衣食足りて礼節を知る
ある日、ユズとドルが、ギルドの扉を開くと、エプロンを着けたこんどーがキッチンで立っていた。
「こ、こんどーさん?」
「なんだ」
「……なんや、料理でもしてんのか」
「そうだ」
こんどーの返答に、ユズとドルが目を丸くさせる。二人は、信じられないものを見るような目でこんどーを見た。
「嘘でしょう……」
「変なもん作んなよ」
「お前ら失礼だな」
三人で話していると、ひつじが元気よく扉を開けてギルドへと入ってきた。
「こんばんわ〜。なにしてるんですか〜?」
「あ、メェさん。こんばんは」
「ゴリが料理するんやて」
「え〜、材料は何ですか?ゴリラ?」
「メェさんって実は俺のこと嫌いだよな」
コンロの上には、グツグツと煮立つ鍋がある。そこに、こんどーがスパイスを加えていく。
「チリパウダー、クミン、コリアンダー、ガラムマサラ……」
スパイスを加える度に、スパイス特有の香りが部屋に広がる。それは少しずつ、覚えのある香りへと変化していった。
「……カレー、ですか?」
「いい匂いです〜」
くんくんと鼻を動かすユズたちに、こんどーは振り返ってお玉を上げる。
「味見するか?」
「結構です」
「大丈夫です〜」
「要らん」
全員が即答する。こんどーが眉を寄せて、不満気な顔になる。
「なんでだよ」
「死ぬ気しかしません〜」
「死なねーよ。お前ら揃いも揃って失礼だな」
再び鍋に向かったこんどーに、ユズが問いかける。
「なんで急に料理を?」
「わざわざ、ここで作る必要ないやろ」
「なんだ、知らねーのか?」
「何がですか?」
首を傾げるユズたちに、こんどーは鍋をかき混ぜながら答えた。
「ロブフロでは、料理を食えばステータスが上がる」
こんどーが鍋をかき混ぜる度に、スパイスの香りが鼻腔をくすぐる。ほんの少し、ユズのお腹の虫が鳴った。
「……ほんとですか?知らなかったです」
「ポーションより効くことがある」
「それは盛りすぎやろ」
「らしい」
「やっぱり盛っとるやんけ」
こんどーが火を止めて、炊飯器の方に向かう。炊飯器を開けると、ふわりと湯気が舞った。そこには、白く粒だった米が綺麗に並んでいた。
「炊飯器、いつの間に買ったんですか?」
「経費だ」
「お前、ふざけんな。俺許してへんぞ」
「経費だ」
「会話しろや!」
米をよそった皿にカレーをかける。ドロリとルーが流れ落ちた。湯気が立ち上がり、スパイスの香りが、さっきよりも濃く広がる。
「食え」
こんどーは三人に向かって、皿をズイっと差し出した。
「いやや」
「遠慮します」
「食えよ」
「要らん」
「だから、なんでだよ」
ユズとドルが、両手を前に突き出して手を振りながら拒否をする。その隣で、ひつじが右手を挙げて一歩前へ出た。控えめなお腹の音が聞こえる。
「私食べてみたいです〜」
「やめとけ、メェさん!」
「毒やぞ、それ!」
「状態異常は治せますから〜」
「お前らホントに失礼だよな」
汗を流しながらひつじを止める二人。こんどーは、ひつじに皿を渡しながら青筋をたてている。
ひつじが皿を受け取り、スプーンをいれるとルーがドロリと垂れる。具材は大きめに切られており、スプーンで割りながら掬う。
ごくり
ユズとドルの固唾を飲む音が、ギルドに響いた。ひつじがスプーンを口へ運ぶ。口に含んだ瞬間、動きが止まった。
「……」
「大丈夫ですか?!痺れてるんですか?!」
「やっぱ毒なんか?!」
「お前らなぁ……」
こんどーは、ユズとドルを見て青筋をたてながら拳を握る。その隣では、ひつじが手を頬にあて目を輝かせていた。
「……おいしいです〜!」
「は?」
「えぇ?」
「フンッ、そりゃそうだろう」
こんどーは誇らしげに鼻を鳴らす。その隣でひつじは、カレーを食べ続けた。
「辛味がちょうどよくて最高です〜!」
「……変わったとことか、ないんか?」
「ステータス、どうなってます?」
ユズのその言葉に、ひつじがステータス画面を確認する。
「え〜?……あっ、素早さとHPがちょっと上がってます〜!」
「マジか……」
ユズとドルが顔を見合わす。ひつじの食べる様子を再度見て、意を決したようにこんどーに向き直る。二人は両手を差し出した。
「こんどーさん」
「俺らにもちょーだい」
「お前らなぁ……。ほらよ」
呆れた様子のこんどーだが、二人分の皿を出してカレーをよそう。二人は皿を受け取ると、ドロリとしたカレーと米を少量ずつスプーンに乗せて、恐る恐る口へと運んだ。
「……うまい」
「……ホントに美味しいです」
「フンッ」
美味しいと言う二人の言葉に、こんどーの口元が緩んだ。こんどーは自分の分をよそってから席に着いた。
「意外な才能やな……」
「まぁ、親の代わりに作ってたからな」
「へぇ、それでこんなに美味しいなんて、親御さんも喜んでくれるでしょうね!」
「……まぁな」
一瞬、こんどーの目が伏せられた。しかし、誰もそのことに気付くことなく、四人は向かい合いながら、黙々とカレーを食べ進めていた。
ほどよい辛味とスパイス特有の味が口いっぱいに広がる。身体を火照り、じわりと汗が吹き出る。辛さのせいだろうか、少しだけ舌がピリリと痺れる。
ひつじがお肉を掬いあげて首を傾げた。
「これ、何カレーなんですか〜?」
「確かに、食べたことない感じですよね」
「やっぱスパイスから作ったら違うんか?」
「これか?」
こんどーはスプーンを持ち上げると、なんてこと無いように言った。
「ダンジョンカレーだ」
一瞬、ギルド内に沈黙が落ちた。
「……え?」
「ダンジョン……」
「カレー……?」
三人の手が止まる。ユズは手元のスプーンに視線を落とした。
「じゃあこの、肉は……」
ユズの声が震えている。こんどーは、気にせず普通に答えた。
「キングスライムだな」
「……は?」
「もしくは、親方コウモリ、リザードマン」
「……」
「あと、マンドラゴラ」
「ちょっと待て」
羅列されるモンスターの名前に、ユズとドルが愕然とする。二人は、慌ててスプーンを置くと、こんどーの顔を見た。
「お前、どれがどれや?!」
その言葉に、こんどーが肉を掬って見るが、首を傾げる。
「……分からん」
「何してくれとんねん?!」
「なんだ、食えただろ」
「くえっ……!食えたけども……!」
こんどーの言葉に、ドルがカレーを見つめる。ルーの油が、光に反射してキラキラと光っている。
「……もう一口、いくか?」
「やめとけ!!」
「……いや、でも……、美味いねん……」
「負けんな!」
カレーの誘惑に負けそうなドルを、ユズが必死に止める。ユズもカレーを見た。ルーの中にはゴロゴロとした大きめの具材がたくさん入っている。
肉はダンジョン産だとして、この野菜たちは……?
さらにユズがこんどーに問う。
「あの、この、野菜たちは……」
「マンドラゴラ、魔女の百合根、ドクダクス」
「お前ぇぇぇ!」
「ドクダクスは毒じゃねーか!」
こんどーの向かいに座っていたドルが、こんどーの胸ぐらを掴んで前後に大きく揺さぶる。しかし、こんどーは何処吹く風だ。
「毒抜きはした。……多分」
「多分ってなんや?!通りで舌がピリピリすると思ったわ!!」
「素人!アンタは素人!!」
「プロのダンジョン調理師はいねぇ」
「なんや、プロのダンジョン調理師って?!俺らを実験に使うな!」
「味は保証する」
「せやねん、美味いねん!腹立つなぁ!!」
ドルはこんどーをつき離すと、勢いよく席に座り直す。そして、再びスプーンを持って、カレーを食べ始めた。
「結局食うのか」
「……美味いんや」
「おいしいです〜」
「やめろって!!」
ドルがカレーを口に含む。味わうように、一口一口を噛み締めて食べていた。
味は悪くないどころか、今まで食べたどのカレーより美味しい。悔しいが、こんどーの料理の才能は本物だろう。ダンジョンカレーと言うだけあって、肉や野菜は違うが、おそらく現実でもこのレベルのカレーが作れるのだろう。
――スライムにコウモリ、トカゲなぁ。
そう考えた瞬間、ドルに稲妻が走り、スプーンを落とした。
「大丈夫ですか?!発作ですか?!」
「……もしかしてコレ、食材費0?」
ドルは目を見開いたまま、しかし嬉しそうに口元は弧を描いている。
「ホント馬鹿だな、アンタは!!」
「ダンジョンボスだからな。買ったのは米とスパイスだけだな」
「売れる……、売れるでコレは」
ブツブツと商品化への道のりを計算し始めるドル。そんなドルを見て、こんどーが肩をすくめる。
「すげぇ手のひら返しだな」
「美味かったら売れる!金が正義じゃ!」
「もうコイツ違法だろ!」
ユズは、目をギラギラと光らせながら計算を続けるドルを見てため息を吐く。
「ちなみに、普通のカレーじゃステータスは上がらないんですか?」
「いや、上がるだろ」
あっけらかんと言うこんどーに、ユズは項垂れる。
「……なんか僕、戻れない気がする」
「戻らんでもええ、稼ぐでぇ〜!」
「なんか、大事なものが減っていく気がする……!」
“衣食足りて礼節を知る”という言葉がある。
彼らは、ステータスと引替えに、大事なものを無くした。
――ただ、味は良かった。
こんどーがカレーを食べ終わると、隣の席のユズを見た。
「なんだ、お前も完食したのか」
「うっ……」
ユズの皿の中身は、綺麗に無くなっていた。
「……勿体ないですからね」
「美味かっただろ」
得意げな顔をするこんどーを見て、ユズはため息を吐く。
「……今度は普通のカレーで作ってくださいね」
「善処する」
「それ、しないやつでしょう」
ユズは笑いながら、ステータスを確認する。そして、画面を開いたまま固まった。
「どないしたん?」
「……これ、HP削れてません?」
ドルも自分のステータスを開く。そこには、削れたHPがあった。そして、普段は赤色のHPバーが今は紫色へと変色していた。それは、遅効性毒状態の証だった。
「……お前ぇぇぇぇ!!」
「なんだ、美味かっただろ!!」
「それとこれとは別や!」
「副作用込みで、バフだろうが!」
「なんっやねん!コイツ!!」
言い争う二人の横で、ユズはいつの間にか床に蹲っていたひつじを見つけた。ユズは自分の未来を悟ったのだった。




