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ROAD OF FRONTIER〜ジャンプで罠を踏むバカたちと星空の約束〜  作者: 春野凪
星空の約束

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15/27

一寸先は闇

【6/28 22:35 ひつじ トラップにより死亡】

【6/28 22:38 こんどー 落下により死亡】

【6/28 22:42 ドル 落下により死亡】



「えぇ……。三人とも……?」



ユズが会社で行われる短期の研修から戻り、久々にログインをした。ログイン早々に目に入ったのはフレンド通知枠にある、こんどーたち三人の死亡報告だった。



「……ポコちゃん」



ユズの声が、ギルドに虚しく響いた。

衝撃の後、最初にユズの頭に浮かんだのはポコちゃんのことだった。1/100000000《1億分の1》の確率でしかドロップしない伝説級の武器。これが無ければ、星空の街へは辿り着けない。



――ロード・オブ・フロンティア


このゲームには、デスペナルティが存在する。

一つは、七日間の強制ログアウト。ランキング争いなどのイベント時の死亡は致命的となる。

もう一つが、死亡時のアイテム全ドロップ。ドロップしたアイテムは、死亡地点近くの安全地帯に配置される。

そして、それらのアイテムは、七十二時間のうちに誰にも拾われなければ、



――消滅する。



こんどーたちの死から、すでに二日が経過している。ユズが時計を見ると、時刻は19:31だった。



「あと三時間……」



死亡地点は、所属ギルドの掲示板にある、地図上に表示される。



「涙の谷……」




――涙の谷


飛龍ワイバーンの飛び回る山岳地帯である。

モンスター以外にも、落下死に注意が必要な高難易度ダンジョンだ。


ユズは、ログをもう一度見た。



「なるほど……。メェさんのフロート無しでドルさんだけじゃ、こんどーさんのコントロールは無理だよな」



ユズが苦笑いを浮かべる。だが、すぐに違和感に気が付く。



「いや、それでも三人同時はおかしい……」



ユズたちは、出会ってから三年ほど一緒にいる。

今までも、一人欠けた状態でダンジョンに向かうことはあった。それでも、デスペナルティ対策のために、一人は必ず生き残れるように動いていた。特にドルは、その点に関して抜け目は無い。



「……PvP。最悪だな……」



ユズは眉間に皺を寄せて、小さく息を吐くと、急いで装備を整え、ビーコンを掴んで涙の谷へと向かった。

緩やかな坂道を登っていく。渓谷から清らかな水が流れ、爽やかな風が吹き抜ける。

涙の谷は、一年中花が咲き乱れる絶景名所とされている。飛龍ワイバーンさえいなければ。



「……ここからだな」



二股の道に、警告看板が掲げられていた。


左は絶景スポット。

右は飛龍の巣。


飛龍方面には、Aランク冒険者または三人以上のパーティでの入山が推奨されている。ユズは単独でも、ギリギリAランク冒険者に入るため、飛龍方面への入山が可能であった。



「……普段なら左だな」



ユズは、一瞬だけ絶景の方に視線を向けたが、すぐに逸らした。



「……今回は、関係ない」



ユズは口を結んで、飛龍方面の道へと足を踏み出した。

道のりは徐々に険しくなり、川の音も激しくなる。先程まで咲き乱れていた花は、ほとんど無くなり岩肌が見えている。足元には、えぐれたような跡。岩肌にも、浅い切り傷が見えた。近くに飛龍の巣があるようだ。



――ただ



「静かすぎる……」



傷跡がある場所は、飛龍のテリトリーになっていることが多い。しかし、道中で姿を見ることは一度も無かった。

ユズはビーコンを取り出して、反応を確認する。



「……反応、あるな」



三つの光点が揺れている。ユズは小さな違和感に気がついた。光点の位置がわずかにズレていたのだ。



「……まとまってない」



ユズはゆっくりと、視線を巡らせた。



「……順番に、やられてる?」



一番近くにある反応に向かって、足を進める。川の音が大きくなり、激流に足音がかき消される。



「あ……」



ユズの口から声が漏れる。目の前の道に、杖だけがぽつんと置かれていた。宇宙を模した球体の周りに、星の飾り。何度もひつじが振るうのを見た。そこに落ちているのは、間違いなく星杖 ルミナスだった。

ユズは、思わず駆け寄りそうになったが、違和感を拭えず、足を止めて周囲に視線を巡らせた。



「おかしい。なんで、ポコちゃんだけ……?」



ルミナスの周りには何も落ちていなかった。他の装備も、おマイルも、何も無い。

他の装備が残っているならまだ理解できるが、よりにもよってルミナスだけが回収されていないなんてことは、有り得ない。

ユズは、ゆっくりと足を踏み出す。顔は動かさず、目だけを忙しなく動かしている。右手は剣の柄に置いたままだ。



――見られている。



ルミナスにゆっくりと近付きながら観察する。一瞬、キラリと光る糸がルミナスに繋がっているのが見えた。



「なるほど、罠師か。……一つじゃ、ないだろう」



ユズは思考を巡らす。


他にいくつ罠がある?

どこに罠がある?

どんな罠が仕掛けてある?


――一歩でも踏み違えれば、終わりだ。


ぐるぐると回る思考が判断を鈍らせる。



「くそっ、こんな時にこんどーさんが居れば……!」



『ジャンプすれば越えられる』



ユズは、サムズアップしているこんどーの顔を思い出して、肩を落とす。



「……居た方が大変だったかも」



ユズは気を取り直して、ルミナスを観察する。細い糸がどこに繋がっているかまでは分からない。解決策を探している間に期限は刻々と迫ってくる。その事実が、ユズの心を逸らせる。

迷っても仕方ない。こんどーの受け売りだ。だが、確かにそうだ。一か八かに賭けるしかない。ユズは顔を上げて、一歩踏み出す。とうとうルミナスの前まで辿り着いた。



「ジャンプすれば越えられる……。信じるよ、こんどーさん……」



ユズはわざとルミナスに触れた。その瞬間、重さに反応した糸が張り詰める。



ピンッ



軽い音がして、糸がちぎれた。



「来るッ……!」



ユズは、ルミナスを握りしめると、そのままジャンプをした。ジャンプをした足元を、何かが通過して壁の削れる音が響く。



「――越えた!」



罠を回避したことで、一瞬ユズの気が緩んだ。その直後。カチッっと言う微かな音が、ユズの背後で響いた。




「……っ!」




ユズは反射的に身体を捩った。



――ヒュンッ



ユズの背後から矢が飛んで、頬に赤い線が走る。



ヒュンッヒュヒュンッ



さらに、間髪入れずに他の三箇所から一斉に、複数の矢が飛んでくる。



「ぐッ……!」



一本はユズの左肩に刺さり、一本は甲冑に跳ね返された。他は剣でなんとか切り伏せた。ユズは、転がるようにその場を離れる。攻撃を避ける度に、徐々に険しく細い道へと近づいている。



「……誘導されてるな」



傷のついた頬と左肩に痺れが走る。徐々に痺れが広がり、感覚を失っていくのが分かる。



「……チッ、毒矢か」



ユズは、念の為に持って来ていた状態異常回復用のポーションを即座に頭から被る。傷が癒え、痺れが引く。左手で強く拳を作って感覚を確かめるが、問題はなさそうだ。

ユズの髪から、ポタポタと雫が垂れる。痺れは引いても、HPは削れたままだ。


風が、わずかに揺れた。


ユズは手の中にある、ルミナスを見る。魔法を使えばHPは削られるが、回復させる対象が自分であれば、今隠れている敵からHPを奪えるかもしれない。そう考え、ユズはルミナスを振った。しかし、何も起きない。



「……なんだ?」



ステータス画面を開き、ルミナスの詳細を見る。



【星杖 ルミナス : MP150以上で使用可能】



「150?!メェさん、何者だよ……」



ユズは一瞬言葉を失う。ユズのMPは68と平均よりやや高い程度だ。150ともなると平均の倍以上ある、途方もない。

風が、また揺れる。風と共に何者かの気配を近くに感じる。ユズはすぐにルミナスを仕舞い、深く息を吐く。



「……見てるなら、出てこいよ」



返事はない。ユズは一歩踏み出し、あえて足音を立てる。



「……ポコちゃんを囮にしてるくらいだ、目的があるんだろ?来るなら来いよ」



ユズがそう言った瞬間、背後から一瞬だけ気配がした。ぞわりとする、人間の殺意だ。

ユズは振り向かない。代わりに、一歩だけ踏み込む。右手は柄にかけたまま、ピタリと止まる。足元には、わずかに削れた岩。激流がユズの耳を眩ませる。それでも、目を閉じて、耳を澄ました。



「……そこか」



ユズは剣を抜き、振り向きざまに、振り上げる。



ギンッ



刃が何かを弾いた。

目の前には、黒いフードを被った人物が、双剣を携えていた。そのフードには、星のマークが描かれていた。



「……」



お互いに無言のまま、ユズは距離をとる。ユズが足を引いたと同時に、カチッと地面が鳴った。



「まだあるのか……!」



ユズは咄嗟に横に跳ぶ。間一髪、足元を刃が掠めていった。

黒フードの人物はじわりじわりと後退している。

ユズは転がるように着地すると、すぐに体勢を立て直し、敵に向かって踏み込んだ。



「逃がすか!」



相手は後退し、足場の端へ。背後は崖だ。誘い込まれている。



「対人戦は、嫌いなんだよ……!」



ユズの顔が苦しげに歪み、額には汗が滲む。

ユズはルミナスを取り出すと、一瞬だけ躊躇ためらうようにルミナスを見つめた。



「……頼むぞ」



息を深く吸い込み、ルミナスを地面に向かって大きく振り上げた。



「ポコちゃん!!」



ポコッ



軽い音だった。手応えは、ほとんどない。


だが。


地面に亀裂が走り、ボコボコと脈打つ。ユズの居る場所から先、敵の足場がガラガラと崩れていく。相手は、慌てたように袖に仕込んでいたアンカーを、壁に向かって伸ばした。



「させるか!」



キンッ



ユズはアンカーに切りかかるが、合金製のアンカーに弾かれる。



「くそ……!」



しかし、今の攻撃がアンカーの軌道を変えた。

ガラガラと崩れゆく足場に、相手の身体が空へと傾く。フードの人物は、為す術なくそのまま落ちていった。川に、岩の落ちる音が響いた。

ユズは、その場に立ち尽くした。キルログは出ていない。崖の下はまだ、あいつが居そうで見る気になれない。



――相手が落ちていく時、確かに空に向かって指をさしていたから。



ユズはしばらく構え続けていたが、なんの気配もしないことを感じてゆっくりと剣を下ろした。張り詰めていた空気が弛緩し、詰まっていた息を吐く。

視線を落とすと、地形が歪み、抉れた地面が見える。



「……メェさん、やっぱバケモンだな」



ルミナスは無事に回収できた。残るはこんどーとドルの武器だ。

ビーコンを確認すると、二つとも近い。だが、反応が弱くなっている。消滅まで、あと一時間を切っていた。



「……間に合うか」



ユズはビーコンを頼りに、走り出した。山を登り、簡素な作りでぐらつく橋を渡る。時折現れるようになった飛龍から隠れたりと、まっすぐ目的地には向かえなかった。

やっと反応地点に辿り着くと、岩陰に崩れた装備の山を見つけた。



「……あった!」



こんどーのグローブとドルの弓。他にも魔法アイテムが数個落ちていた。

しかし、そこにはこんどーの斧がなかった。



「斧が、ない……」



ユズはもう一度、ビーコンを見る。反応は途切れかけているが、まだ残っている。



「……くそっ」



ユズは駆ける。崖を越え、岩を蹴る。だが、辿り着いたその場所には、何も無かった。



「……」



ユズは足を止めた。ビーコンの、光は消えている。荒い息だけがその場に響いた。



「……間に、合わなかったか」



ユズは、出会った当初から変わっていない、こんどーの斧を思い、ゆっくりと目を閉じた。こんどーの手によく馴染んだそれは、二度と戻ってこない。まるで、三年間の思いが消えてしまったように感じた。


ユズの周りを、風だけが吹き抜ける。しばらくして、ユズが目を開けた。



「……帰るか」



背を向けて、ゆっくりと来た道を歩く。アイテムボックスにあるはずの、回収した装備が重い。



“全部じゃない”



その事実だけが、残った。



「……次は、落とさない」




“一寸先は闇”という言葉がある。


一歩。


一瞬。


その判断で、世界は変わる。

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