習うより慣れろ
土曜日の昼頃。ひつじとドルは、ユースケとココアの素材集めを手伝っていた。
「すみません、着いてきてもらっちゃって」
「大丈夫ですよ〜」
「ありがとうございます」
「初心者には優しく、や」
ユースケとココアがこのゲームを始めて、三ヶ月が経っていた。ユズたち社会人と大学生では時間が合わないことも多いが、ユースケたちは、ログインする度に必ずギルドに顔を出すようにしていた。そのため、六人は思いのほかコミュニケーションをまめに取れていた。
「装備もログボやなくなっとるやん」
「あ、そうなんです!」
「とりあえず初心者用の装備は揃えました」
「へぇ、やるやん」
「頑張りました!」
「二人とも、似合ってます〜」
「ありがとうございます」
四人は山道を登っていく。山道といっても、丸太でできた階段が山頂付近まで続いており、ハイキングコースのような作りになっている。とは言え、所々丸太が欠けていたり草木に道を阻まれたりと、人通りが少ないことが伺える。
山頂付近にさしかかると、木の影から教会が見えてきた。四人が目指していた、アルクス教会だった。
――アルクス教会
山の頂上に建てられた、廃教会。
聖なる神を祀っていた由緒ある教会だったが、悪魔の襲撃により、今は廃墟と化している。
物理攻撃に耐性がある、Aランクのモンスターが多く出現するため、上級者向けのダンジョンとして知られている。
「ここの敵は悪魔系や。白魔法に弱い」
「そこで私の出番です〜」
「なるほど!メェさん、よろしくお願いします!」
「お願いします」
「……まぁ、この子は基本ヒールしか使えんから後衛やと思っとき」
「……え?」
「ヒールだけ……?」
“ヒールだけ”
その言葉に困惑するユースケとココア。そんな二人から、ドルは目を逸らしながら話題を変える。
「ほんで、君らは戦えるようになったんか?」
「あ、はい。もう槍は投げません!」
「何言ってるのよ、当たり前でしょう」
「ご、ごめんココちゃん」
ユースケとココアを前衛に置き、その後ろをひつじとドルが歩く。四人は、アルクス教会の敷地に足を踏み入れた。
手入れのされていない庭園には、雑草が伸びている。廃材が散らばり、ステンドグラスも欠けていた。廃墟特有の物々しい雰囲気に、ユースケの腰が引けている。
墓地に差し掛かる手前で、ドルの足が止まった。
「ほら、来たで」
「え」
ドルの言葉にユースケが前を見た。石でできた灰色の身体、獣のような顔には二本の角が生えており、背中にはコウモリのような翼が二対あるモンスター、ガーゴイルが飛んで来るのが見えた。
「う、うわぁ!」
ドルは叫ぶユースケの肩を優しく叩いた。
「大丈夫や、俺らがおる。後衛は任しとき」
「は、はい……。ありがとうございます」
「ガーゴイルは物理攻撃が効くタイプや、なんとかなる」
「は、はい!」
ドルの言葉に気を取り直したユースケが、槍を構える。
ユースケは一歩前に出ると、近づいてくるガーゴイルに対して槍を振った。
「えいっ!」
ブンッ
「えいっ!」
ブンッ
槍を勢いよく振る音が聞こえる。
「……ちょぉ、待ち」
ドルは頭を押さえながら、ユースケに制止をかけた。
「なんですか?!」
「何しとるんや、それ」
「攻撃です!」
「この距離でか?!」
ユースケとガーゴイルの距離は、三メートルほど開いている。どれだけ振ろうとも、槍はかすりもしない。
ドルは押さえていた頭が、さらに痛くなるのを感じた。
「もっと近づかんかい!」
「えぇ?!怖いですよ!!」
「なんやねんコイツ!」
「近づいたら攻撃されちゃう!」
「何のための武器やねん!!」
隣でやり取りを見ていたココアが、ため息を吐いた。
「……見てられないわね」
そう言うとココアは、大きく息を吸い込み、力強く地面を蹴った。右足を踏み込み、ガーゴイルの前に飛び出す。
「オラァ!!」
ココアの拳が、ガーゴイルの腹部に撃ち込まれる。ガーゴイルは、勢いに押されて少し後退した。拳の当たった部分は、ほんの少しだけ欠けていた。
「くっ……!さすがはAランク。硬いわね……」
「当たり前や!脳筋!」
【ガァァァァ!】
ガーゴイルが咆哮をあげながら、翼を広げる。大きく飛び上がり、長い爪でココアの二の腕を抉った。
「きゃっ……!」
「ココちゃん!」
衝撃で倒れ込むココア。二の腕には三本の赤い線が伸び、そこから血が滴り落ちている。ココアは、腕を押さえて蹲る。そんなココアにユースケが駆け寄った。
「メェちゃん!」
「任せてください〜!【ヒール】!」
ドルは即座に、ひつじに指示を出す。ひつじは、ドルの言葉に一つ頷いて、すぐに呪文を唱えた。
ココアの周りに星のエフェクトが舞い、その瞬間に傷が癒えた。
「す、すごい……。まったく痛くない……。HPも全回復してる……」
「えっ、ただのヒールで?すごい……」
「あの……、ありがとうございます」
「は〜い、大丈夫ですよ〜」
ひつじは、ココアの傷が癒えたことを確認すると、にこりと笑い、ユースケたちの前に出た。
「じゃあ、行ってきますね〜」
「え?」
「どこに……」
困惑するユースケとココアを置いて、ひつじは杖を振り上げながらガーゴイルに近づく。
「ポコちゃん!」
ポコッ
小気味良い音で、杖がガーゴイルに当たった。
ユースケたちは以前、初心者向けダンジョンである、ラビラント城跡地で甲冑兵を倒すひつじを見ていた。しかし、今回はAランクの魔物が相手だ。ユースケとココアは、ひつじが反撃されると思い駆け出そうとした。が、次の瞬間。
【グガァァァ】
ガーゴイルが悲鳴をあげて、粉々に砕けた。
「……どうや、これがウチのヒーラーや」
「嘘でしょ?!物理攻撃でしたけど?!」
「ヒーラーなんや」
「後衛って話は?!」
ユースケがドルの肩を掴んで揺らしながら、ひつじを指さす。ヒーラーだと言い張るドルとは、一切目が合うことはない。痺れを切らしたユースケが、ココアに声をかける。
「ココちゃんも何か言って!」
「……てき」
「え?」
「……素敵」
「は?」
「……あれで、いいのよね」
ブツブツと何かを言い続けるココア。ユースケは、戸惑ったようにオロオロと手を宙に漂わせている。ドルは、嫌な予感に頬が引き攣る。
一息つく間もなく、奥から更に二体のガーゴイルが現れた。いち早く気付いたドルが、声を張り上げる。
「来たで!」
「は、はい!」
ユースケとドルが構える。
「ココちゃんに、カッコ悪い所ばっかり見せられない……!」
「……せやな!」
――もう、見せとる。
その言葉を飲み込んで、ドルはユースケの後ろで構え続けた。
ユースケが一歩踏み出し、ゆっくりとガーゴイルまで近づく。槍の届く距離。
――今!
「えいっ!」
ユースケが、勢いよく槍を振るう。その槍は、勢い余って手から離れた。
カランッ
槍の落ちる音が虚しく響く。ドルは目を釣り上げてツッコミをいれた。
「何しとんねん!!」
「あああ、つい……!!」
「アホかぁ!!」
ドルは矢を放ち、近付いて攻撃を仕掛けようとしているガーゴイルを足止めする。
「もう一回や!拾え!」
「は、はい!」
ユースケが慌てて槍を拾った、その瞬間。
「ドラァ!!」
颯爽と現れたココアが、ガーゴイルに蹴りを入れた。予想外の攻撃に、ガーゴイルはそのまま吹き飛ばされた。
「は?!」
「ココちゃん?!」
砂埃が舞う。驚くドルとユースケ。目の前には、二人に背を向けて立つココアがいた。
モンクであるココアは、手にグローブを嵌めただけの状態で構えをとっていた。装備だって初心者の域を出ない。Aランクのモンスターに向かうには、あまりにも危険だ。ユースケは慌ててココアに声をかけた。
「危ないよ、ココちゃん!」
「大丈夫よ」
フッと口角を上げたココアが、ユースケを振り返る。
「だって、さっき……!」
「さっきは手を止めちゃったの」
「ん?う、うん。」
ココアの言うことが、どういうことか分からずユースケが首を捻る。
「今度は止めない」
「は?」
「攻撃こそ最大の防御よ」
「違う違う違う!違うよココちゃん?!」
「待てぇ!メェちゃんは例外やぞ!」
「レベルに差があっても関係ないわ、見てなさい」
「あかん、話通じん!!メェちゃんは何やっとるんや?!」
ココアは走り出すと、宣言通りガーゴイルを殴り続けた。明らかにレベル差があるにも関わらず、ココアの猛攻にガーゴイルも反撃出来ていない。
ドルはひつじを振り返った。そこには、笑顔で親指をたてている、ひつじの姿があった。
「ごっつええ笑顔やな?!」
「カッコイイ女性に憧れるんですって〜。可愛い後輩ぇす〜」
「お前のどこがカッコええねん?!」
「え〜?」
「あかん、ユズくん!はよログインしてー!!」
ドルの叫びが、教会に木霊する。その頃、ユズは研修を受けていた。
“習うより慣れろ”という言葉がある。
ただ、何を習うか、何に慣れるかは選ぶべきだ。
彼女らは、それを間違えた。
――しかも、全力で。
粗方のモンスターを殴り倒した後、ひつじとユースケ、ドルとココアがペアとなり、二手に分かれて敷地内を探索し始めた。
「ん?」
教会内部を探索していたユースケが小さく声を漏らした。誰もいない教会では、小さな声もよく響いた。
「どうしました〜?」
「これ……」
ユースケの元にひつじが近寄っていく。ユースケは教会の床を指さした。指さしたところを見ると、床の一部がへこんで、小さな水溜まりを作っていた。天井を見上げると、亀裂から雨漏れを起こしているようだ。ポタポタと、一定のリズムで雫が落ち続けている。
「雨漏れですか〜?」
「みたいですね。それより、この穴……」
「ん〜?」
ユースケの言葉に、へこんだ部分をよく見てみると、鍵穴のようになっていた。
「隠し通路ですかね?」
「ですかね〜?」
二人は首を傾げる。ガチャガチャと触ってみるが一向に開く気配がない。そこに、ドルとココアが合流してきた。
「どないしたんや?」
ドルは、床にしゃがんで首を傾げ合っている二人を見て、怪訝そうに話しかけた。
「あ、宝くじ先輩〜。これ見てください〜」
「ん?」
ドルとココアが水溜まりを覗いた。
「……鍵穴?隠し通路かしら」
「でも、鍵が見当たらないんだ」
「宝くじ先輩、こういうの好きそうです〜」
ドルは鍵穴を見ながら、思考を巡らせる。思い出したのは、あの暗号文。
【これ解けた者、星空へと導かれん
その一
闇夜の地 雫が落ちて石を穿つ
月の雫がハマる時 その地は扉となるだろう
その二
星の錠 光を纏いて呼び起こす
星降る鍵がハマる時 その扉は開かれるだろう
その三
零月の夜 歌を唄いて涙を流す
偽りの夜が満ちる時 その光は流れるだろう】
「闇夜の地……、廃教会。雫が落ちて……」
「ドルさん?どうしました?」
「……これ、星空の街の扉ちゃうか?」
意味の分からないユースケとココアは、不思議そうな表情を浮かべながら、顔を見合わせる。
ひつじは一瞬キョトンとして、それから笑顔になった。
「早くユズさんの所に戻りましょ〜!」
そうして、ひつじたちは廃教会を後にした。
その様子を、少し離れた場所で四人のパーティが見ていた。その中で、一人の青年が呟いた。
「……間違いない。星空の街に行こうとしてる」
「……引き込むか、ルミナスだけ奪うか。二つに一つですわね」
「あまり賢いとは言えませんでしたよ?」
「ああ……。一応僕らの出した試験にはクリアしているけど、どうだろうね」
目を細めてドルたちを見る青年。そのすぐ後ろから、長身の男が青年に声をかける。
「今から行くさー?」
「……」
青年は黙って自分の足を撫でた。その足は、ほんの少し、震えているようだった。それを見た女が、青年の傍に寄り添うように立った。
「……無理は禁物ですわね、今日はもうログアウトを」
「……ああ、すまない」
そう言うと、青年は去っていった。星の描かれたマントを翻しながら。




