二兎を追う者は一兎をも得ず
あれから三日が経ち、パーティメンバーの雰囲気も戻った。
ユズたちは、草原エリアに資金調達とひつじの経験値集めのため、モンスター狩りに来ていた。
時刻は十八時半を回り、夕陽がゆっくりと沈んでゆく。昼型モンスターと夜型モンスターが入れ替わる境となっていた。
「ぽこちゃん!」
ポコッ
【グギャァァァァ】
ひつじがルミナスを振るうと、モンスターが悲鳴をあげながら溶けるように消えた。
「魔法を使え、魔法を!」
「HP吸われるだろうが」
「殴っとる間は安全や」
ユズたちは、ひつじに経験値が入るよう、少し離れた丘から観戦していた。いつでも助けられるよう、ユズとドルは立ったまま見守っている。こんどーだけは芝生の上に胡座をかいて寛いでいた。
「でもあれBランクモンスターですよ」
「ウチの最強さんだな」
「なんて紹介するんですか」
「魔道士(物理)」
「頭バグるわ」
狩り終わったひつじが、小走りに戻ってくる。
「終わりました〜」
「おー、お疲れ」
「お疲れ様です」
「経験値入ったらHP上げとけよ」
「は〜い」
そう言うとひつじは、ステータス画面を開き経験値をHPに振っていく。今はルミナス対策のため、HPに極振りしており、順調にステータスは上がっているようだ。
「そういえば……」
経験値を振り終わったひつじが、ステータス画面から顔を上げると、思い出したように口を開いた。
「皆さんは、このゲームやめる予定ありますか〜?」
「急になんだよ」
「今日職場で、いつまでも付き合ってくれないって言われちゃって……」
ひつじは少し寂しそうに目を伏せる。
“いつまでも付き合ってくれない”
その言葉が、ユズの心にも重く突き刺さる。しかし、例えそうなったとしても、このゲームをやめるつもりはなかった。
「……僕は、星空の街に行けるまで、やめる予定はありません」
「俺も」
ユズが答えると、こんどーも同調する様に答えた。何も考えてはなさそうではあるが、ユズは小さくほっと息を吐いた。ひつじも同じように小さく息を吐く。
「……それに、一緒に星空の街に行ってくれるんでしょう?」
ユズの言葉に、ひつじが一瞬呆気にとられる。ひつじは、その言葉を理解すると、すぐに笑顔になって大きな声で答えた。
「もちろんです〜!」
ユズとひつじの目が重なり、二人は少し照れくさそうに目尻を下げた。
ユズはふと、何も答えないドルのことが気になった。ユズがドルの方に視線を送ると、ひつじもドルの方を見た。
そこには、真顔で立っているドルがいた。
ひつじは、迷子の子供のような表情でドルの顔をちらりと見たげた。
「……宝くじ先輩は?」
そんなひつじを見て、ドルは少し目を細めて答えた。
「……俺はな、君らがゲーム続ける限り、一緒にやりたいと思っとる。俺が辞める時は君らが辞める時や」
金の亡者だと思っていたドルの、思いがけない答えを聞いて、ユズとひつじは感動で震える。
「宝くじ先輩……」
「ドルさん……」
ユズはほんの少し目頭が熱くなった。ドルは二人に見えないようにほくそ笑むと、小さく呟いた。
「金になる話も多いしな」
「何かいいましたか〜?」
「いいや、なんにも」
ドルは二人を見て、にっこりと笑いながら言葉を続けた。
「……それはそうと、今日は湖のダンジョンに行かへんか?」
「いいですね!」
「いきましょ〜」
ユズとひつじは、嬉しくなって二つ返事で快諾した。
ニコニコと笑うユズとひつじ。にっこりと、どこか貼り付けたような笑顔のドル。こんどーは、頬杖をつきながらそれを見ていた。
「……そういえば、湖のダンジョンで採れる姫龍の白銀鱗が80万。マギアナマギアの瞳、アジカルゴの尻尾がそれぞれ、60万で取引されてたな」
ユズとひつじの動きが止まった。四人を沈黙が包む。
「……ほらな?」
「何が?!」
「売るつもりじゃねーか」
ドルは真顔に戻ると、クルリと背を向けダンジョン方面へと足を踏み出す。
「ええか?ゲームなんてな、0と1のデータや。そんなもんに価値はない。ほら、行くで。まずは姫龍の白銀鱗」
「おい、友情」
「友情で、飯は食えん」
「もはや清々しいです〜」
結局、星空の街への手がかりがあるかもしれないからと、ドルに説得され、湖のダンジョンへと向かうことになった。
四人がダンジョンに着く頃には、日は完全に沈んでいた。
ダンジョンの入口付近は、他のパーティで溢れている。鱗がリアルマネーとして売れることが話題になっているようだ。
「あかん!先越される!」
「死に急いでるな」
「見てないで止めてください!」
湖のダンジョンは、その構造から攻略難易度が高い。そのため、他のパーティと手を組むのが一般的だ。
「僕たちも、どこかのパーティと組みましょうか」
「そうだな」
「組みましょ〜」
手を組めそうなパーティを探そうと足を踏み出した瞬間、ドルがユズの肩を掴んだ。
「あかんで」
「は?」
三人はドルの方を振り返った。ドルは真剣な顔で口を開いた。
「分け前が減る」
「ダメだコイツ」
「守銭奴アーチャー」
「さすが宝くじ先輩です〜」
「金がすべてや」
説得しようにも絶対に折れないドルに、諦めて四人で進む。
ユズはアイテムボックスから手漕ぎの船を取り出すと、湖に浮かべた。ユズが立ち上がり、船に乗り込もうとした瞬間、こんどーが隣をすり抜けていった。
――そのまま、船に飛び乗った。
船は大きく揺れて、水飛沫をあげながらひっくり返った。
「何してんだ!」
「ボケゴリラ!」
二人の怒声が飛ぶ。こんどーが水中から顔を出した。
「ぷはっ」
「何考えてんだ、アンタ!」
「バランス取れば行けると思った」
「お前の自信はどっから来とるねん!」
「悪気は無い、許せ」
「加害者が言うセリフじゃない!」
ひっくり返った船を元に戻し、ユズから順にゆっくりと乗り込む。今度は転覆することなく、乗ることができた。
最後尾のこんどーがオールを漕ぐと、船はゆっくりと動き出した。
姫龍に会えるかは運次第。湖の中心に向かって船を漕ぎ出していく。
八分ほど進んだところで、突然ドルが口を開いた。
「待て」
ドルがこんどーの腕を掴み、漕ぐのを遮った。こんどーは漕ぐ手を止め、怪訝な顔でドルを見た。ドルは水中を覗き込んだまま動かない。
「なんだよ」
「宝箱や」
「は?」
そう言うドルの目線の先には、水中に沈む宝箱があった。
「もういいでしょ!」
「いい訳あるかい!」
「罠だろ」
「いーや、宝箱や」
「やめましょうよ〜」
「宝箱なんや」
呆れる三人を尻目に、ドルは武器を船に置くと、躊躇い《ためら》なく湖へ飛び込んだ。襲ってくる水中モンスターを避けながらも、素早く宝箱の方まで潜っていく。
「宝くじ先輩、はやいです〜」
「水泳部か?」
「なんでこのパーティは、無駄に能力高くて言うこときかないヤツしか居ないんだ……」
ユズは頭痛がして、頭を押さえた。
そうしている間に、ドルは宝箱の前まで辿り着いた。ドルは壊れ物を扱うように、そっと宝箱に触れた。
――その瞬間。
水面が渦を巻き始めた。
「おぉい!やっぱり罠じゃねーか!」
船が激しく揺れる。三人は船にしがみついた。このままでは、船ごと渦に飲み込まれてしまう。
ユズは、素早くひつじに指示を出す。
「メェさん、フロート!」
「は〜い。【フロート】」
ひつじが呪文を唱えると、ふわりと船が浮いた。
未だ水面は渦を巻いたままだ。三人が水面を見ていると、ドルが必死にもがきながら水面から顔を出してきた。
「おぼばっ!たすげでぇ!」
「溺れてます〜」
「馬鹿だな」
「死ぬ!ほんとに死ぬから!メェさん、お願いします!」
「は〜い」
ひつじが浮遊魔法を唱えると、ドルが水面から浮かび上がった。その懐には、宝箱が大事に抱えられたままだった。
「離せよ!」
「離すかぁ!」
船に引き上げると、ドルは水を吐きながら、荒い息を整えている。その隣で、ひつじは削れたHPを回復させるためにポーションを飲んでいる。
水面は強く波打っているが、渦は少しずつ落ち着いてきているようだ。
「触った瞬間に起動する罠とか、製作者の性格悪すぎるやろ!」
「守銭奴の気持ちを利用した立派な罠だろ」
「それでも宝箱持って帰ってくるんですから、製作者も脱帽ですよ」
「さすが宝くじ先輩です〜」
息を整えたドルは、抱えていた宝箱を船の上におろすと、すぐに宝箱を開けた。
「お……」
ドルの口から、小さな声が漏れた。
宝箱の中には、白く輝く鱗が一枚入っていた。
「……姫龍の白銀鱗や」
「は?」
「え〜?」
「マジかよ」
思いがけず、目当てのものが手に入り、目を丸くする三人。ドルは嬉しそうな顔で大事に宝箱を閉じた。
気付けば湖の真ん中辺りまで来ていた。もうここには用はないと、船を岸へと方向転換させようとしたその瞬間、湖が大きく揺れた。
水面が割れ、巨大な影が浮かび上がる。
「おい」
「おい」
「あらぁ〜」
湖の真ん中に、美しい白銀の鱗で覆われた、蛇のような巨大な龍が姿を現した。
姫龍だ。
「本体出てきましたよ」
「会える確率1/30だぞ、どういう引きしてんだよ」
「逃げましょう〜」
ユズたちは、姫龍から逃げようと、背を向けてオールを漕ごうと準備を始める。その横で、ドルが思案顔で呟いた。
「……いや、狩るで」
三人は呆れた顔でドルを見る。
「無意味すぎる」
「無意味ちゃう、160万や」
「こいつホント……」
「宝箱も、鱗も、両方欲しいんや」
「置いて帰っていいですか?」
「ええから、来るで!」
ドルの声に前を向くと、姫龍が口を大きく開けて、光の弾を作っていた。
姫龍との距離は10mもない。四人は船の上。逃げ場はない。光弾は大きく膨らみ、辺りを照らす。
「これは……、ヤバそうだな」
こんどーの顔に、いつもの余裕そうな表情は無く、口元が引き攣っている。
光弾がユズたちを強く照らしだす。姫龍が、ユズたちに向かって攻撃を放とうとした。その瞬間、他のパーティが姫龍に攻撃を仕掛けた。次々と打ち込まれる攻撃により、姫龍の照準がずれた。光弾はユズたちのはるか後方にある岩壁に当たった。
ドォンッ
岩壁の方を振り向くと、大きく穴が空いており、外の景色が見えていた。
「……っぶねー」
「間一髪でしたね……」
冷や汗をかくユズとこんどー。それでもなお、ドルだけは目を逸らさずに、姫龍を見据えていた。
「あかん、狩られる!俺以外に!」
「頭の中金のことしかないんですか?!」
「行け、動物組!」
「おう」
「はぁ〜い」
「動物組ってなんだ?!って、行こうとするな!」
複数のパーティの乱入により、湖の上はレイド戦になっていた。
姫龍を囲むようにパーティが並ぶ。姫龍にダメージが入り、その巨体を震わす。その度に水面が大きくうねる。
「落ちちゃいます〜!」
「しっかり捕まれ!」
「行け、動物組!」
「殺す気か!!」
連携魔法が、姫龍のHPを大きく削る。
しばらくの攻防の後、姫龍が大きな咆哮をあげ、水面に崩れ落ちた。ゆっくりと、湖の底へと沈んでゆく。
誰もその場から離れない。姫龍が沈みゆくのを、静かに見守っていた。
湖が落ち着きを取り戻す頃。その場には、一枚の姫龍の白銀鱗が顔を出した。
その瞬間、湖の上では強奪戦が始まった。
手を組んだパーティと言えど、姫龍さえ倒してしまえば後はどうでも良い。船の上では魔法が飛び交い、乱戦状態となった。
それを見たドルは、急いで宝箱をこんどーに預け、湖へと迷わず飛び込んだ。
「守銭奴極まれり」
「素直でいいですね〜」
「お金が絡んだ時の行動力と判断力が異常ですね……」
乱戦状態では、誰も湖を見ていない。その隙を狙って、ドルが白銀鱗に近付く。あっという間に辿り着き、白銀鱗を掴んだ。
「とった!俺んや!」
水面から白銀鱗を掲げて、権利を主張した。その瞬間、異変に気付いた周囲のパーティからドルに向けて魔法が飛んだ。
「ぎゃぁぁぁ!卑怯やろ!!」
「そりゃそうだろ」
「そうなりますよ〜」
「妥当だな」
魔法が飛び交う度に水面が跳ねる。
ドルは必死に水面を泳ぎ、時には潜る。判断に優れており、上手く攻撃を交わしている。その胸には、白銀鱗が抱えられたままだ。
「離せ!」
「離すかぁ!」
ドルは必死に攻撃を避けながら泳ぐ。もうすぐ船に辿り着く。
その時だった。
ドゴォォォン
隕石魔法が岩礁に当たり、水面を大きく揺らした。
「きゃっ」
「メェさん!掴んで!!」
船が大きく揺れ、ユズとひつじは船にしがみつく。宝箱を預かっていたこんどーは船に捕まることができず、バランスを崩して背中から湖に落ちた。
船のすぐ傍まで戻ってきていたドルは焦る。
「ちょっ、お前……!」
こんどーの背中がドルに近づいてくる。ドボンッという音とともに落ちたこんどーに、ドルは押される形で水に深く沈んだ。その衝撃で、ドルの手から白銀鱗が離れた。
ゆらりゆらりと白銀鱗が湖の底へと沈み、暗闇に溶けた。
その場にいた全員が固まる。
水から顔を出したドルが、こんどーを見る。
「……お前、宝箱は?」
「……わりぃ、落とした」
それを聞いたドルが、堰を切ったように叫ぶ。
「お前ぇぇぇぇぇぇぇ!」
ドルはこんどーの頭を力いっぱい押さえつけて水面につけた。強くもがいてなんとか抜け出したこんどーが、水面から顔を出す。
「ぷはっ。悪気は無い、許せ」
「許すかぁ!!」
「やっぱこのパーティ終わってる……」
遠い目をしたユズが、現実逃避をするかのように岩壁の穴から外を眺めていた。
“二兎を追う者は一兎をも得ず”という言葉がある。
彼らはそれを、身をもって知った。
――そして、また追いに行く。
ユズたちは岸に戻ろうとオールを漕ぎ出す。ドルは真剣な顔をしてユズを呼び止めた。
「ユズくん」
「ドルさん、どうしました?」
「湖の底、扉があったで」
「え?!」
ユズのオールを漕ぐ手が止まる。オールを握るその手が、ギュッと強くなる。
「でも、星空の街やなくて、月潮の街って書いてあったわ」
「……公式にも星空の街以外に、二つの街があるって書いてました」
公式情報において、星空の街以外にも二つの街があると明言されている。“星空の街”、“月潮の街”。そして、“朝凪の街”。名前とその街並みの情報だけが、言葉としてのみ開示されていた。
――古代の空が広がる街とだけ。
あとは、残り二つの街を含めて謎に包まれたままだ。
「じゃあ、その一つだな」
「……確かに、扉はあるんですね」
ユズの瞳が揺れる。強い期待が心臓を高鳴らせる。
そんなユズを見て、ドルがゆっくりと頷く。
「ちゃんとあったで」
「一歩前進ですね〜」
「良かったな」
「はい……!ありがとうございます!」
扉があった。
ただそれだけ。
それでも、それだけで、ずっと追いかけていたものが、ちゃんとこの世界にあるのだと思えた。




