朱に交われば赤くなる
「最近ユズくん、来んなぁ」
「繁忙期って言ってましたよ〜」
「中間決算か」
「あの子おらんと、話進まん……」
いつも通りギルドには、こんどーとひつじ、ドルがいた。しかし、ここ三日ほど、ユズは姿を見せていない。ダラけた空気がギルドを包む。
こんどーは斧を遊ばせ、ひつじは机に頬をつけて項垂れている。ドルは頬杖をつきながら、弓を弄っていた。
「ユズさんが居ないと、聖域の森に行けません〜」
「四人推奨ダンジョンだからな」
「しゃーないなぁ」
そう言うと、三人はため息をついてその場で伸びた。完全に暇を持て余していた。秒針の音が、ギルドに響く。その時。
ガチャッ
「こんばんは!皆さん、お元気ですか!」
勢いよく扉を開けて、ユズが現れた。
「ユズさ〜ん!」
「ユズくん!待っとったで!」
「あはは、お待たせしました!」
ひつじとドルが歓喜の声をあげる中、こんどーだけが眉をひそめていた。
「……妙に元気だな」
ユズが首を傾げる。
「そうですか?」
「確かに。……なんやテンション高いで」
「えー?いつも通りですよ」
ユズは急にコロンビアポーズをとり始める。
「いや、これ絶対変やわ。いつものユズくんちゃう」
「目が死んでます〜」
「寝てんのか?」
こんどーの問いかけに、ユズはにっこりと笑って答えた。
「三日くらい、寝てないだけです」
「だけ、ちゃうねん!!」
「寝ろ!」
「目の下真っ黒です〜」
三人はユズを心配するが、ユズは首を横に振る。そしてまた、にっこりと笑って答える。
「大丈夫です」
三人はユズの顔を見るが、どうにもユズの焦点が合っていない。
「全部、見えてますから」
――これ、ダメなやつだ。
三人の心が、珍しく一つになった。
「今日はどこに行きましょうか!」
「ユズさんが来たら、聖域の森に行く予定でした〜」
「そうですか。じゃあ行きましょう、聖域の森!」
「なんか怖いんやけど……」
「大丈夫ですよ!楽しみですね!」
ユズは装備を整える。いつもの甲冑にいつもの剣。しっかりとポーションも詰め込み、ギルドの扉に向かった。その瞬間、こんどーに呼び止められる。
「おい、待て。どっから出した」
ユズは振り向くと、こんどーの指さす方を見てから満面の笑みで答えた。
「可愛いでしょう!」
こんどーの指の先、ユズの頭の上に、ひよこが一羽乗っていた。
【ピピッピピッ】
「かわいいです〜!!」
「お前それ……、なんや?!」
「アハハ、さっき見たら生まれてました!」
「……もしかして、クエスト報酬の卵か?」
こんどーはひよこを見て、以前受けたひよこの選別クエストの成功報酬であった卵のことを思い出した。
「は?!俺ら食ったぞ?!」
「そう言えば、あの時、ユズは居なかったな」
「ユズさんだけ、ズルいです〜!」
「コイツもデカくなんのか?」
「なってたまるか!捨ててこい!」
ユズは、怒鳴るドルに怯むことなく、ひよこの首の下を撫でている。ひよこは気持ちよさそうに目を細めている。
「名前は東山です」
「東山?!もっとええ名前つけたれや!」
「……いや、そもそも名前をつけるな」
ユズは東山を頭に乗せたまま、改めて扉へと向かう。
「行くぞ〜、東山〜」
ユズが東山を優しく撫でる。
「頼りにしてるぞ〜」
【ピピヨッ】
ユズの言葉に反応するかのように、東山が一つ鳴いた。
「あっ、ちょ、待てェ!!」
「俺らも行くか」
「ユズさん!もっとかわいい名前にしてください〜!」
「そこやないねん!全部おかしいやろ!!」
三人はユズの後を追いかけた。少しふらつきながらも、確実に目的地へと向かっているユズを介護しながら歩く。馬車に乗り継ぎ、一時間以上かけて聖域の森に辿り着いた。
――聖域の森
かつて英雄オリオンが、サソリに刺されて死んだ場所とも言われる森だ。神聖な言い伝えとは裏腹に、その攻略難易度はA+ランクだ。四人以上推奨のダンジョンであり、並のプレイヤーでは攻略出来ないレベルである。
「ここは毒罠が多いダンジョンだ、気をつけろ」
「ええ、僕には見えてます」
こんどーの注意喚起に、間髪入れず返すユズ。だが、相変わらず焦点は合っていない。
「……お前、何を見て言うとるんや」
「森を見てます」
「そっちは海です〜」
「森見ろや!!」
ユズを間に挟むように隊列を組み直し、森へと足を踏み入れる。森の中は、見るからに毒々しい沼や、サソリなどの危険生物が犇めいていた。
「……思ったより高難度やな」
「かわいくないです〜」
「痛いのは嫌だ」
「そこはお前、ジャンプで行けや」
「嫌だ」
「ほないつも止めろや!!」
ふと、ひつじはユズが居ないことに気がつく。周りを見渡すと、そう離れていない場所にユズが立っていた。
「ユズさ〜ん。どうしました〜?」
「……」
ひつじの声に、こんどーとドルも振り返る。
「どないしてん?」
「なんかあんのか?」
三人はユズに近づく。ユズは小さな声で何かを言っていた。
「……チ……す」
「なんて?」
「……ビーチです」
「は?」
「何がだ?」
「エメラルドグリーンの……ビーチです!」
「は?!」
そう言うと、ユズは駆け出した。ユズが茂みの中をズンズンと進んでいく。三人はそれを、慌てて追いかける。
茂みを抜けた先には、見るからに毒であろう、紫色に染まった沼があった。ユズはそのまま、なんの躊躇もなく毒沼へと浸かっていく。
「ユズ?!」
「ユズさ〜ん!!」
「あかんて!」
沼に膝の上まで浸かった頃、ユズは突然動きを止めた。
「ほら!痛いやろ?!毒やったやろ?!」
「早く出ろ」
「危ないですよ〜!」
三人が声を張り上げる。その声に反応して、ユズはゆっくり顔を上げた。
「……大丈夫です。全部、見てますから」
その顔は、至って真剣だ。ただ……。
――焦点が合っていない。
そして突然、毒沼の中で踊り始めた。
チャッチャッチャプッ
「誰がタップダンスせぇ言うてん!!!」
「何が見えてんだよ!」
「ユズさん、こっちにもかかってます〜!」
「毒痛っ?!」
バシャバシャと飛び散った毒が、全員のHPをみるみる削っていく。
「あかん!」
「メェさん、状態異常回復だ!」
「は〜い。【ピュリファイ】!」
四人の周りに星のエフェクトが舞い、ステータスから毒のマークが消える。
「おおきに、メェちゃん」
「サンキュー」
「どういたしまして〜」
和やかなムードになり、毒も消え、HPも戻っている。しかし。
バシャーンッ
ユズが、背中から毒沼に勢いよく倒れ込んだ。
「ユズくん?!回復が追いつかんかったか?!」
「ユズさ〜ん!」
「……」
「黙っとらんとなんとか言いんかいな!大丈夫か?!」
空を見上げるユズの目の縁には、涙が溜まっていた。
「これが……バカンス……」
その言葉と共に涙が溢れ、ユズの頬を伝った。チャプチャプと紫色の水面が揺れる。
「アホかぁ!」
「空が……青い……」
「ここに来てからずっと曇ってんだろうが」
こんどーとドルがユズを毒沼から引き上げると、ひつじが再度ピュリファイを唱えた。
「も〜、ダメですよ〜」
「ユズ、お前はもう寝ろ。ログアウトしろ」
「僕、まだやれます。……やらせてください!」
「ブラック企業か!やれてないねん!」
うだうだとログアウトすることを拒否するユズ。
そんなユズを見て、こんどーはある事に気がついた。
「……そういえば、東山はどうした?」
「東山……?」
ドルはぐるりと周囲を見渡すが、東山と思われる生物はいない。ふと、ドルが毒沼を見た。
【ピ……ピョ……】
そこには、紫色に変色した東山が、毒沼に浸っている。
「東山ぁぁぁ!!」
「紫色でもかわいいです〜!」
「最悪のオフィーリアだな」
「言うとる場合かぁ!」
ドルが慌てて毒沼へ入り、東山を腕に抱えて戻ってくる。沼をぬけて陸地に上がった。
――その瞬間。
地面がわずかに揺れ、その拍子にユズが地面に倒れ込んだ。
「ハハッ、今度は体験型アトラクションかぁー」
「違うわっ!」
ドルは咄嗟に東山をポケットへと忍ばせた。
バシャバシャと、水飛沫をあげる音がする。毒沼の奥から、巨大な影が這い出してきた。黒く光る甲殻、大きな鋏。鋭い尾が、ゆっくりと持ち上がる。
――巨大なサソリだった。
「スコルピオン?!」
「マジか、遭遇率1/100だぞ」
「滑り台的なアトラクションですか?」
「ユズくんは、引っ込んどけ!」
「僕だけ除け者に……?!」
「ほら、ユズ。離れとけ」
「嫌です……。……ここが、リゾート……」
「あかん、話にならん!」
少し離れた所で、ひつじがユズに手招きする。
「ユズさ〜ん、こっちがアトラクション乗り場ですよ〜」
「は〜い」
「……さすが保育士だな」
「今のユズくんは園児以下やろ」
ユズがふらふらと、ひつじに近づく。そんなユズをギロリとしたスコルピオンの目が睨みつけた。スコルピオンの尾がユズを目掛けて振り下ろされた。
ドンッ
強い衝撃と共に、地面が抉れる。砂が舞い上がり、砂嵐へと姿を変える。尾が抜かれた跡には、大きなクレーターが出来ていた。
「速っ……!」
「あんなん一発、喰らったら終わりやぞ!」
砂嵐の中、こんどーがユズを探す。
「ユズ!大丈夫か?!」
「いえ〜い」
「だからタップダンスやめろや!!」
ユズはコロンビアポーズのまま、タップダンスを踊り続けている。驚くことに、タップダンスにより紙一重でスコルピオンの攻撃を避けていた。
「酔拳か?」
「脳みそ死んどるやろ!」
こんどーとドルが、スコルピオンから距離をとる。ドルは、スコルピオンの関節に狙いを定めて、弓を放つ。
「【ウィンドブレイク】!」
カツンッ
ドルの矢がスコルピオンの硬い装甲によって弾かれる。
「硬っ……!通らん!」
さらに追撃を加えるが、全ての矢が甲殻に弾かれた。
「なんやコイツ……!」
「さすがにA+。格が違うな……」
「関節でもあの硬さや。長期戦になりそうやな……」
「ああ」
こんどーが斧を構える。大きく飛び上がり、斧を振り下ろそうとした瞬間。
【ギョアアア】
大きな咆哮と共に、紫色の瘴気を吹き出した。
「ぐっ……?!」
至近距離にいたこんどーは、まともに瘴気毒を浴びる。HPが大きく削れ、こんどーの身体が痺れ始めた。着地もままならず、そのまま地面に落ちた。すかさずドルが指示を飛ばす。
「メェちゃん!」
「心得ました〜。【ピュリファイ】!」
こんどーとドル。二人の周りに、星のエフェクトが舞う。
【ピョー!】
「……東山も回復してるな」
「……あの狂気ひよこの仲間なだけあって頑丈やわ」
ドルのポケットに入っていた東山は、毛繕いを終えると、スコルピオンに向かって飛びたった。
「あ、おい、東山!」
「飛べるの偉いです〜」
「ひよこが飛ぶなや!!」
スコルピオンは、目の前をウロチョロと飛ぶ東山を振り払うように攻撃する。しかし、小さな東山は、風圧でふわふわと動き、狙いが定まらない。スコルピオンの攻撃は東山に当たることなく、とうとう頭の上に辿り着いた。
一瞬羽を休めると、次の瞬間、上を向いて高く鳴いた。
【ピェェェェ】
まるで餌を食べるかのように、東山の嘴が、スコルピオンの目を啄む。
【ピピヨッピヨッ】
【グガァァァ!】
スコルピオンが、痛みにのたうち回る。
「目ぇ潰した?!」
「今だ!!」
今の隙にと、こんどーが地面に技を放ち地割れを起こす。そこにスコルピオンがハマり込んだ。ひつじが杖を振り上げ、スコルピオンに走り寄る。
「ポコちゃん!」
ポコッ
【ギャアアアオ!】
スコルピオンの甲殻に大きく亀裂が入った。
「それ魔法ちゃうやろ!!」
「メェさんが死んだらシャレになんねー!下がっててくれ」
「はぁ〜い……」
こんどーに怒られ、しぶしぶ下がるひつじ。しかし、今の攻撃でスコルピオンのHPは、かなり削られたようだ。
「今なら通る……!」
そう言うと、ドルは再度矢を放つ。しかし、亀裂を狙って丁寧に撃ち込まれた矢も、スコルピオンの硬い甲殻によって跳ね返された。
「くそっ、まだ足りん……!」
怒ったスコルピオンの尾が、ドルを狙う。ドルは素早く横に転がることで、攻撃を避けることができた。
「チッ……!」
「俺がやる」
こんどーが斧を振り上げる。
「【雷帝の鉄槌】!」
こんどーの斧が電気を纏い、スコルピオンの首を狙って振り下ろした。斧はそのまま地面へと突き刺さる。大きな衝撃音が響き、スコルピオンは頭を落とした。胴体だけが動き続けている。
こんどーとドルは肩で息をする。
やがて、スコルピオンの動きが完全に止まる。黒い巨体が、力なく地面に沈んだ。
「……終わったか」
「……過去一苦戦したわ」
「だな」
パチパチパチ
こんどーたちの後ろから、拍手が聞こえてきた。振り返ると、ユズが手を叩いていた。
「映画館久しぶりに来ましたー」
「映画ちゃうねん!」
「こっちは命懸けだ!」
「くそっ、ユズくんのこと忘れとったわ……」
ドルは頭を抑える。が、すぐにスコルピオンに向き直り、短剣を取り出した。
「さ、剥ぎ取るで〜」
「切り替えはえーな」
「こんだけ強かってん、絶対売れる」
ドルは剥ぎ取ろうとするが、硬すぎて刃が通らない。
「ここまで来て……、こンのぉぉぉ!!」
力を入れて、無理矢理切り裂く。なんとか切り裂いたスコルピオンのお腹の部分が、淡く光っていた。
「……なんや、これ」
ドルがその光に手を伸ばす。甲殻の隙間から、一本の弓が見えていた。
「武器ドロップか、レアだな」
「……【風弓 オリオン】?」
「オリオンって、サソリに殺されたヤツか」
「かわいいです〜」
弓には羽がデザインされている。弦は張られているはずなのに、風のように揺らいでいて見えない。
「……ふぅん」
ドルが弓を引く。
――シュンッ
矢が放たれた瞬間、空気が裂ける。細い線が一直線に伸びた。矢の周囲に、風が螺旋を描く。岩へと当たる。遅れて風が爆ぜ、岩は粉々に砕けていた。
「宝くじ先輩、すごいです〜!」
「……」
「やっとノーマル武器から変えられるな」
「……」
「……宝くじ先輩?」
ドルは固まったまま動かない。ひつじが声をかけると、ドルは強く弓を握りしめた。
「売る」
「売るな」
間髪入れずにこんどーが止める。
「こんなん絶対売れるやん!!」
「ブレねーな、お前は」
「かわいいから売っちゃダメです〜」
「そういうことじゃねーだろ」
こんどーが、ため息を吐く。
「ユズ、お前からも何か言ってやれ」
ユズの方を振り向く。
「……それ、浮き輪ですか?」
「ちゃうわ!!」
「お前はもう寝ろ!」
「でも、東山も泳ぎたいって」
「泳がせへんわ!」
「さっき死にかけたろ!」
【ピ…ピヨッ】
ドルのポケットの中では、東山の小さな悲鳴が響いた。
“朱に交われば赤くなる”という言葉がある。
それは、白から赤になったのか。
最初から、赤かったのか。
――多分、赤かった。
「あ、寝た」
こんどーの声で、ひつじとドルがユズを見る。
「……幸せそうな顔してからに」
「ゲームの中でも寝れるって不思議です〜」
こんどーが、ユズを背中に背負う。
「剥ぎ取りも終わったし、帰るか」
「せやな」
「帰りましょ〜」
そう言って、ひつじとドルが前を歩く。ユズがむにゃむにゃと、こんどーの背中で寝言を言っている。
「納期までには……うぅっ……」
「夢でも仕事してんのかよ」
あまりの社畜根性に、こんどーは笑う。しばらくすると、小さな声でまた寝言を言い始めた。
「……ちゃ……く……し……」
「ん?なんて?」
こんどーが聞き返す。
「……大ちゃん……約束……星……」
「……」
こんどーの、ユズを背負う手がほんの少し強くなった。
「……やっぱお前かよ、圭介」
こんどーは空を見上げる。
「忘れりゃいいのに、馬鹿だな。……俺もお前も」
月はまだ、出ない。空には、雲が薄く覆っていた。




