覆水盆に返らず
「ただいま……」
「あ、ドルさん。おかえりなさい」
夕方、やけに疲れた顔のドルが、ギルドに入って来た。その後ろから、ひつじとユースケ、ココアが順にギルドに入ってきた。
「ゆ、ユズくん……。ユズくーん!」
「わぁっ!……ドルさん、どうしたんですか?」
ドルは、ユズを見て感極まったように飛びついた。ユズは眉を下げて、飛んできたドルの背中を擦る。
「ユズさん、こんばんわ〜」
「あ、ユズさんこんばんは」
「こんばんは」
「こんばんは。皆さん、どこに行ってたんですか?」
「アルクス教会です〜」
「え、アルクス教会って、Aランクダンジョンでしょう。大丈夫でした?」
「聞いてくれ!」
ユズの言葉に、泣き真似をしていたドルが勢いよく顔を上げた。
「わっ。だから、どうしたんですか?」
「もうあかん……あかんねん……」
「え?何がですか?」
ドルの横からユースケが顔を出した。少し興奮したように、両手を顔の前で握りながら声をあげる。
「ユズさん!僕、分かりました!」
「何が?」
「攻撃こそ最大の防御です!」
「違うよ?」
「今度は止まったりしないわ」
「なんの話し?!」
「力 is パワー」
「パワーこそ力よ」
「なんだこの幼馴染?!」
意味は全く分からない。しかし、様子のおかしい幼馴染組を見て、ユズは鋭い目をドルに送る。
「どういうことですか、これは!」
「俺やない、俺やないんや……」
ドルは泣き真似を続けながら、ひつじを指さす。その指の先辿って、ユズはひつじを見る。
「……メェさん」
「は〜い」
「……何かしました?」
「え〜?何もしてないですよ〜?」
本当に何も分かっていないかのように、コテンッと首を傾げながら答えるひつじ。そんなひつじに、ドルは泣き真似をやめて声をあげた。
「コイツや!!魔道士(物理)なんかしとるから、新人が変な信仰始めよった!」
「ドルさんが居ながら、何してるんですか!」
「俺か?!俺が悪いんか?!」
再び泣き真似を始めるドル。ユズは深いため息を吐き、ズキズキと痛くなってきた頭を押さえる。
四人を席につかせると、ユズがホワイトボードを持ってやってきた。ユズは、ボードに戦闘の基本を書き出していく。
「いいですか?戦闘において大切なことは――」
「攻めることです!」
「違う」
「止まらないことよ」
「もっと違う」
「ポコちゃんです〜」
「帰れ」
ユズの頭がさらに痛くなる。説明しようにも間違った持論を投げかけられるばかりで、話が進まない。ドルはもはや諦めているのか、ポケットの中の小銭を数え始めた。
ユズが試行錯誤しながら説明をしていると、こんどーがギルドにやって来た。
「ちっす。……なにしてんだ?」
「あかん、ややこしいヤツ来た!」
「一番、力isパワーなヤツ来た!」
「相変わらず失礼だな、お前らは」
いつもと違う雰囲気のギルドに、一瞬怪訝な顔をしたこんどーは、チラリとボードを見た。
「なんだ、教育中か?」
「再教育です」
「手ェ出すなよ?!」
「なんだそりゃ」
こんどーは、ユズの隣に立つとユースケとココアを見た。腕を組みながら二人に説明を始める。
「いいか?戦闘はな、状況判断が大事だ」
「おっ?」
「まともや……」
ユズとドルが、意外にもまともなことを言うこんどーに、目を丸くする。
「なるほど……」
「状況判断……」
ギルド最年長、バトルセンスもあるこんどーの指導に、ユースケもココアも真剣に話を聞いていた。
「敵に囲まれた時、罠の場所が分からない時。どうする?」
ユースケとココア、ついでにひつじは少し考えてから答える。
「……逃げる〜?」
「……味方を呼ぶ?」
「……撹乱させる?」
ユズとドルが激しく頭を振る。やっとまともな言葉が返ってきた。脳みそを使ってくれた。そう喜んだのもつかの間――
「違う」
こんどーの言葉に、二人の動きがピタリと止まる。ひやりと、胃の腑が動いた気がした。
「迷ったら殴れ」
「なるほど!」
「分かりやすいわね」
「それです〜」
極論でしかないそれに、歓喜の声をあげる幼馴染組とひつじ。そのすぐ傍で、ユズとドルが頭を抱えた。
「違うっつてんだろ!」
「アホがアホに教えて、余計アホになりよった!!」
「取り返しつかねーよ……!」
ツッコミを入れる二人を無視して、こんどーが頷く。
「大抵は、殴れば解決する」
「わかりました!」
「ありがとうございます」
「さすがです〜」
ユズとドルの声は聞こえていないのか、話は進む。結局、武が物を言う世界線での話になっていた。
「……もう、ええわ」
「……諦めましょう」
「ここは修羅の国になったんや……」
二人は同時に目を逸らした。
“覆水盆に返らず”という言葉がある。
一度こぼれた水は、元には戻らない。
――彼らも、同じだった。
「ちゃうねん!そんなことより!」
「わっ、いきなり何ですか?」
勢いよく顔を上げたドルが、ユズの肩を揺らす。
「多分見つけたで!星空の街への扉!」
「えっ?!」
ドルの言葉に、ユズの瞳が揺れた。ドルがアルクス教会での出来事を話す間も、ギラリとした瞳が期待を含んで揺れ続ける。
「良かったじゃねーか」
「でも、鍵はありませんでした〜」
「ピッキングも効かんかったわ」
「やったのかよ」
「一旦な?」
「慣れてんだろ、お前」
こんどーの言葉に、ドルは目を逸らす。
「……へへっ」
「警察呼べ」
「あかんあかんあかん!嘘や!ジョークや!」
二人が言い合ってる間も、ユズは思考を巡らす。
アルクス教会、山頂、暗号、扉、鍵――
「……鍵って、ポコちゃんじゃないんですか?」
「ああ、星降る鍵がハマる時ってやつだな。たしかにな」
「う〜ん、でも全然刺せそうにありませんでした〜」
「……多分、その鍵は別もんやねん」
「どういうことですか?」
ドルが、ホワイトボードに考えをまとめて書いていく。
「闇夜の地、多分アルクス教会やろ。雫が落ちて石を穿つ、これがさっき言うた床の窪みや」
「はい」
「その後の、星の雫がハマる時、その地は扉となるだろう。……これは多分、アルクス教会そのものを、星空の街の扉にするための仕掛けなんやと思う」
「……つまり、教会にあった鍵を開けたら、ポコちゃんで開く扉になるってことか?」
「多分な」
「ややこしいな」
四人が思案顔で話し込んでいると、ユースケが恐る恐る話しかけてきた。
「あ、あの、すみません……」
「どうしたの?」
「星空の街って……なんですか?」
なんの話をしているのか、分からない二人は顔を顰めながら首を傾げている。そんな二人を見て、ユズは一瞬目を丸くさせる。
「ああ、ごめんね。説明してなかったよね。」
――星空の街
どこにあるのか分からない。一日中、闇が空を覆い、手を伸ばせば掴める。そんな風に思うほど、夜空には星がひろがっている。
古代の人々が見た景色を。
現代の人々が忘れた景色を。
初めに辿り着いた者だけが、手にするのは地位か名誉か富なのか。
――それとも
「これが公式の謳い文句。ロブフロ発売当初からある情報なんだけど、誰もまだ辿り着けてないんだ」
「へぇ、初めて聞きました」
「最近じゃ話題にも上がらないからね」
「……ユズさんは、ここを目指してるんですか?」
ユースケの純粋な瞳が、ユズを見据える。
ユズは、あの日見れなかった星空を思って目を閉じる。思い出すのは、大ちゃんと呼ばれた少年との約束。顔も、今はもうぼんやりとしか思い出せない。幼い頃の小さな約束だけがユズの依代だった。
プラネタリウムじゃダメだった。
天体観測をしてみたけれど、何かが違った。
星の見える丘では足りなかった。
――でも、ここなら。
ユズはそっと目を開け、こんどーたちを見た。そして、ユースケに向き直った。
「……うん。僕の、遠い約束なんだ」
「約束……?」
「これはただの自己満足だから、ユースケくんとココアさんは気にしなくていいよ」
「あ、はい……」
「……はい」
そう言うと、ユズはいつものように地図を取り出した。
アルクス教会。
その文字に赤い丸を入れた。そんなユズの後ろ姿を、こんどーが見つめていた。




