三十六計逃げるに如かず
「これだけしか回収できませんでした」
あれから四日後、ログインして来たこんどーたちに、ユズは取り戻した装備を渡す。
「ポコちゃん!ありがとうございます〜!」
「俺の300万をありがとう……!」
「お前のじゃねーだろ」
「俺の弓もあるやん。おおきに」
「弓をついでみたいに言うな。俺のグローブもサンキュー」
「……すみません、こんどーさん。斧は、取れませんでした」
ユズは、思い詰めた表情で頭を下げ、謝罪する。こんどーは、そんなユズを見て首を傾げる。
「何を謝ってんだ?十分だろ」
「せやで。ポコちゃんさえあれば、それでええやろ」
「ありがとうございます〜」
三人の明るい声がギルドに響く。本当に何も思っていなさそうだ。ユズは、詰まっていた息を吐いた。
「……もう、ああいうのは勘弁ですからね」
「あの人、なんだったんですかね〜?」
「……さぁな。でもあれは、かなりのやり手やった」
「多分、俺たちの動向も調べられてたな」
四人は顔をしかめながら、先日のフードの人物を思い浮かべる。
「……最近流行りのパーティ狩り、ですかね」
「一人でか?さすがにリスクがデカすぎるだろ」
「……一人ちゃうんちゃうか?ワイバーン全部倒すなんて無理やろ」
ユズはふと、落ちながらも空を高く指さした、あの人物が着ていたフード。あれに、星のマークが描かれていたことを思い出した。
「……敵のフードに、星のマークがついてたんです。もしかしたら、僕ら以外にも星空の街を目指してる人達なのかも……」
「せやったらポコちゃん奪って、すぐにトンズラこけば良かったやん。なんでわざわざ、ユズくんまで罠にかけるん?」
「……そう、ですよね」
憶測だけで、答えの出ない疑問。ギルド内に、重い沈黙が流れる。それを払拭するように、こんどーが口を開いた。
「何にせよ、1/100000000《1億分の1》だぞ。無くせば二度と手に入らなかっただろうぜ」
「せやな、お手柄や」
二人はそう言うが、ユズは釈然としないまま、少し俯いて唇の端を噛んだ。
何故敵はユズまで狙ったのか?それは、自分が星空の街に執着していたせいかもしれない。もしも自分が、星空の街に固執していなければ、こんどーたちは巻き込まれなかったかもしれない。
そう思うと、自然と手に力が入る。
「ここまで来たら行くしかねーな」
「私も星空見たいです〜」
「未開の地、商売にはもってこいやで」
そんなユズとは反対に、楽しそうに星空の街の話をしている三人。ユズが顔をあげて、声をかける。
「……無理に、付き合わなくてもいいんですよ?」
「はぁ?」
ユズの言葉に、こんどーが顔をしかめる。
「だって、僕のせいで……」
「……まさかお前、襲われたのは自分のせいとか思ってんのか」
「はぁ?なんやそれ」
「ポコちゃんはメェさんのラッキーだし、暗号だってドルの気まぐれでたまたまだろ」
「アイ・アム・ラッキーガールです〜」
こんどーの横でピースをするひつじ。襲われたことも、何も気にしていない様子だ。
「最初はお前だけの目標だったかも知れねーけど、今はもう俺らも行くつもりなんだよ」
「せやで、こんなん絶対ええ儲け話になるやろ」
「星空の街、純粋に行ってみたいです〜」
ユズは一瞬呆けてしまった。
それは、自分だけの小さな約束だったはずだ。なのに、今はもうこの四人を繋ぐ夢へと変わっていた。
目指す理由は違うかもしれない。それでも――
なんとなくじゃない。偶然じゃない。一緒に行く、理由がそこにはあった。
ユズは、眉を下げながら笑った。
「傲慢でしたね、すみません。……ありがとうございます」
「おう」
ギルド内に穏やかな空気が流れる。かつて、ひつじが同僚に言われた、“いつまでも付き合ってくれない”。心に刺さっていたその小さな棘が、静かに解けたような気がした。
ユズは、件の涙の谷について気になっていたことについて尋ねた。
「ところで、涙の谷には何を?」
「宝くじ先輩が、落ちてる小銭を辿って行ったら涙の谷に着いたんです〜」
「ヘンゼルとグレーテル?!」
「あんな罠に引っかかるなんてな」
「明らかに怪しかったです〜」
「僕は……そんな理由で、あんな……!」
「俺は悪ない!金が俺を誘ったんや!」
想像していた以上に馬鹿げた理由に、ユズは肩を落とした。こんどーとひつじも小さくため息を吐く。
「でも、意外です」
「何がですか〜?」
「ドルさんが、お金を盗られても怒らないなんて……」
「確かにな」
ユズの言葉に、三人はドルの顔を見た。そこには穏やかに笑みを浮かべていた。
「俺はその事実を、この七日間で忘れ去ったんや」
「いや、そんな菩薩のような笑顔で……」
「手から血が出てんぞ」
「俺の2,749,631マイル……!」
「細けーな。全然忘れてねーじゃねーか」
「思ってた十倍は貯めてましたね」
「人の歯軋り、初めて聞きました〜」
ユズは思い出したようにメモ帳を取り出すと、カリカリと文字を書いて三人に手渡した。
「……ID?」
「……こうなってから初めて思いました。僕らリアルでの連絡手段も持った方がいいって」
「言われてみたら、この三年間、一回も不便したこと無かったもんなぁ」
「ゲーム内通知で済んでましたからね」
「じゃあ交換しましょ〜」
四人は、三年目にしてようやく現実での連絡先を交換しあった。それぞれがスクリーンショットを撮り、記録を残す。
しばらく四人で雑談を交わしていたが、こんどーが何かを思い出したように立ち上がった。
「武器屋に行ってくる」
「なんや、新しい武器か?」
「ああ。制作依頼出してそのままにしてたんだよ」
「そういえば、前に斧を新しくしたいって、ゼインの欠片、集めてましたもんね」
「武器も無くなったし、ちょうどいい機会だな」
「タイミング良かったですね〜」
四人はギルドを出て、町の外れにある鍛治屋街へと向かった。
「別に、着いて来なくてもいいぞ」
先頭を歩いていたこんどーが振り返り、ユズたちに言う。ユズは首を横に振って応えた。
「メイン武器の無い状態で、またPvPになったら困るでしょう」
「グローブがあるだろ。とりあえず殴ればいける」
「発想が物騒なんだよなぁ」
「PvP挑んでくるヤツに、物騒とかあるか?」
「脳筋は黙って守られとけや」
「ゴリさんを守るって新鮮です〜」
それからユズたちは、こんどーを囲むように三角形に列を成して歩く。こんどーは、呆れたように肩を上げたが、口角は小さく上がっていた。いつもより足取りは軽いのに、歩幅が小さくて進みにくい。その煩わしさが、少しむず痒かった。
カンッカンッ
町に近づくにつれ、金属を叩く音が聞こえてきた。町の中は活気づいていて、人と物で溢れており、熱気で満ちていた。
大通りを抜けて、路地に入る。こんどーが、一軒の店の前で足を止めた。店には、武器が描かれた看板が掛けられている。
木製の扉を開けると、そこは煤の匂いで満ちていた。カウンターの奥には帳簿を付けている男がいた。店主だろうその男はチラリとこちらを見た。こんどーが声をかける。
「こんどーだ。依頼してた雷帝の斧を受け取りに来た」
「ああ、ちょっと待ってろ」
店主は一度奥へ入ると、すぐに戻ってきた。腕の中に重たそうな箱を抱えている。箱をカウンターに置くと、店主が箱の中から一本の斧を取り出した。
「ほら、ご注文の品だ」
「おお、サンキュー」
こんどーは男から斧を受け取る。以前持っていた斧よりも一回りほど大きく、重量感も増している。斧の刃がツヤツヤと玉虫色に光ってこんどーの顔を反射する。刃と柄の真ん中には雷のマークが印されている。
「きれいですね〜」
「雷帝の斧って確かA+の武器でしたっけ?かなり強くなりましたね」
「三年間ノーマル武器の男が、急にそんなん持って大丈夫かいな」
「……持ってみてもいいですか?」
「おう」
ちょっとした好奇心から、ユズはこんどーから斧を受け取る。斧を受け取った瞬間、ユズの腕に想像の何倍もの重さが加わった。
「ぐっ?!重っ!!」
片手ではとても持てそうにない。両手でなんとか持ってはいるが、動かすことはできない。床に落としそうなのを耐えていると、こんどーがユズから斧を取り上げた。
「そりゃそうだろ、STR120以上で使えるようになるんだから」
「120?!ゴリラやん!!」
「平均の二倍です〜」
「やっと来た」
そう言うとこんどーは、何事も無かったかのように武器を片手で仕舞い、そのまま、自然と店を出ようとした。
「じゃあな、店主」
「おい」
「ん?」
四人は店主の声に振り返る。カウンターの奥で店主が顔を顰めて立っていた。
「……お代は?」
そう言われ、一瞬四人の動きが止まった。
「……あ」
「……ロスト」
四人は顔を見合わせる。ユズは、こんどーとドルの顔が凛々しくなったような気がして、頬がひきつる。
「……やることは分かるな?」
「……当たり前や」
「準備OKです〜」
「お、おい、もしかして……」
「逃げろぉぉぉ!!」
「踏み倒せぇぇぇ!!」
「犯罪じゃねーか!!」
三人は一斉に駆け出した。一歩遅れてユズも駆け出した。乱暴に扉を開き店から出ると、後ろから店主の怒声が響いた。
「お前らぁ!逃げられると思うなぁ!!」
「ちょっと!怒り狂ってますよ?!」
「とにかく逃げろ!」
走る足は止めない。路地を抜けて、大通りに出る。人にぶつかりながらも鍛治屋街の外を目指して走り続ける。少し拓けた所でドルが後ろを確認する。
「ヒッ……!ちょっ、後ろ見てみぃ!」
ユズたちは、ドルの言葉に振り返り、顔が青ざめた。
――店主がもう、すぐそこまで来ている。
店主は鬼の形相で、斧を両手に持って振り回している。
「ぎゃぁぁぁ!!」
思わずユズは叫んだ。
「怖すぎやろ!人間のする顔ちゃうやろ!!」
「NPCって倒したらダメか?」
「罪を重ねるな!!」
「私だけは見逃してくださ〜い!」
「ふざけんな!道ずれに決まっとるやろ!!」
「連帯責任だ」
「アンタらがふざけんな!!」
背後から、店主の叫び声が聞こえる。どんどん怒声が近くなっている気がする。
「ヤバいって!払いましょうよ、ちゃんと!」
「アホか!踏み倒せるもんは踏み倒せ!」
「宿題とか、連続で忘れると先生も諦めますもんね〜」
「小学生か!!」
ドゴォン
「……え」
何かがユズの傍を通り抜けた。そこには、斧が刺さって、地面が抉れている。ブリキのようにゆっくりと振り向くと、店主が投擲フォームでもう一本の斧を構えていた。
「弁償も追加だぁ……!」
「それは冤罪だろ!!」
その時、遠くから羽音とホイッスルの音が響いた。先程まで明るかった空が、巨大な鷹のような生き物によって影を落としている。
「ガハハっ!ガキ共ぉ、グリフォン警察が来たぞ!大人しくしろぉ!!」
「グリフォン警察?!やばい、捕まりますって!」
「走れ!逃げ切るんや!」
警察という言葉に弱気になるユズをドルが一喝する。そのまま走り続けていたユズは突然肩を掴まれ、その場から動けなくなった。振り返ると、青い顔をしたこんどーがいた。
「なんですか、こんどーさん?!」
「……もう、捕まってる」
「は?」
こんどーの後ろを見ると、店主がこんどーの肩を掴んでいた。店主の指が、こんどーの肩にくい込んでいる。青筋の浮いた笑顔で斧を担いだままだ。
「逃げられると思ったか?」
「いや……思ってました」
「この、バカタレがァ!!」
店主は斧の背でこんどーを殴りつけた。
ドゴォン
「ぎゃぁぁぁ!!」
鍛冶屋街に、こんどーの悲鳴が響いた。ついでにユズたちも巻き添えに殴られた。
“三十六計逃げるに如かず”という言葉がある。
だが、逃げるタイミングを間違えれば、それは最悪の一手だ。
彼らは、迷いなくそれを選んだ。
――それは、何度も繰り返される。
ユズはログアウトをすると、貰ったIDのスクリーンショットを見ながら、IDをスマホに打ち込んでいく。
近藤 大輔
秋島 結愛
財前 悟
ユズは新しく入った名前を見て、笑う。
「ははっ、現実に居るなんて、変な感じ」
三年も隣にいたのに、今更初めて名前を知った。グループを作り、スタンプを送ると、すぐに返事がきた。
筋肉のスタンプ。
羊のスタンプ。
お札が舞うスタンプ。
ユズはそれを見て、吹き出した。
電気を消して、布団に潜り込む。明日はなんだか、すっきり起きられそうだ。




