違和感
ようやく仕事を終えたリンは、いつもの帰り道を歩く。
店主には、散々小言を言われたが、減給されなかったのはあの客のおかげかもしれない。
帰る時間は、いつもと同じ日の出の直後。
リュックの中身も、いつものようにキッチンから拝借してきた少しばかりの食料だ。
ただ、今日だけは片手に新聞紙を持っていた。客が置いていったものだ。
リンは、道すがら解放軍の記事が載った一枚を広げる。字が読めないので、そこに載っている写真を眺める程度だ。
写真は全部で六枚。
写真の写りはまちまちで、ほとんど顔が分からない写真もあったが、おそらく男四人、女二人といった感じだろう。
(同い年くらいの奴もいるんだな……)
リンは自分と同い年くらいの女性の写真を見つけて、人知れずため息をついた。
ほんの少し卑屈な感情がちらついたためだ。
気を取り直すかのように軽い深呼吸をしたあと、広げていた新聞紙を丸めて歩くペースを速める。
きっとあの少女は、今日も寒い中部屋の前で待っているに違いない。
その少女のことを思い出し、先ほどとは違ったため息を漏らす。
(そろそろ、あいつのことも何とかしないと)
酒場の店主にでも頼んで、一緒に働かせて貰おうか。
そんなことを考えながら、使い慣れた道を進んでいく。
だが、貧民街まであと少しといったところで、妙な胸騒ぎを感じた。
最初は気のせいだとも思ったが、進むにつれてその不気味な感覚は膨らんでいく。
いつもの道。
いつもの時間。
いつもの景色。
だからこそ分かる。
いつもとは違う空気が。
何かがおかしい。
リンは、強烈な違和感を感じて、貧民街に入るいつもの小道の前で立ち止まった。
(静かすぎる……)
早朝だから、まだ静けさがあるだけとも言えるが、小道を入って暫く進んだところで、そうではないことに気づいた。
(血の臭いと……あとはなんだ?)
どこかで嗅ぎ覚えのある臭いだが、思い出せない。
リンは小走りで、自分の部屋のある建物へと向かっていく。
道中、一人も見かけなかった。
今までにこんなことは一度もなかった。
何か良くないことが起こっているのは間違いない。
目的の建物に着くやいなや、すぐさま二階へと駆け上がった。
あの階段を上りきって、左へ曲がれば、あの少女が待っているはずだ。
「くそっ!」
誰もいないことを確認すると、リンは一人声をあげた。
「いったいどうなってるんだ!」
しかし、言葉とは裏腹にリンには少し心当たりがあった。
だが、まだそうと決まった訳ではない。
頭が無意識にその可能性を否定したがっている。
リンは一度深呼吸を挟み、次にとるべき行動を考える。
あの少女を探すべきか……
探すにしても、今何が起こっているのかの状況把握が先か……
もしくは、このまま貧民街から出て、この街からも……
(もし俺の予想が正しいのなら……)
最善策は、早急にこの街から立ち去ることだ。
だけど、何かがそれを否定する。
誰かがそれを引き止める。
その正体なら分かっている。
この六年間、ずっとつきまとってきたものだ。
(結局、俺は……)
昔の自分を、あの時の自分を捨てたくないのだ。
少し冷静になり、もう一度考える。
優先順位としては、状況把握が先だ。
リンは、自室へと入る。
玄関には、見覚えのない血の足跡がいくつかあった。
だが、部屋を荒らされた形跡はない。ただ、中を確認しただけのようだ。
「この部屋には盗むほどのものはないってか」
苦笑しながら、冗談をつぶやくが、予想通りだ。
単なる盗人ではないのだろう。
リンは、少し跳んで天井に張り付けてあった包みをとる。こつこつ貯めた泣けなしの貯金だ。それをリュックに詰めて準備は完了。
(よし、次は……)




