英雄の真相
「ふむ、我々は奴隷解放軍だ」
「「え?………………えぇーーー!!」」
少しの間を置いて、分かりやすく驚く姉弟。
疑おうとしなかったのは、ナリアの戦いぶりに考えが巡ったからかもしれない。
「え?え?本当かよ⁉」
またもや興奮気味に席を立ち、ぴょんぴょん飛び跳ねるソーマに、ネイも弟への注意も忘れて動揺を隠せずにいる。
「おい、ガキ。あんまり騒ぐんじゃねぇ、気づかれんだろうが。ていうか、言ってもよかったのか?」
横目でミチェフを見るジンだが、どこか誇らしげだ。
「別に構わんじゃろ。こやつらに隠しておく必要もない」
「あのさ、あのさ、奴隷解放軍ってどれくらいの人数いるんだ?みんなめちゃくちゃく強いって本当⁉」
「へへーん、本当だとも!特にここにいるナリアとミチェフは別格なんだから。そしてわたしは、この二人には一歩及ばずってところかな。一番弱いのはこの半端吸血鬼」
「あぁん?てめぇふざけんじゃねぇ、何嘘こいてんだ!雑魚猫の分際で!おい、くそガキ、騙されんじゃねぇぞ?俺はこの中なら三番目に強いからな!」
「お前たちは、毎回毎回飽きんのか」
毎度おなじみの光景に呆れ顔を浮かべるミチェフ。
「あのさ!俺も、奴隷解放軍に入りたい!今日のナリアのねぇちゃんみたいに、『日陰の英雄』みたいにさ!奴隷になって苦しんでる人たちを助けたい!だから、俺も仲間に入れてよ!」
「あ、あのわたしからもお願いします。弟はこんなこと言っていますが、雑用でも何でもしますので、どうか解放軍の皆様に加わらせてください!わたしたちには、もういく宛てもないのです!」
弟と同じく立ち上がり、深々と頭を下げるネイ。
「えー、やだよ俺、雑用なんて。俺は、もっと……」
「あんたは黙ってなさい!」
そう言って、ネイはソーマの頭を鷲づかみにして同じように頭を下げさせた。
「おい、ばか。周りに注目されてるだろ。一旦落ち着け」
「大丈夫だよ。最初からそのつもりだったから」
「そうそう、だってそれがわたしたちの役目だしね」
「まぁ、そういうことだ。さっき人数が何人かと聞いたな?解放軍が保護した奴隷を含めれば、数千はくだらん。元奴隷たちだけで成り立っている自治区があるから、まずはそこに連れて行く。それから先の事は自分たちで考えるんじゃな」
「よっしゃ!よっしゃあ!」
「あ、ありがとうございます!」
ミチェフの言葉に、心底喜ぶ二人。ネイにいたっては、少し目に涙を浮かべているほどだ。
「よかったね!よかったね、ソーマ!」
「ああ!ここから俺の英雄道が始まるんだ!まずは、ジンの兄ちゃんを追い抜いて……その後、ナリアのねぇちゃんと結婚して……」
「はぁ⁉おい、くそガキちょっと待て!」
「あははははは、やばい!わたし、応援するわ!」
色々な期待に胸を躍らせるソーマに、袖で目元を拭きながらも笑みを浮かべるネイ、子供の言うことに向きになるジンと、それを見て笑いこけるエマ、そして容器の内面についたクリームまでしっかり食べきろうとするミチェフ。
なんとなく、置いてきぼりを食らってしまっているナリアは、人知れずため息をついた。
別に、つまらない訳ではない。エマとジンの口喧嘩を聞いているのは好きだし、ミチェフのお茶目な一面も見ていて面白い。
ただ、少しだけもどかしいのだ。
リンを犠牲にして手に入れたひと時に、馴染んでもいいものかと。きっと、リンは何も言わないだろう。
本人は犠牲になったなんて思っていないのかも知れない。むしろ、せっかく手に入れた自由なんだから、目一杯楽しめと言ってくれる気がする。
だからこそ余計に―――
「あの……『日陰の英雄』の話で一つ思い出したことがあるんですけど……」
おずおずと、話を切り出すネイにみなが視線を向ける。
「これも噂で聞いただけですが、解放軍が活発に活動し始めるきっかけになったは、その英雄の行動に触発されてのことだって聞きました。中には、解放軍のリーダーは、実はその英雄なんじゃないかって話も出ているくらいで……」
そう。ネイの言うこの話こそ、リンが英雄と呼ばれている一番の理由だった。
単に、吸血鬼から逃げただけでは英雄とまでは呼ばれない。
すごいことに違いはないのだが、せいぜい「すごい人」と言われるに留まっただろう。
つまりこの英雄の噂は、「年端もいかない少年が、同じ奴隷だった少女を救い出し、数多の吸血鬼を相手に見事逃げ切った。そして、そんな少年の行動が息を潜めていた奴隷解放軍を動かすきっかけになった」というものだ。
そして、これは事実だった。
「あー、それは違うと思うなぁ。まず、わたしたちのボスは女の人だしね」
「なーんだ、つまんねーの」
「でも、めちゃくちゃく強いよ。半端ないよ」
「若作りばばぁだけどな」
「はい今のセティに伝えておきます。ネイ、ソーマ、あなたたち証人ね。ジンは半殺し決定!」
「んな!卑怯だぞ!」
ジンとエマは知らない。そして、きっとリンも知らない。
六年前の、あの夜の後日談を。
あの日、途方に暮れたナリアの前に突然現れた十数人の者たち。
その先頭に立っていた女性はこう言った。
『どうして、我々は見ているだけなのだ!安全な地で胡坐をかき、隣の火事は他人事か!みっともないだろう?我々よりもか弱く、幼く、何も持たないあの少年が奮闘しているのに、力のある我々は、動かない言い訳を並べてばかり……いい加減やめにしよう!今こそあの少年に続くぞ!』
エマとジンが解放軍に加わったのは、今から三年前。
この事実を知るのは、解放軍発足当時からいた一部の幹部と、あの日あの場所にいた一部の元奴隷たちだけだ。だから、この場で知っているのは、ナリアとミチェフの二人だけになる。
「お前たちの言う英雄がどこの誰だかは知らんし、そもそもどういった奴を英雄と呼ぶのかも知らん。しかし、六年前。かの大奴隷際で、たった一人奮い立った少年なら知っておる」
ミチェフの言葉に、ナリア以外の四人は少し驚いた表情を浮かべた。
その言い方が妙に具体的だったためだ。
「えっと、それってつまり、その話が英雄の噂の始まりってこと?」
エマが小首を傾げながら疑問を口にするが、ミチェフはこれ以上話す気はないようだ。
「もうよいじゃろ。考えても仕方のないことに時間を使うものではない。それよりも、今度はお前さんたちの話を聞かせてくれ。どういう経緯で狩人に捕まった?」
ミチェフは、少し強引に話を変える。もしかしたら自分に気を遣ってくれたのかも知れない。
「あ、はい!実は先日―――」
姉のネイは、丁寧に語り始めた。




