捨てる神あれば拾う神あり
「秋島さんって可愛いよな」
「うちのクラスで一番かわいいんじゃね?」
「でも、絶対自分のこと可愛いって思ってるタイプだよな」
「わかる」
私は知っている。私が可愛いことなんて。
仕方ないじゃん。「可愛いだけが取り柄ね」って、そう言われて育ったんだもん。
「マジ、結愛って調子乗ってるよね」
「それね。何あの喋り方。超ぶりっこじゃんね」
「騙される男子馬鹿すぎ」
私は知っている。女子受けが滅法悪いことを。
仕方ないじゃん。この喋り方は小さい頃からの癖なんだもん。
「秋島さん、仕事できないよね」
「でも、あの顔と愛嬌でしょう?子供とか保護者からは人気なのよねー」
「天然も行き過ぎると腹立つのよね」
私は知っている。職場でも見下されていることを。
仕方ないじゃん。一生懸命やっても、認めてもらえないんだもん。
「また、スマホ鳴ってるよ?」
「どうせ結愛だろ?無視でいいよ」
「酷くない?好きじゃないのー?」
「別に。まぁ、顔は可愛いし馬鹿だから金も落とすし嫌いじゃないけど」
私は知っている。依存先ですら、私を大切にしてはくれないことを。
仕方ないじゃん。止めてくれる親も友達も、誰もいないんだもん。
バカでアホで、ポンコツで。まるで世界から取り残されたように思う日がある。
――それでも、私は今日も、お腹の底から笑ってる。
──────────────────
いつものギルドではユズとこんどー、ドルが机を囲んで話をしていた。
「おい、ゴリ」
「なんだ」
こんどーを呼ぶドルの額には青筋が浮かんでいた。
「なんっかい、言わすねん!素材と武器のボックスは分けろ言うたやろ!」
「細かいんだよ」
「細かないわ!」
「そうですよ、こんどーさん。ちゃんと仕分けて下さい」
「悪い」
「俺にも謝らんかいっ!」
悪びれた様子のないこんどーに、ガルガルと怒るドル。ユズがそれをなだめていると、ギルドの扉が開き、ひつじが入ってきた。
「こんばんわ〜」
「メェさん、こんばんは」
「ちす」
「メェちゃん、こんばんは」
ひつじは、軽い挨拶を交わしてから席に着く。こんどーを睨みつけるドルを見て、ひつじは首を傾げた。
「なにしてるんですか〜?」
「大乱闘」
「俺とお前のな!」
ドルがこんどー目掛けて拳を振るうが、その拳をこんどーが止める。そのまま掴み合いの喧嘩を始めた。その横で、ユズはため息をつき、ひつじは相変わらずニコニコとその様子を見ている。
二人の喧嘩が一段落すると、ユズが一つ咳をして仕切り直す。
「そういえば、草原エリアの改修済んだみたいですよ」
「やっとか、長かったな」
「それだけ大規模だったんですよ……」
「脳筋のせいでな」
ひつじは、その話を聞いて目を輝かせた。
「草原エリア、新しくなったなら行ってみたいです〜!」
「いいですね、新しいモンスターも湧くみたいですよ」
「金になる?」
「知りません」
「なんか俺に冷たない?」
四人は装備を整え、草原エリアへと向かった。ギルドから、草原エリアまではそう遠くない。ゆっくりと歩いて向かう。
「ゴリさん、もう壊しちゃダメですからね〜」
「改修済みなら、二度目は耐えられるはずだ」
「馬鹿なのか?!ダメですからね?!」
「反省せぇ!」
爽やかな風が吹き抜け、草木の香りが鼻腔をくすぐる。
草原エリアは、初心者向けクエストが多いため、常に人で溢れている場所だ。今日は、改修後間もないということもあり、初心者以外のパーティも大勢集まっていた。ユズたちの居る、メインエリアの主要な狩場は他のパーティで埋め尽くされていた。
「多いな」
「仕方ないですね、他の狩場行きましょうか」
「そうしましょ〜」
草原エリアはエリア自体が広大であるため、メインエリア以外にも狩場は多く存在する。そのため、狩場の奪い合いが起きることは滅多にない。
四人は、メインエリアから人通りの少ない方角へと歩いていく。喧騒から遠ざかり、他のパーティの声が聞こえなくなってきた頃、ユズたちは草の生い茂る狩場に辿り着いた。
ガサガサと草むらが揺れ、ユズたちは、すぐに臨戦態勢へと移る。
「さっそく来たで」
「新モンスターならいいですね」
「楽しみです〜」
草むらから、小さな影が飛び出してきた。そこには、丁度幼稚園児くらいの身長の、ピンク色のゴブリンが一体だけ立っていた。
「かわいい〜!」
「可愛いか、アレ?」
「可愛くはないだろ」
「なんか、ちょっとグロない?初めてピンクイルカ見た時みたいな……」
男性陣からの評価は悪いが、ひつじの目は輝いたままだ。ひつじは、ゴブリンと目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「女の子ですかね〜?」
「どっちでもええ」
「可愛くない」
態度の悪い男性陣に、ひつじが頬を膨らませながら怒った。
「もぉ〜、なんでそんなこと言うんですか!女の子の子どもみたいで可愛いです〜!」
「正気か?」
「ほら、メェさん保育士さんだから……」
「やったとしたらコイツの目には、子供がこんな風に見えとるんか?」
その時、ゴブリンが突然、近くにいたひつじに向かってこん棒を振り下ろした。
こんどーは、しゃがみこんでいるひつじの襟を引っ張り攻撃を避けた。こん棒が振り下ろされた所には、土が跳ね返って小さな溝を作っていた。
【グルルルル】
ヨダレを垂らしたゴブリンが、唸り声と共に再度襲いかかってくる。四人が避ける度、イラついたゴブリンの目が徐々に血走っていくのが分かる。
ひつじは少しだけ眉を釣り上げると、腰に手を当てながらゴブリンへと話しかける。
「こら〜!危ないから振り回しちゃ、めっ!ですよ〜」
「あかんて、無理やて、子どもちゃうて」
ひつじの説得も虚しく、再びゴブリンがこん棒を振るった。ブォンッという音とともに、ひつじの目の前をこん棒が通り過ぎる。
それを見たひつじが、ぎゅっと杖に力を込める。
「こら〜!悪い子にはお仕置です!ポコちゃん!」
ひつじがそう言うと、ルミナスをゴブリンへと勢い良く振り下ろした。
ポコッ
【グギャア?!】
ピンクのゴブリンは戸惑ったような悲鳴を上げながら、光の粒子となってその場から消えた。ユズたちの目も点になり、一瞬の沈黙が落ちる。
「……園長を呼べぇ!!」
「教育方針どうなってんだ」
「虐待反対です!」
「もうっ!現実ではしないですよ〜!」
ぷっくりと頬を膨らませながら、ひつじが怒る。
四人が話していると、周りの草むらがガサガサと揺れ始め、そこから緑色のゴブリンが群れとなって姿を現した。
先程のピンク色のゴブリンの悲鳴を聞いて、他のゴブリンが集まってきたのだ。
「スタンダード色が増えたで」
「ランクは低いが数が多いのが厄介だ」
「逃げますか?」
「ゴブリンは金にならんからなぁ」
「ちょっと待ってくださ〜い」
逃げる準備する三人を、ひつじが引き止める。三人がひつじの方に目線をやると、ルミナスを高く振り上げているひつじが居た。
「この前、攻撃魔法覚えたんですよ〜!」
「三年目にして初の攻撃魔法か」
「ポコちゃん専用らしいです〜。試してもいいですか?」
「いいですけど、ポコちゃん専用……?大丈夫なんですか?」
ユズの不安を尻目に、ひつじが大きく一歩前へ出る。息を深く吸いこみ、高く上げた杖をくるりと円を描くように回しながら振り下ろした。
「【ルミナス・オブ・メテオ】」
ひつじが呪文を唱えたその瞬間、上空に巨大な魔法陣が浮かび上がる。巨大な魔法陣から、巨大な隕石がズズズッとゆっくりと這い出してきているのが見える。
草原の空が、鮮やかな青から赤黒く色を変える。
「……!」
「……!」
「……!」
三人は驚きのあまり声が出ない。顎が外れそうになるほど、口を大きく開いている。
ひつじは初めての攻撃魔法のお披露目に、ぴょんぴょんと楽しそうに跳ねている。
「わぁ〜、おっきい隕石!」
「アホかー!」
正気を取り戻したドルがツッコミを入れる。
「待て待て待て!終わる!あれは終わる!」
「あれ、絶対フレンドリーファイアあるやろ?!」
「死ぬぅ!!」
「えぇ〜?!」
青い顔で冷や汗を流す三人。魔法陣からは今もなお、巨大な隕石が這い出てきている。
騒ぐ三人に、やっと理解が追いついたひつじが慌てだす。
「あばばばばば」
「お前は落ち着け、元凶!」
「今になってヤバさ認識すんな!今すぐ止めてください!」
「止め方わかりませ〜ん!」
「ほんまにポンコツ!!」
そうしている間に、隕石は魔法陣を抜けて、その巨大な全貌を現した。姿を見せたその瞬間、重力によって勢いよく落下し始めた。
それを見た四人の判断は早く、身を寄せ合いながら回避体勢をとる。
「【エアリアル】!」
四人は輪になって手を繋ぎ、ドルが呪文を唱えると、天高く真上へと跳び上がった。
「メェちゃん、フロートや!」
「ユズ、守れ!」
「【フロート】!」
「【プロテクト】!」
呪文を唱え終わると同時に、跳躍していた四人の身体がふわりと天空で止まった。
熱風が上空にいるユズたちの元まで届く。ユズの保護スキルが無ければユズたち四人は炭化させられていただろう。
ドォォォン!!
激しい衝撃音が辺り一帯に響き渡り、爆風が吹き抜けた。
フロートで浮いていた四人が下を見下ると、草原エリアの2/3が焼け野原になっていた。隕石が落ちたところは陥没し、溶岩が湧き出ていた。
「死ぬかと思った死ぬかと思った死ぬかと思った……」
「隕石で死ぬ瞬間の気持ちが分かったぜ……」
「良かった〜、無事です〜」
「アホか!一瞬でもエアリアルとプロテクトが遅かったら死んどったわ!」
「あ〜ん、ごめんなさ〜い!」
四人は、安全な場所にゆっくりと降りる。パチパチと何かが焼ける音がして、辺り一帯が熱を帯びている。
周りを見てみると、他のパーティが遠くからこちらに集まってきているのが見える。
「な、なんだ?!あっつ!溶岩見えてんぞ?!」
「草原エリア、だったよな?新要素か……?」
「いや、隕石落ちる前、魔法陣見えてたぞ?」
「だとしたら、範囲どうなってんだよ」
「余波でギャングウルフ消し飛んでた……。他のパーティも消し飛んでた……」
時間が経つにつれ、どんどん人が集まってくる。爆心地にいるユズたちは、冷や汗を流す。
「地殻変動おこしてますからね、さすがにマズイですよ……」
「もしかして、罰金とかあるか?」
「それはヤバい!絶対いやや!」
「早くギルドに戻りますよ!」
三人が駆けだすと、ひつじも一瞬遅れて走り出した。こんどーが、チラリとひつじのことを見た。
「制御も覚えねーとな」
「ごめんなさ〜い」
こんどーの言葉に、ひつじは顔を伏せる。努めて声は明るく、いつも通りに振舞っているが、目の端には涙が溜まっている。
――また、やり過ぎた。
一生懸命なにかをやればカラ回る。迷惑をかけたいわけじゃない。四人でいるのは楽しい。ただ、役に立ちたい。
魔法を使ったことによって、削れたHPが傷んだような気がした。ひつじは、ギュッと杖を握りながら俯いて走り続ける。
「……まぁでも、いいじゃないですか」
「……え?」
ひつじは、前を走るユズの言葉に目を丸くして顔を上げた。
「そうだな」
「死んでへんしな」
ひつじが、三人の方を見やる。三人はずっと前を向いていて、ほとんど顔は見えない。
でも、そこに嘘はない。
それは、後ろから少しだけ見えたみんなの口元が、笑っていたから。ひつじは一瞬、顔を伏せた。風に雫が舞う。
「……ありがとう」
ポツリと呟いた言葉は、風に吹かれて誰にも聞こえることはなかった。
“捨てる神あれば拾う神あり”という言葉がある。
捨てられる側の彼女は、この言葉が嫌いだった。
――それでも。
彼女は笑っていた。
ここが、居場所なのかもしれない。
……そう、思えた。
ギルドへと向かう途中、こんどーが思い出したように口を開いた。
「……そう言えば、あのピンクのゴブリン」
「なんや?」
「レア個体。生け捕りで30万だったみたいだな」
「……」
「気絶した?!」
「宝くじ先輩、しっかり〜!!」
ほらやっぱり、今日も心から笑える。




