勝負は時の運
こんどーたちが合流した頃。ユズは、ナルとの攻防を続けていた。
「君、避けるの上手いね」
「……どうもっ!」
「早く楽になれば?」
「そっちが諦めろよ」
ナルの目が細まる。その目はまるでユズを見ていない。その目の先には、こんどーと戦っているハルトが映っていた。そんなナルの様子を、ユズは怒るでもなく冷静に観察し続けていた。
「……次で、仕留める」
「やってみてろよ」
ようやく目が合った時思えば、次で仕留める宣言。少しイラつくユズの口調が強くなる。
ナルは一瞬距離をとり、深く息を吸い込む。
「【深淵の管理者】」
ナルがスキルを唱えると、彼の周りを蜃気楼が包む。
――姿が、完全に消えた。
ユズは息を飲んだ。
足音は、ない。
呼吸音も、ない。
波の音が落ちる。水鳥が空へ飛び立つ音だけが、響いた。
「……」
ほんの一瞬、街灯の灯りに影が射した。実体は、ある。それなら――。
「……そこか」
ユズが剣を振る。
キンッ
刃がわずかに触れ、高い金属音が響く。
「っ!」
完全に仕留めるつもりでいたナルの、息を飲む音が漏れる。さらにユズが剣を振ると、ナルの外套の端が切り裂かれた。切れ端だけが、蜃気楼を抜けてヒラヒラと舞っている。まだ、ナルの姿は見えない。
「どうした?……次で終わらせるんじゃなかったのか?」
ユズは強気の発言をしてる煽る。だが、見えているわけではない。
ただ――外していないだけだ。
ユズの額に汗が滲む。暗殺者の一撃必殺は、防御魔法だけでは到底防げない。カウンターでの応戦が理想だ。
どう仕掛けても攻撃を捌くユズに、クリティカルは狙えず、かと言って、ナルにカウンターは届かない。互いに決定打に欠ける。
――先に崩れるのは、どちらだ。
ユズは実体の見えないナルを睨みつけながら、神経を研ぎ澄ませる。一瞬、街灯の灯りが陰る。
「――そこっ!」
ユズが剣を振り抜く。ユズには見えていないが、剣の切っ先にはナルの顔があった。
「っ!」
ナルが咄嗟に避けた。小さく漏れた声と気配に、ユズがさらに追い討ちをかける。
「【空裂】」
その瞬間、空気が萎み、一気に放出される。爆風がナルを包んだ。
「がぁっ……!」
ナルは素早く後ろに退り、距離をとった。
――致命傷ではない。
だが確かに刃が届いた。それがナルの心を揺さぶる。
「なんでだ……。見えてるはずがない……」
スキルが解かれ、完全に姿を表したナルは、動揺を隠せないまま呟く。その声を聞いて、ユズは口角を上げる。
「あんたには癖があるんだよ。……自分では気付いてないだろうけど」
「癖……?」
「教えねーよ!」
ナルは攻撃を仕掛ける時、ハルトに背を向ける位置にいる。それは、守るように。それは、ハルトの視界に入るように。いずれにしろ、致命的な癖だった。
ナルが呆けている間に、ユズが間合いを詰める。
「【光刃・閃】」
強い光の刃がナルを目掛けて飛ぶ。ナルは咄嗟に身を翻し、刃を避ける。しかし、完全には避けきれず、ナルの左肩が刻まれた。
「ぐぁっ……!」
互いに距離を取り合う。ナルは肩で息をしながら、左肩を押える。そんなナルを見て、ユズが不敵に笑う。
「アサシンって言ってもそんな程度か」
それは虚勢だった。いくら今優勢だとしても、暗殺者の一撃は、戦況をひっくり返すほどの威力がある。だが、ナルの動揺を見ると、虚勢や煽りは効果的だとユズには思えた。
「っ黙れ」
「冷静をかいたアサシンか……。苦労するね、ハルトさんも」
その言葉を聞いて、ナルの顔が変わる。怒りに震えながら、目を吊り上げ、血が滲むほど強く唇を噛み締めた。逆手持ちをしていた双剣を、強く握りしめた。
「……殺すっ!」
ナルが強く足を踏み込む。直情的なそれに、ユズの口角が僅かに上がる。
「【深淵の管理者】!」
先程と同じスキルで姿を消したナル。しかし、その完成度はさっきまでとはまるで違う。ナルの息遣いや殺気が漏れていた。
ユズは冷静に剣を構えて、スキルを放った。
「【逆鱗返し】」
ギィンッ
ユズの剣と見えないナルの刃がぶつかる。込められた力を物語るように、激しく火花が飛んだ。
「なんでっ……!」
焦るナルの言葉が漏れる。ユズがさらに追撃を加えていく。蜃気楼から血飛沫が舞う。間違いなくダメージを負っていると確信したユズが、トドメをさそうと、スキルを放とうとしたしたその瞬間。
――島全体が揺れた。
「なっ……?!」
「地震か?!」
ユズは膝をついた。ナルも地面に手をついた状態で姿を現す。
水面が、ざわりと揺れる。ユズの目に、黒く冷たい水が映った。満ちていたはずの水が引いている。
「……引いてる?」
「……やばい、これ……」
ユズとナルは急いで立ち上がった、次の瞬間。
――ドンッ
水が壁のように迫まってきた。
「飲まれるぞ!!」
誰かの叫び声が響いた。細い路地に、うねる水が叩きつけられる。
「全員退避!!」
「固まれ!!」
「メェさん!フロート!!」
「ユリ!フロートだ!!」
「は〜い!」
「はい!」
ユズとハルトの指示が飛び、ひつじとユリは広範囲にフロートを展開する。その場にいた全員の足元が、ふわりと軽くなる。
敵も味方もない。あるのは、純粋な生存本能のみ。波が、島全体を飲み込んでいく。
「……」
魔法とスキルを駆使して、上空でその様子を見る。誰も言葉を発しない。呆然とその波が去るのを待つしか無かった。
やがて波が去り、流れが収まった頃、足元の浮力が消えた。ゆっくりと、街に足をつける。街の中は、泥と瓦礫に覆われていた。
ハルトが重い口を開く。
「……これじゃあ、続きをする気にはなれないな」
「……ああ」
しばらく呆然としていたハルトが、ユズたちの方を向いた。
「……君たちのこと、少し見くびっていたよ」
「そうかよ」
「特に君」
ハルトはユズを見る。
「思っていた以上に、君が“要”だったみたいだ」
「はぁ……?」
ユズが首を傾げる。その様子を見て、ハルトが笑う。
「ハハ。自覚なし、か」
「ハルト様!俺は負けてませんっ!次は必ず……!」
「知ってるよ。……君が強いことも」
「ハルト様……」
「だからこそ、だ」
ハルトがユズに近づこうとする。即座にこんどーが、ユズを庇うように前に出る。
「コントローラーは一つなんでな。引き抜きは遠慮してくれ」
こんどーとハルトが睨み合う。ハルトは一度ユズに視線を送り、すぐに逸らした。
「……またの機会に」
そう言うと、ハルトは橋を渡って行った。ユリと墨汁がそれに続く。ナルはユズを睨んだまま、動かない。
「……次は殺す」
それだけを言い残して、闇に溶けた。
“勝負は時の運”という言葉がある。
どちらが勝者か。
――運は、まだどちらにも傾いていない。




