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家畜の俺が、世界を反転させるまで  作者: フミタロウ
第二章 再会へ
22/28

リンと寡黙少女

 今しがた太陽が頭を出したためなのか、まだほんのりと夜の空気を残した早朝の街には、人の姿はほとんど見られない。


 地面や植物の葉に降りた朝霜は、閑散とした空気と相まってこの国の寒さを物語っていた。


 リンはそんな早朝の街を一人、白い息を吐きながら歩く。


「……寒い」


 いつにもまして寒いためか、口をついてでてしまうこの言葉は帰路についてから何度目だろうか。


 酒場から歩くこと一時間。


 リンは住処がある貧民街へとたどり着く。

 相変わらず、日の当たりが悪く、陰湿な場所だ。背負っていたリュックを、今度はお腹で抱えるようにして持ち直し、先ほどよりもやや歩調を速くして歩いた。

 ここでは盗難など日常茶飯事だ。盗られた方が悪いと言われるほどに。

 それに、リンの持つリュックの中身はそもそもが酒場から盗ってきたものだけに余計文句は言えない。


 リンは複雑に入り組んだ道をすいすいと進んでいき、ある建物にたどり着く。

 この傾いて今にも倒れてしまいそうな建物の二階にある一室がリンの部屋だ。

 リュックを抱えて、軋んだ階段を上ったところで、自分の部屋の前で座り込んでいる者に気づいた。


(今日もか……)


 リンは、膝を抱えて座り込んでいる少女に向かって声をかける。


「おい、そんなところにいると風邪ひくぞ」


 その少女は、リンの言葉に伏せていた顔をあげて、ぶんぶんと左右に頭をふる。


 大丈夫とか、そんな感じの意味だろうか。


 この少女と出会ったのは、二か月くらい前のことだ。


 ちょうど今日みたいな寒い朝に、一人お腹を空かしてうずくまっていた彼女に、酒場で頂いてきたパンをあげたら懐かれたといった具合だ。


 この貧民街では、見かけない顔だったため新顔だろう。こんなところに来るぐらいだから、どこかから逃げてきたのか、捨てられたのかのどちらかだろうが、ひ弱そうな少女から察するに後者なような気がした。


「ほら、パンと、今日は果物だ」


 リンはリュックからいつものように、酒場から盗ってきた食べ物を少女に分けてやる。


「……(こくり)」


 と、うなずく少女。会った時から気づいていたが、この少女は言葉が話せないらしい。


 別に珍しいことではないが。


 少女は、パンと果物を受け取ると少し腰を浮かせて横へとずれ、リンを見上げてにこりと微笑む。


「隣へどうぞ」みたいな意味だ。

 リンも部屋のドアを背にして、少女の隣に座って朝食をとることにした。


 こうやって、少女と二人朝食をとるのが毎朝の恒例になりつつある。誰かと食事をするなんてことは滅多にないことだったので何となく悪くないような気がしていたが、本当にこのままでいいのだろうかとも思ってしまう。


「お前、普段なにしてるんだ?」


「……」


 新聞紙に包まったパンを夢中になって広げている少女。


 ぼさぼさの栗色の髪と、抽象的な顔立が特徴的な彼女は、首を横に振るだけだった。

 この貧民街に生きるものにとって他人の施しをもらわないと生きていけないのは致命的だ。

 おまけに口もきけないとあっては、ここまでどうやって生きてきたのかが不思議なくらいだった。


「まぁ、いいか」


 そもそも、首を縦か横に振ることでしか答えらえない少女にするような質問でもない。


 リンは、隣に腰掛ける少女に目をやる。


 不思議と既視感があった。


 自分の記憶をたどって、一番近い光景を探すとすぐに見つけることができた。


(今日はよく六年前のことを思い出すな)


 あの時もこうして「あいつ」と二人並んで……


 すると、少女の方も見られていることに気づいたのか、リンの方を不思議そうに見つめ返してきた。


「ん?あ、悪いな。うまいか?」


「……(こくり)」


 頷いた少女は、再び残ったパンにかじりつく。


「じゃあ、俺はそろそろ寝るから。もう少し横にずれてくれるか?」


 リンは、立ち上がりながらそう言うと、ドアノブに手をかける。それを聞いた少女は少し残念そうに顔を曇らせながらも、残ったパンと果物を抱えていう通りにしてくれた。


「あぁ、なんだ……前にも言ったと思うが、別に中に入って待っててもいいんだぞ」


 頭を掻きながら困ったように言うリンに対し、少女は一瞬嬉しそうな表情を見せるものの、なぜか相反する答えを返す。


「……(ふるふる)」


 前に同じことを言った時も、同じような反応をしていたが、警戒でもされているのだろうか。

 もし、そうだとしたらそれは良い事なので、これ以上何か言うこともない。見知らぬ男にほいほいついて行くのは確かに危険だ。


「そうか。まぁ、このドアの鍵壊れてるから」


 暗に、いつでも開いてるということを伝えて、リンは部屋へと入っていった。


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