窮鼠猫を噛む
イベントも残り三日に迫った。あれから、ハルトたちには会っていない。
「結構飴、集まりましたね」
「でも、五十位以内には入れねーな」
「もう少しなんですけどね……」
ユズは七十位だ。こんどーとひつじも、それに続く。三人とも上位報酬が貰える五十位の、射程圏内に入っていた。
「俺、ランキング乗っとるわ」
「……なんで?」
「ずっと一緒に居たのに、謎です〜」
「一つも逃さん」
「……お前のその、嗅覚はどこからきてんだよ」
ドルは嬉しそうに鼻歌を歌っている。しかし、イベントはここからが本番だ。本当の意味でのラストスパートが始まる。
「ドルさん、気をつけてくださいね」
「わかっとる。こっからは狙われる側や」
「ランカーは苦労するぞ」
「返り討ちにして、飴ちゃん奪ったる」
「宝くじ先輩、かっこいいです〜」
上位五十位以内のランカーは、全体順位一覧で名前と居場所が記される。そのため、イベント終了が近づくほど、ランカーを倒して飴を奪おうとする者が増える。
ユズたちはモンスターを狩り、クエストをこなす。その度に落ちる飴を、残さず拾っていく。道中、他のパーティがドルを襲うが、全て返り討ちにしていく。
「なんか来たぞ」
「追い剥ぎタイムです〜」
「飴ちゃん自動収集機や」
「あんたら、人をなんだと思ってんだ?!」
蹴散らしたパーティから飴が落ちる。ユズたちは、順調に飴の数を増やしていった。
「やっぱり、仕掛けてくる人多くなりましたね」
「面倒だな」
「まぁ、マイルも飴も増えるから嫌いやない」
クエストの片手間にプレイヤーを狩り、四人の順位は一つずつ着実に上がっていった。このまま行けば、五十位に問題なく届くだろう。
――だが、その均衡は、長くは続かなかった。
アヴェルチェの中心島に足を踏み入れた時、それは起こった。
ユズたちの視界が、敵で埋まった。
「おいおい……」
「……多すぎませんか」
「どんだけおるんや……」
橋の上だけでも三十人以上。屋根の上も、船の上でさえ人影で埋まっている。二十以上のパーティが徒党を組み、ユズたちを囲んでいた。
「撃て!」
息付く暇もなく、敵の号令がかかる。それぞれのパーティが、一斉にユズたちを攻撃する。矢と魔法が、雨のように降り注いだ。
「【ルミナスウォール】!」
「【プロテクト】!」
「【雷帝の盾】」
ユズとこんどー、ひつじが防御スキルを唱える。四人の前に光の壁が広がる。衝撃が弾け、光が壁に吸い込まれる。
その後ろで、ドルが頭を庇いながらしゃがんでいた。
「俺だけでも守ってくれ!」
「こいつ……!」
「お前も戦え」
三人の壁は厚い。一枚突破しても、残り二枚が攻撃の勢いを殺す。それでも、これだけの人数が相手だ。耐久力の勝負になれば分が悪い。
ユズが、歯を食いしばる。
「……ここからが、本番です」
「ああ」
ユズは、戦場全体を見渡し、落ち着いた素振りで三人に指示を飛ばす。
「メェさん、ドルさん。この前のアレ、よろしくお願いします」
「は〜い」
「任せとき」
【ピヨッ】
「こんどーさんは、FFの無い範囲攻撃を。その間、メェさんは僕が護ります」
「お願いします〜」
「頼んだぞ」
壁の向こうで、次の詠唱が重なる。近距離職の敵も近づいてきている。
ひつじはもう一度防御魔法を唱えてから、すぐに攻撃魔法の詠唱に移った。ひつじの杖に、淡い光が灯り始める。
「【願い星よ、我の元に集まりて悪しきを白く染め……】」
こんどーは、ひつじが詠唱を始めたのを見届けると、斧を構えた。ギチリと柄を強く握る音が響いた。
「派手に行くぞ」
「無茶は無しですよ」
「なんとかなる」
「いつも、ギリギリでしょうが!」
ユズのツッコミを無視して、こんどーが一歩踏み出す。次の瞬間、斧が振り抜かれた。
「【雷帝の鉄槌】」
――一瞬、その場の音が消えた。
「うわぁぁぁ?!」
「地面が……!」
「は、離れろー!!」
ドォンという大きな音が響くと、地面が割れて亀裂に水が流れ込んできた。揺れる地面に耐えきれず、渦を巻いた水面に、敵が落ちていく。
「お前それ、FFに繋がるやろが!」
「落ちる方が悪い」
「ふざけんな脳筋!」
「ちょっと!まだ来ますよ!」
「わかってる」
こんどーの攻撃を避けた敵が、水場を乗り越え迫ってきていた。ドルが弓を構える。
「【ウィンドシャワー】」
ドドドドッ
一本の矢が幾本にも別れ、空を埋めるように降り注ぐ。
ウィンドシャワーは、弓士の初期スキルの一つだ。一本の矢から別れてできる範囲攻撃なため、一本一本の攻撃力は低い。
――だが。
「ぎゃぁぁぁ!」
「いてー!」
「魔法使い、防御張れー!!」
初期スキルとは思えないほど、敵のHPを削っていく。
「どうや。オリオンの弓の火力は」
ドルが得意げに口角を上げる。敵の防御壁ができる頃には、矢は降り終わった後だ。
だが、その数は――ほとんど減っていない。
数で押し潰される。その感覚を、四人は初めて味わっていた。
「さすが、Aランク以上のパーティが集まってるだけありますね……」
「思ったより削れへんかったな」
敵の多さに気が焦ったユズは、ひつじの方を見た。
「メェさん!」
「……まだみたいだな」
ひつじは詠唱を続けていて、返事ができない。大規模魔法の最大のデメリットは詠唱時間の長さだ。
「もう、メェさんにメテオぶち込んでもら……」
「却下」
「やめろ、僕らも死ぬ」
そうして話している間に、音もなく忍び寄っていた暗殺者が、ひつじを狙う。わずかな空気の揺れに気付いたユズが、すかさず一歩踏み出し、振り下ろされた刃をギリギリで弾いた。
「チッ!」
「……通しませんよ」
未だひつじは詠唱を続けている。敵がすぐ側に来ても、決して詠唱を止めない。ただ、その目はユズの背中だけを見つめていた。
光の玉は確実に大きくなっている。
【ピヨッ】
ドルの頭で羽を休めていた東山が、ユズの周りをふわふわと飛び始めた。すると、急に速度をあげて、敵に突っ込んでいく。
「うわっ?!」
東山が、敵の目を突いた。
「でかした、東山!」
虚をつかれた敵がよろめく。その隙を逃すことなく、ユズの刃が走る。次の瞬間、アイテムだけが残った。
未だ止まぬ攻撃。すかさずユズが指示を出す。
「ドルさん、左側の後衛が防御更新切ってます!もう一度ウィンドシャワーお願いします!」
「あいよ!」
何度か指示を繰り返し、少しずつ敵を減らしていく。ユズたち三人は肩で息をする。度重なる一斉砲撃に、身体は傷だらけだ。いつもならひつじの回復があるが、今は詠唱で手が離せない。防御壁の耐久性も怪しくなっており、次の攻撃に耐えられるかどうか怪しいほどだ。
再び、敵の詠唱が重なる。周りからフワリと魔法陣が浮き上がり攻撃の準備が整っていく。
その時。
「できました〜!」
ひつじの明るい声が響いた。ひつじの杖の先に、大きく眩い光の玉ができていた。
「ナイスタイミングや!」
「後方組が詠唱に集中してます。……今なら通る!」
「OK。ほな、いくで〜」
「は〜い」
ひつじは深く息を吸い込み、勢い良く杖を振り下ろした。
「【ルミナス・オブ・アルテミス】!」
「【オリオンの栄光】」
大量の星の渦が、矢の渦へと変わる。その全てが、敵へと降り注がれる。光が、戦場を塗りつぶした。その瞬間、戦場の主導権が入れ替わった。
「ぎゃぁぁぁ?!」
「防御壁は?!さっき張ったろ?!」
「消えてるぞ!!」
「はぁ?!」
――ルミナス・オブ・アルテミス
相手の魔法を打ち消し、星の渦で追撃する大規模魔法だ。
戦場の色が、変わった。
悲鳴が連鎖する。隊列が崩れ、統率が完全に消えた。
「即席パーティで俺らに勝てるかいな」
ドルが追撃の矢を放つ。
「四人揃ってて負けるかよ」
【ピッ】
「悪い、五人だったな」
【ピョエ】
こんどーの霆が光る。
「ポコちゃんも張り切ってます〜!」
ポコッ
軽快な音とともに、ルミナスが星を纏う。
「いつも、これくらい統率できたらなぁ……」
胃を抑えながら、ユズは次の指示を飛ばした。
戦場では背中を向けたものから落ちていく。
他のパーティを囮に逃げるパーティ。
仲間を助けようとして討たれる者。
共闘を結んだはずのパーティとの衝突。
そこにすかさず追撃を加えるユズ。
「こんどーさん!右側の橋、落としてください!」
「任せろ。【雷帝の鉄槌】!」
「ドルさんはオリオンの栄光で逃げてる敵の拘束を!」
「了解や」
「メェさんは、僕と一緒に向かってくる敵を殴りに行きますよ!」
「は〜い。楽しそうです〜」
まさに、乱戦、地獄の様相。逃げる者。沈む者。裏切る者。乱戦は、いつの間にか蹂躙に変わっていた。
数十分後。水路を埋めつくしていた敵影は消え、残っていたたのは、飴とドロップアイテムだけだった。
あちらこちらに刺さった矢。
崩れた橋。
雷で抉れた石畳。
戦場だけが、さっきまでの激戦を物語っていた。
一難去ってユズは息を吐いた。
「……終わりましたね」
「久々の乱戦でした〜」
ひつじは魔法を使って削れたHPを、ポーションで回復させる。大規模魔法は使用するだけで2/3をもっていかれる。誰も倒れなかったのが不思議なくらい全員が満身創痍だった。
疲労困憊の身体にムチをうち、ユズたちはドロップアイテムを拾い始めた。もっとも、ドルだけは楽しそうだったが。
全てのドロップアイテムを回収した頃には、各々手に百個以上の飴が集まった。
――ランキング争いは、大きく動いた。
“窮鼠猫を噛む”という言葉がある。
数の力で抑え込む。
彼らは確かに追い詰められていた。
ただ、それは。
――天敵を知らぬ鼠だった。
戦場から少し離れた屋根の上に、四つの人影があった。
「あわよくば……と思いましたけど、そうもいきませんわね」
「案外隙がないパーティだよ、彼らは」
そう言うと、ユリとハルトが背を向けて屋根を降りる。墨汁とナルは、そのまま屋根の上でユズたちを見つめていた。
「……疲れてる今なら倒せる」
じっとりとした目でユズを見ていたナルが、武器を構える。ナルの後ろから墨汁の大きな手が伸びて、ナルにフードを被せる。
「それは、ハルトがやなー《嫌がる》。あちゃーやー《また今度》」
ナルは墨汁の言葉に、理性を引き戻される。薄い唇の端を噛んだ。
今度は自分がハルトの役に立ちたい。認められたい。だが、汚い方法を嫌うハルトにとって、闇討ちは気に入らないだろう。
「……次、こそは」
欠けた月だけが、それを見ていた。




