の麓まで、始まりの町から魔法馬車で五十分。そこからは自力で登るしかない。
緩やかな山道が徐々に険しくなる。道中には、落石注意の看板やトロッコ線路の切れ端が置いてある。ダンジョンに近づくにつれ、鉄と土の匂いが混ざり合い、鼻の奥を刺激する。
ダンジョンに着くと、すぐに鉄製の敵がブリキのように近付いてきた。ブリキのようにぎこちない動きで襲いかかってくる。
ユズたちは武器を構えたが、それより先に、ひつじがルミナスを構えて前に出た。
「ポコちゃん!」
ポコッ
振り下ろされたルミナスが、モンスターに当たる。小気味いい音とともに、敵が消滅した。
「魔法使え!」
「倒すな言うたやろ!」
「あら〜」
「ポコちゃんは最強の物理魔法だと思って諦めろ」
次々とモンスターが湧いてくる。全てのモンスターを倒しきらないよう、少しずつHPを残しながら一箇所に誘導していく。
モンスター数十体に囲まれた時、こんどーが前へ出た。
「よし、そろそろ行くぞ」
「こんどーさん、任せましたよ!」
「お願いします〜」
「頼むで、ゴリ」
「任せろ」
こんどーは斧を振りかぶる。
「【死せる霆】」
スキルを叫ぶと同時に、斧を地面に叩きつける。
その瞬間、地面がひび割れ、隙間から眩い《まばゆい》光が漏れだした。
「は?!」
「おまっ、これ!」
ユズたちの足元に衝撃が走り、電撃が身体を駆け巡る。
「ぐぅっ……?!」
ユズたち三人のHPが半分以上消えた。
「お前まず味方に当たっとるやないか!」
「ゴリさんのバカ〜!死にます〜!!」
ひつじに関しては、小石が当たっても倒れそうなほどHPが削れていた。
地響きがして、鉱山全体を震わす。未だ足の裏がビリビリと痺れている。いつの間にか、モンスターは全て消え、ゼインの欠片が散らばっていた。
周りを見渡し、敵がいないことを確認する。ゼインの欠片を拾うため、四人が足を踏み出した。その瞬間。
ドッ!
地面が大きく沈み、ガラガラと亀裂へと吸い込まれていく。ユズたちの足場も、支えをなくし崩れだす。
「ぎゃぁぁぁ!こんどーのバカ野郎!」
「きゃぁぁぁ!落ちます〜!!」
「お前これ、ソロプレイ前提のスキルやろ!」
「ジャンプすれば避けられたろ」
「避けれてないから今やねん!」
四人は為す術なく地下へと落ちていく。
「メェさん、魔法!浮遊魔法!!」
「あばばばばば!」
「落ち着け、ポンコツ!」
「あばば、えーっと!【フロート】!」
地面に叩きつけられる直前、ひつじの魔法で四人はふわりと浮いた。
「メェさんがいて良かった……」
「さすがに死ぬかと思いました〜」
「お前は反省せぇ」
そう言うとドルがこんどーの頭を叩く。
「いてっ」
「反省せぇ」
「甥っ子にパンチされた時くらいの痛みだな」
「誰か、コイツ埋めるの手伝ってくれ!」
ひつじが、ゆっくりと浮遊魔法を解く。
瓦礫の山に足を下ろし、周りを見渡すと、人が五十人以上入っても余裕があるほどの広い空間になっていた。
採掘場だったのだろう、所々にスコップやハンマー、手押し車がそのまま残されていた。
歩く度に音が反響する。地上から離れているのに、やけに明るい。
ふと壁を見ると、キラキラと光る鉱石が埋まっており、松明を必要としないほどに輝いていた。
ユズとこんどーが壁に近づく。
「これって……」
「ゼインの欠片だな」
壁の中に、ゼインの欠片が埋まっていた。
「見てみぃ!これルビーやで!こっちにはエメラルド!!」
ドルが嬉しそうに声をあげる。壁には、ゼインの欠片以外にもルビーやサファイア、アメジストなどの鉱石が所狭しと埋まっていた。
「綺麗〜!星空みたいに光ってます〜」
ひつじが、ご機嫌にその場でくるくると回る。その隣で、ユズは目を細めた。
――星空みたいな、星空ではないもの。
ただ、手がかりの予感を感じるには十分だった。
壁を伝いながら見落としの無いようにしっかりと探索して周る。所々に古代文字らしき文字が刻まれている石が落ちているが、その出処も崩落した状態では分からない。念のためと、その小石を収納バックへと詰めていく。
ユズが探索から戻ってくると、突然ドルが顔を押さえて蹲まった。
「うっ……!」
「ドルさん?!どうしました?!」
三人は呻き声をあげるドルに駆け寄った。何か罠にでもかかったのかと心配していると、ガバりとドルが顔を上げた。
「これが現実なら……、家賃どころか人生が解決するのに……!」
あまりに悲痛な表情をするドルに、一瞬呆気にとられた。すぐにユズたちは、じっとりとした目でドルのことを見た。
「……心配して損しました」
「守銭奴アーチャー」
「宝くじ先輩、ロマンがありません〜。結婚できなさそうですね〜」
「うがぁっ?!」
「メェさん、それは禁止カードだろ」
ユズは、いつも通りやかましいパーティを見て、ため息をつく。
「ほんと……バカばっかり」
結局、どれだけ探しても、星空の街への手がかりは見つからなかった。それでも、一人だった頃より、少しだけ前に進めている気がした。
ユズの口角は知らず知らずのうちにあがっていた。
そう悪くない一日なのかもしれない。
“合縁奇縁”という言葉がある。
現実と仮想現実の狭間。
互いの顔も、本当の名前も知らない。
それでも、誰よりも知っている気がする。
不思議な関係だ。
――ほんと、バカばっかりだ。
でも、あの日見れなかった星空を、この人達と見てみたいと思う。
そんな僕は、もっとバカなのかもしれない。
「……もう、仕方ないなぁ」
ユズはそう呟くと、三人の元に歩み寄っていった。
洞窟の星たちが、笑ったような気がした。




