虚々実々
アヴェルチェの奥地は拓けており、先程の喧騒が嘘のように静かだった。小舟だけが島の周りで浮いている。大きな船は全て沖に出ているのか、遠くの海で浮いているのが見えた。港だけが、不自然なほど静まり返っていた。
「こんな夜にも漁ってするんですね〜」
「イカとかは夜やろ」
「……静かですね」
静かな住宅街に、ユズたちの声が落ちる。少し欠けた月がユズたちの足元を照らしている。潮は高く、波が護岸を優しく叩いていた。
「でも、見られとる」
「ああ」
水面に影が揺れる。
屋根の上、橋の陰、船の縁。気配だけが、こちらを囲んでいた。
「……出てこいよ」
こんどーが物陰に向かって言葉を吐く。返事はない。
――代わりに。
トッ
「?!」
ユズの背後にフードの男が降り立ち、双剣を向ける。
キンッ
「くっ……!」
間一髪、ユズが弾いた。
フードの男は後退し、足音もなく、影の中へ沈む。その奥から、違う男が顔を出した。その視線は、真っ直ぐユズに向かっていた。
――ハルトだ。
「驚いたな……。ナルの一撃を止めるなんて」
ハルトはほんの少し目を見開いて、わざとらしく驚いて見せた。しかし、口元は弧を描いてる。
「この前のイケメンさんです〜」
「……狙ってたってワケですか」
「たまたまさー」
「君たちが目立っていたからね」
「なんや、陰湿やで君ら」
「あら、そうかしら。このゲームは、奪うか奪われるかでしてよ?」
ユリの言葉に、こんどーが小さく頷いた。
「そうだな。勝てば官軍、負ければ賊軍、だろ」
「チッ、負けるつもりはないってか」
ドルの舌打ちが響く。ハルトが笑いながら言葉を続ける。
「どっちに転ぶかは、その瞬間次第だ」
「ハッ、負ける気はさらさらねーがな」
顎を上げて見下すように反論するこんどーに、ハルトが剣を抜く。見るからに高ランクであろう剣が、ギラリと怪しい光を帯びていた。
「――いくよ」
その言葉とともに、ハルトが踏み込む。四人が、来ると思った瞬間には、すでに間合いを詰められていた。
「はやっ……!」
「任せろ」
「こんどーさん!」
冷静な判断で、こんどーが前に出る。斧を構えてハルトの一撃に備える。
ガキィンッ
金属が噛み合う音がして、火花が遅れて散った。ハルトは即座に後退し、間合いをとる。こんどーを見て、小さく頷いた。
「ふぅん、やっぱり君が一番強いんだね」
「……どうだろうな」
「見たところ、そこの剣士君が指示役だろ。ナルの一撃で落ちると思ったんだけどね」
ハルトが横目でユズを見る。
――値踏みされているような視線だった。
舐められている。そう強く思ったユズは、剣を持つ手に力が入った。
ユズの変化を感じ取ったこんどーが、ポツリと呟く。
「……ユズは、弱くねぇ」
「こんどーさん……」
「器用貧乏なだけだ」
「こんどーさん?それ、庇ってます?」
庇われているのかバカにされているのか分からない。ただ、ハルトから受けた屈辱が少し晴れ、強く握っていた手の力がほんの少し抜けた。その瞬間、ユズの背後で空気が歪む。再びナルが奇襲をかけてきた。
「ッ!」
ユズは、反射的に身体を捻る。しかし、攻撃が少し掠ったようで、髪が切れ、頬に赤い線が伸びている。
「……っ、速いな」
「チッ!三回もハルト様の前で恥を……!」
「なんだこいつ……!逆恨みだろ!」
ユズが構えをとり、ナルとの交戦モードへと移っていった。
その少し後方では、ひつじとドルが二人の戦闘を静観していた。
「あくまでも、ユズくん狙いっちゅーことか」
「ユズさん頑張って〜」
ひつじの、気の抜けるような応援が戦場に響く。その背後から、二人の男女が忍び寄る。
「あら、別に貴方たちを狙っていないわけじゃないですわよ」
「あ?」
ドルが振り向くと、墨汁がひつじに剣を振り下ろそうとしている瞬間だった。
「っ?!」
咄嗟に、ドルがひつじを押した。
「きゃっ?!」
押された衝撃で、ひつじは転がるように倒れ込む。その瞬間、墨汁の剣がひつじが立っていた場所を切り裂いた。ドンッという鈍い音がして、剣が地面にめり込んだ。剣の効果だろうか、切り込まれた地面に炎が宿っている。当たっていれば即死だったかもしれない。
ドルの背中に冷や汗が流れる。
「避けられましたか……」
「わっさいびーん《ごめん》」
意外そうな顔をしたユリの元へ、墨汁が戻る。
ドルは座り込んでいるひつじを庇うように前に出る。
「なんや、自分らが俺らの相手かいな」
「わんが相手するさー」
「お二人とも、素敵な武器をお持ちのようですわね」
「あ?」
「ポコちゃんです〜」
ルミナスを振りながら、ポコちゃんだと言い張るひつじに、呆れた目を向けるユリと墨汁。
「……以前もおっしゃっていましたわね」
「武器に名前付けるなんて、変わってるさー」
「その武器は、わたくしにこそ相応しい」
「ハルトが、ふしゃがとーん《欲しがってる》。渡してもらうさー」
ひつじが、服についた土を払いながら立ち上がる。ひつじはチラリとドルを見てから、ユリと墨汁に向き直った。
「つまり、あなた達はポコちゃんを取りにきたんですね〜」
「あ゛?」
【ピヨ?】
ゆらり。ドルの目が鋭く変わる。強く弓を握りしめながら、ひつじに声をかける。その声はいつもと違い、地を這うように低い。
「メェちゃん。あれ、やるぞ」
「心得ました〜」
そう言うとひつじは、ドルの背後で詠唱の準備を始めた。二人の様子を見て、ユリと墨汁が鼻で笑う。
「魔法使いとアーチャーだけで、わたくし達に届くとでも?」
「あきさみよー《あら、びっくり》、やる気さー」
ひつじが杖を握り直す。詠唱を唱える度に、星の光が渦を巻くように、ルミナスに集まり始める。
「【願い星よ、我の元に集まりて悪しきを白く染め……】」
「俺の300万に、手は出させん」
【ピッピヨー!】
光の渦を見たユリと墨汁は、これから来るであろう攻撃の威力を予測した。今は小さな光だが、その光は目をくらませるほどに眩い。二人は余裕の笑みを消し、臨戦態勢へと移った。
一方、その裏で――
キンッと高い金属音が響く。ナルの猛攻が続き、ユズの息は上がっている。
「くそっ……!」
「それは俺のセリフだ。……もう、終わりでいいだろ」
ユズの周りをぐるぐると回るように攻撃を仕掛けるナル。スキルなのか、時折姿を消すナルに一瞬の気の緩みも許されない。今はなんとか攻撃を弾き返すことが出来ているが、反撃に出られない。
「くっ、間合いが詰まらない……!」
ナルは一気に距離を詰める。暗殺者の間合いだ。ユズは、それを全て紙一重で躱し続ける。躱す度にカウンターを放つが、届かない。
――一歩、遠い。
お互いが、決め手を撃てずにいる。ただ疲労だけが蓄積されていく。ユズは突破口を探ろうと、頭を回し続けているが、その度にナルの攻撃で思考を中断させられる。苛立ちが募っていった。
――ユズのすぐ隣では。
こんどーとハルトが、鍔迫り合いのまま動かずにいた。お互いに技を使わずに、力量を測り合っていた。
「君のブレイン、なかなかやるね」
「どうも」
「……でも、このままじゃ負けるよ」
「……あんまりユズを舐めんなよ」
バチッとこんどーの斧が電気を帯びる。一瞬、ハルトの手が緩んだが、すぐに立て直した。
「アイツは対人戦は嫌いだが、苦手なわけじゃねぇ」
「へぇ」
「俺たちのコントローラーだぞ。弱いわけねーだろ」
「……随分信頼してるんだね。おもしろい」
「それより」
こんどーの目線が、ハルトの腰に挿されたままの、もう一本の剣を辿る。
「それ、使わねーのかよ」
「……制約があってね」
ハルトの返答を聞いて、こんどーが鼻で笑う。そんなこんどーを見て、ハルトは眉をひそめた後、チラリとひつじを見た。
「……どうも、彼女は使いこなしてるようだけど、ルミナスに制約はないのかい?」
「ルミナス……?ああ、ポコちゃんか。しらねー」
「……そうかい。まぁ、それは奪ってからで構わない」
キィンッとした高い音とともにハルトの剣にも、こんどーと同じように光が宿る。
「さぁ、勝負はこっからだね」
「ほざけ」
――その頃、ひつじは詠唱を続けていた。
「くっ……、近づけないさー!」
「思ったよりもやりますわね……」
杖の先がさらに強く光り始める。ドルはひつじを護るように弓を放ち続けた。近距離の墨汁を無数の矢で牽制しつつ、遠距離で詠唱を行うユリに威嚇をする。
【ピッ】
東山が小さく鳴いた。ドルの死角に回り込もうとした墨汁の動きが、わずかに止まる。
うまく注意を逸らしても、東山に気配を読まれる。さらに、ドルの放つ矢は、スキルを使わずとも岩を破壊するほどの威力だ。当たれば致命傷になるだろう。二人は思うように攻められず、手をこまねいていた。
その時、戦場に明るい声が響いた。
「できました〜」
「よっしゃ、行くで」
ひつじとドルは目を合わせ頷きあう。
「――いきますよ〜!」
光を纏った杖が、勢いよく振り下ろされる。
「【ルミナス・オブ・アルテミス】」
その瞬間、星の渦がひつじを中心に広がった。ドルはそれを見て、すかさず渦の中心に矢を撃ち込む。
「【オリオンの栄光】!」
オリオンとアルテミス。神話では仲睦まじい恋人として描かれる。彼らは二人で一つだ。
ドルの矢が渦に吸い込まれ、星の形が矢へと変わる。大量の矢が渦となって、敵であるユリと墨汁に向かっていく。
「な、なんですの?!」
「これは、ヤバそうさー」
二人は冷や汗を流しながら、咄嗟に防御体制をとる。
――次の瞬間。
光が遅れて落ちてきた。轟音が鳴り響き、光が弾ける。ユリの張った防御壁は割れ、墨汁の前に展開された盾が軋んだ。
「……っ、重い……!」
足場の水面が、波打つ。墨汁は盾を持って立っているのがやっとだった。ふと、墨汁の後ろで詠唱をしていたユリの声が途切れた。
「ユリ?!……ぐっ?!」
慌てて振り返った墨汁の右肩に、鈍い衝撃が走る。そこには、矢が刺さっていた。その瞬間、剣を持つ墨汁の右手がダラリと落ちて、墨汁の動きが止まる。
――オリオンの栄光
風の牢獄により、一定時間行動を拘束される。刺されば、身体全体を拘束されるが、今はルミナスを経由することで、範囲は分散されている。
「な、なにごとさー?!」
墨汁は咄嗟に身を屈める。動かない右手を見てみると、わずかに風を纏っているのが分かる。その風が、墨汁の動きを縫い止めていた。さらに、伏せた先には力なく座り込んでいるユリがいた。足に矢がささり、顎の辺りにも傷が出来ていた。その傷跡が風を纏っているのが見て取れた。
「ユリ!意識や、あんかー?!」
墨汁の問いかけに、ユリの目だけがわずかに動く。
――意識はある。
それを見た墨汁が即座に呪文を唱えた。
「【ピュリファイ】!」
「……ありがとうございます」
「なんくるないさー。……ここからどうするさー?」
ユリは上体を起こすと、周りを見渡す。ひつじたちの攻撃が、野次馬をしていた他のパーティにも飛び火している。そこかしこから悲鳴が上がり、周囲の建物は矢が刺さり、半壊していた。
ユリは顔を歪める。杖を強く握りしめ、口の端を噛んだ。
「……」
「ハルトは責めないさー」
「……っ引きましょう」
「しゃーない」
墨汁は眼鏡のブリッジを上へ押し上げた。そうして、ユリたちはハルトの元へ戻ることを決めた。
少し離れたところで交戦しているハルトを見つけたユリと墨汁は、ひつじとドルの攻撃を避けながらハルトの方へと駆け寄った。
「ハルト!」
ユリがハルトに呼びかける。ハルトは声の方にチラリと視線を向けた。
「ユリ……、墨汁さん……」
「あん二人、でーじ《ヤバい》!」
「ハッ、うちのチビとノッポに負けたかよ」
「負けてはいませんわ!」
こんどーの発言に、唇を噛んだユリがキッと睨みつける。こんどーの後ろから、ひつじとドルも駆けつけてきた。
「……面白いね」
ハルトが、わずかに笑う。未だ二人は武器を交えたままだ。
「予想以上だ」
「まだ格上のつもりか?」
「なに?」
「お前、足に力入りにくいんだろ。……リアルの怪我か?」
ハルトが目を見開く。
「それに」
こんどーが不敵に笑う。
「俺らのコントローラーさんが、まだだろ」
【ピヨッ】
東山が、小さく鳴いた。
「……やっぱり、彼か」
ハルトは嬉しそうに笑った。
少し欠けた月が笑う。潮の流れが変わっていく。冷たい風が身体を冷やしていく。
“虚々実々”という言葉がある。
隙を突き、謀略を巡らせる。
だが、それが隙ではなかったとしたら。
――それこそが、“虚”だったのかもしれない。




