フェリトナ・オーロード
「はぁ……」
フェリトナは持っていたフォークを置くと、深いため息をつきながら頬杖をついた。
「これは呪いなのかしら……」
そう言って、右手に持ったナイフで夕飯に出された肉をつつき、もう一度深いため息をつく。
「フェリトナ様……お食事中にお行儀が悪いですよ……」
フェリトナの斜め後方に控える従者―――オーギュストは、主を軽く嗜める。
「別にいいじゃない……今はジェスもいないんだもの……」
普段なら、フェリトナの食事の席に後方で控える役はジェスが担うはずなのだが、生憎とジェスには別件があり、急遽オーギュストがこの役を引き受けることになったのだ。
フェリトナ直々の指名によって……
なぜ自分が……と疑問符がついたが、当然了承する他ない。
ちなみに、ジェスの方からも、『フェリトナ様は目を離すとすぐに行儀を悪くするから、くれぐれも目を離さぬように!』と言われているが、目を離さぬともこの調子だ。
「フェリトナ様……ジェス様が今のフェリトナ様を見たら、きっとお叱りになられます」
「だから、ジェスのいない今のうちにお行儀を悪くしてるんじゃない……あなた、まさかジェスに言いつける気じゃないでしょうね」
「え……いや、ど……どうでしょうか……」
フェリトナが、目を細目ながら後ろを振り返ってきた。
「へー、わたしよりもジェスの命令優先なのね」
「いや、そういうつもりでは……」
このままだと、またも知らぬうちにフェリトナのペースに飲まれてしまう。長年の勘がそう告げる。そう思ったオーギュストは、速やかに軌道修正を図る。
「こほん、フェリトナ様……フェリトナ様はもうすぐ十五歳になって、立派な成人となるのですよ。ですから、もう少し淑女らしく……」
「それよ!まさにそれなのよ!毎年毎年、このうざったい聖誕祭前になると、六年前のことを思い出してうんざりするの!これは、呪いよ!これが、一生続くんだわ!」
(やってしまった……)
オーギュストは、フェリトナの変なスイッチを入れてしまったことをひどく後悔した。
何度目とも知れない目の前の光景に、頭を抱えたくなった。
よくも悪くも、フェリトナ・オーロードは昔と変わっていない。
見た目もそうだか、中身の方もだ。
もう少し前なら、少し大人びた少女という印象が的確だったが、年齢が追い越し、子供っぽい大人と言われるのは時間の問題だろう。
「というか、リン……さん?は一体どこで何をしているのかしら!わたしにあんな酷い仕打ちをするなんて!それに、あなた達もよ!人を一人探すのに何年かけるつもり⁉不敬で死刑よ!聞いてるの!オーギュスト!」
もう一つ思うことがある。
ジェスが毎年この時期に、別件で不在になるのはわざとではないだろうか……
(というか、別件てなんだ……)
「オーギュスト!」
「は、はい!」
「わたしを無視するなんて偉くなったものね!」
「無視など、滅相もございません!なんとお答えしようか考えておりました!」
「そう……では、答えてごらんなさい」
椅子ごとオーギュストの方に向き直ったフェリトナは、腕と足を組みながらふんぞり返る。
「そ、そうですね……その、もう少し確かな情報だと確信を持ててから報告しようと思っていたのですが……その、リンという少年らしき人物の情報が上がっておりまして……」
「うそよ!騙されないわ!どうせ、また勘違いに決まってる!オーギュスト、今まで何度偽情報でわたしの期待を裏切ったのか答えてごらんなさい!」
「……八回です」
「そうよ!八回もわたしはぬか喜びさせられたの!この前もあったわよね?黒髪の十六歳くらいの少年が見つかりましたって!結局あれは、どんな人だったか言ってごらんなさい!」
「はい……黒髪の八十歳くらいの老婆でした……」
「殺されたいの?どうやったら間違えられるわけ⁉合ってるの黒髪だけじゃない!」
せわしなく体の向きを戻したフェリトナはそのまま机に突っ伏してしまう。
「もういや!好きな人には逃げられるし、部下には舐められるし、全然胸も大きくならないし!どうして、こんなに惨めなの!」
オーギュストは不敬であると知りながらも、少し憐れみを感じてしまう。
これ以上、放っておくのもどうかと思い、そろそろ話題を変えようかと考えていると、突っ伏していたフェリトナがおもむろに顔を上げた。
「……でも一応聞いておこうかしら」
やはり、気になるようだ。
「はい。かしこまりました。ですが、一応まだ確定ではないということだけ、念頭においていただけると助かります」
「分かってるわよ!これっぽちも期待してないから、早く話しなさい!」
ぐすんと鼻を啜りながら腕と足を組みなおすフェリトナは、待ちきれない様子で、話すように促してきた。
「はい。実は先日、王宮宛に手紙が届きまして、その内容に捜索対象の少年と特徴が一致する者の情報が載っておりました」
「誰から?」
「それが、送り主の名前がどこにも記載されていなかったもので」
オーギュストのこの言葉に、怪訝そうに眉をひそめるフェリトナ。
「ふーん、でも少し妙ね。わたしが、リン……さんを探しているなんて公言していないし、それどころか、六年前のことを知っているのなんて、わたしとごく一部の部下だけでしょう?」
「はい。おっしゃる通りです。その件に関しては、徹底した注意を払っていますので、どこかで漏洩したとは考え難いです」
フェリトナの言うとおり、六年前の件はもちろんのこと、いまだに少年の捜索が進められていることも守秘事項になっている。
故に、事情を知っている者は、彼女の部下の中でもごく一部に限られ、もっと言えば男の中で知っている者はオーギュストだけだった。
(……胃が痛い)
「それで?まさか、それだけじゃないわよね?」
「は、はい。もちろんです」
これだけの報告で終わればと、淡い期待を抱いていたが、やはり勘の鋭いフェリトナには通用しないようだ。
「実は、もう一つ妙なことがありまして……」
「なに?」
ここで、少しの間をつくるオーギュストに、若干の苛立ちを見せるフェリトナ。
「その……ですね……」
できれば言いたくない。なぜなら、言った後のフェリトナの言動が手に取るように分かるからだ。
「なんなのよ!もったいぶってないで早く言いなさいよ!ぶっ飛ばすわよ!」
言っても言わなくても、ぶっ飛ばされるような気がする。ならばと、冷や汗を垂らしながらも、オーギュストは覚悟を決める。
「その手紙と一緒に一枚の写真が入っておりました。あまり、綺麗に撮れておらず、かなりおぼろげな写真ではあるのですが、一人の男の写真が写っておりました」
黙って聞いているフェリトナ。だが、その目からは期待と高揚があふれている。
「もし、六年前の少年がいまだ健在であったのなら、ちょうどその写真に写っている男と風貌は一致するかと……そして以前に、フェリトナ様から伺っていた特徴ともおおよそ一致しておりました」
以前にフェリトナは、その少年に対して、芯がありそうだとか、一途そうだとか、ぶっきらぼうに見せかけて実は優しそうだとか、捜索には不向きな特徴ばかり並べていたが、それ以外にも僅かだが外見的な特徴も述べていた。
髪の色や髪質、肌の色に瞳の色、耳の形や鼻の輪郭まで、事細かに覚えているらしい。
「それで!その写真はどこにあるの⁉」
「えっと、それがですね……」
「……」
「実は、ジェス様が管理しておりまして、今手元にはないのです」
「は?」
当然、こういうことを言ってくることは予想していた。だから、嫌だったのだ。
だからといって写真のことを隠しておいて、後でばれようものならそれこそ殺される。
であれば、今ここで全てを正直に話すのが最善のはずだ。最善のはずなのだが、フェリトナの目が怖い。
「ジェスは今どこ?」
「じ、自分には分かりかねます」
頭を垂れて、肩をふるふると揺らすフェリトナ。
まるで、爆発寸前の爆弾のようだ。毎年、この時期になると癇癪を起こしていたフェリトナだが、今年はいつにもましてやばいだろうなと、他人事のように遠い目をするオーギュストは、刑の執行を待つ囚人のごとくおとなしくその時を待つ。
しかし、いつまでたっても食器が割れる音が聞こえてこない。
「……フェリトナ様?」
「なによ?」
「いえ。その、大丈夫ですか?」
「なにが?」
感情を爆発させなくて大丈夫ですか?とは、とてもじゃないが聞けない。間違いなく首が飛ぶ。オーギュストが、どう答えようか言葉に詰まっていると、フェリトナのほうから切り出してきた。
「あなたがさっき言ったんでしょ?もう成人になるんだから、うんちゃらかんちゃらって」
意外すぎるフェリトナの言葉に、オーギュストは驚きを隠せなかった。
それに気づいたのか、フェリトナは少しむくれたような、それでいて少し照れたような表情を浮かべる。
「ジェス様にも、今の言葉を聞かせてあげたかったです。きっと聞けば、泣いてお喜びになるはずです」
「な!そんなわけないでしょ!わたしを、何だと思ってるのよ!」
照れ隠しなのか、声を少しばかり荒げるフェリトナだが、やはりというべきか、普段よりも覇気がない。いわゆる空元気というやつかもしれない。フェリトナはそれだけいうと、また黙ってしまった。
いつも、ついつい忘れてしまいがちだが、フェリトナも普通の女の子なのだ。
今でこそ、無邪気に振舞ってはいるが、普段部下の前では凛とした王族たる姿勢を保っている。
今のフェリトナの方がよっぽど珍しく、この一面を知る者は、それこそ先の件を知る者よりずっと少ないだろう。
だからこそ、面倒くさいと思うこともあるが、誉れ高いと思うのも事実だった。
今、目の前にいるフェリトナは、ただ傷つき、落ち込んでいる女の子そのものだ。
「フェリトナ様。不肖ながらも引き続き、捜索の方に力を入れてまいります。どうか、今しばらくお待ちください」
今のフェリトナを、どうにかするには、もうあの少年を連れてくるほかない。
六年前の一件は未だにフェリトナの裾を引っ張ったままだ。それゆえに、大人になりきれないところが、あるのかもしれない。
「わかったわ。よろしくお願いね」
そう言って、フェリトナは既に冷め切ってしまった料理を口に運び始めた。




