手配書
この時間帯にもなると、酒場の仕事は佳境に入ってくる。
客も酒が回り、出来上がってくる頃だ。
「おい、ぼさっとしてねぇでちゃっちゃと酒運べ!」
店主の言葉に、リンは内心で「ふざけるな」と思いながらも気のいい返事を返しておく。
(俺のどこを見て、ぼさっとしてるように見えたんだ)
今も店内を忙しなく動き回りながら、不満をため息とともに吐き出した。
それなりの広さのある店内の席は、全て埋まっており、客の合間を縫って移動するのがやっとといったところだ。
にもかかわらず、この店の従業員は店主とリンの二人だけ。
けちな店主が、できる限りの人件費を削った結果だ。どうしてこんな安酒しかないような酒場に人が集まるのか理解できないが、おそらく安い分たくさん飲めるからだろう。
店主曰く、質より量が重要らしい。少し前にせっせと酒に水を混ぜながら教えてくれたことを思い出す。
「なぁ、聞いたかよ?あの話」
「んぁ?あぁ、解放軍の話だろ?貴族を襲ったとかいう」
「まったく、物騒な世の中になったもんだな」
「まぁ、俺たちには縁のない話だけどな」
先ほどから何人もの客が同じような内容の会話をしていた。
奴隷解放軍の話だ。
六年ほど前から大幅に勢力を拡大させ、文字通り奴隷達の解放を目的とした集団だったはずだ。
リンにもそれくらいの知識はあった。
しかし、逆に言ってしまえば、それだけのことしか知らない。
字の読めないリンにとって酒場の客が話す内容は貴重な情報源だ。
だが、それにも限界がある。
「なぁ、解放軍がまた何かやったのか?」
リンは、そこら辺の陽気そうな客に酒を運ぶついでに直接聞いてみることにした。
「んあ?酒場のガキじゃねぇか。なんだ知らねぇのか?」
「字が読めないんだ」
リンはその客の男が手に持っている新聞紙を指さして言う。
「まぁ、俺様も字は読めないが、街中その話で持ちきりだぜ。だから嫌でも耳にも入ってくるんだよ」
「で、何があったんだ?解放軍が問題を起こすのなんて、そんなに珍しい話でもないだろ?」
「いやいや、それが今までとは訳が違うんだよ。そこら辺の奴隷商会を襲ってるだけならまだしも、今回は貴族様を襲ってしまったらしい。それも、吸血鬼の大貴族だって話だ」
「吸血鬼?王族とか?」
「いやいやいや。さすがに王族様じゃねぇよ。俺もそこまで詳しくは知らないんだが、この街からすぐの所に住んでる貴族様らしいぜ。確かなんて言ったか……キュ、キョ、キョリアール……」
「キュリエール国だ」
「そうそうそれだ!」
隣で黙々と酒を飲んでいた強面の客が、見かねて口を挟んできた。
「キュリエール国は、かのフェリトナ・オーロード様の領土だそうだ。さすがに今回の件は、黙っておかないんじゃないか」
その男の言葉にリンは無意識に顔をしかめる。
フェリトナの領土がすぐ近くにあるなんてまったく知らなかった。
「あいつ……じゃなくて、そのフェリトナとかいう王族はよくその国に来るのか?」
「ん?さぁな。よっぽどのことがない限り来ないだろ。普通は、その領土の貴族がフェリトナ様の元まで足を運ぶもんだしな」
「そうか……」
リンは少しだけ安堵する。
さすがに、フェリトナが六年経った今でも自分のことを探しているとは思えない。
それどころか、覚えていない可能性だってある。
しかし、そうだとしても、今だに気にしてしまうのは、あの日の恐怖が染みついている証拠だろう。
「ただ、今回は解放軍がやらかしたせいで、もしかしたら近くまで来るかもな……って、なんだ?お前もしかして、会いたいのか?何でもすげぇ別嬪って話だしな」
なにを勘違いしたのか、強面の男はにやにやしながら、見当違いな視線を送ってきた。
(むしろ、会うのは二度とごめんなんだけどな)
「結局その新聞には何て書いてあるんだ?」
先ほどから、字も読めないにもかかわらず、新聞を片手に持っている男の方に再び質問を投げかけた。
「あぁ、内容はさっきの話とそんなに変わんねぇんだがな、重要なのはこの写真なんだよ」
そう言って、その男は一面の写真を広げてこちらに見せてきた。
「今回の件で解放軍の幹部の懸賞金がぐっと跳ね上がったんだ。そんで、騒動が起きたのもすぐ近くの国だろ?一稼ぎできるんじゃないかってことで、肌身離さず持ってるってわけよ」
つまり、この男は自分で解放軍の幹部を捕まえて、懸賞金を貰おうと考えているわけか……。
(馬鹿なのか……)
奴隷解放軍と言えば、多くの国が手を焼いている戦闘集団だ。
噂では、ほとんどが元奴隷で構成されており、珍しい種族も多いため、対処のしようがないのだとか。おまけに明確な規模も不明らしい。
そして、その幹部ともなれば、一人の人間にどうこうできる相手じゃないことは容易に想像がつく。
隣を見れば、強面の客の方も呆れた視線を送っている所だった。
「それにしても、その写真よくできたもんだよな。エルフは兵器ばかり作っていると思っていたが、結構便利なものも作るじゃねぇか」
呆れるのもそこそこに、強面の客は話題を変え始める。
「確かに!俺様の一押しはこの娘だな。ぼやけててはっきりとは見えねぇが、幹部の中では一番若いはずだ。名前は、書いてあるが読めねぇな……あんた読めたりしねぇか?」
「あん?どれだ?」
強面の男の方は、どうやら字が読めるらしい。だが、あまり慣れていないのか、やけに読むのが遅い。
「……ナ……リ…………」
「おらぁ!リン!さぼってんじゃねぇ!」
「……やばい」
リンは、少し話しすぎたと後悔する。店主の拳骨を覚悟して仕事に戻ろうとすると、
「悪いなおやじ!このガキ呼び止めてたのは俺たちなんだよ」
「あぁ、仕事の愚痴を聞いて貰ってたところだ。あまり怒らないでやってくれ」
先ほどまで話していた二人の客が、店主に向かってそう言ってくれた。
店主は、「あまり甘やかさないでくださいよ」とか言いながら台所の方へ戻っていく。
「あ、ありがとう」
リンの方も、少し照れた様子で二人に礼を言うと、再び仕事へと戻った。




