9-17(1/14投稿始点)
ウェンディが所属している宝石加工所は、フロールの鉱山からほど近くにあった。そのため、昼休みに寮の空きについて確認結果を伝えにやって来てくれたのだが。
「私のいる寮には、空きは三部屋あったわ」
「よかったー!案外、空いてたんだね」
来客用のソファーに向かい合わせで座って、昼食を食べながら話し合う。
「ええ。……と言っても、一部屋は雨漏りしてるから放置されて空いてて、物置になってるんだけど……」
実質的な空きは二部屋、ということらしい。
「で、その二部屋も、何しろ年季の入った建物だから、花嫁候補さん的に色々、狭さとか古さとか許容範囲なの?って、寮監が心配してて」
「私は大丈夫だと思うけど。カレンも元々花嫁候補にしては変わってた、って自分で言ってたから、結構そういうの気にしないみたいだし」
雪路の返答に、ウェンディは、ええ、と頷いた。
「私も二人なら大丈夫そうだとは思うんだけどね。ほら、一応、寮監を安心させるのもかねて、一回、見に来て欲しいのよ」
「うんうん、それはむしろ、お願いします」
引越し前に物件の内見に行くのは重要だ。申し出に有難く頷いて、ならば今夜、カレンも誘っておかなくては、と考える。
「早い方が良いと思うから、明日の夕方とかでも?」
「私は大丈夫。カレン次第かな」
「そうね。引越しの荷造とか、今週は忙しいわねぇ」
ふむふむと、二人で予定を立てていると、すい、とソファーの背越しに覗き込んで来る気配。
「引越しの相談?」
振り向くと、不思議そうな顔のフロールが立っていた。
「お邪魔しています!」
慌てて腰を浮かすウェンディに、そのままで、と笑って手を振ってから、王子様のような顔は再び怪訝を表す。
「雪路、君、まさか本当に引越すのかい?」
「あ、はい」
頷いてから、雪路は少し心配になって目を瞬いた。
「あの、この前、お聞きした時は、特に花嫁候補が引越しちゃダメ、って事はない、って仰ってましたよね……?」
もしや何か勘違いがあって、本当は駄目だったりするのだろうか、と。見上げる雪路とウェンディに、いや、とフロールは慌てて笑う。
「いや、引越し自体は良いんだけどね。てっきり、将来的には、って可能性程度の話かと思っていたんだ」
まさか直近で工女の寮に引っ越す気だとは思わなかった、と。驚きまじりにそう漏らす。
「花嫁候補の屋敷に比べて、格段に粗末なはずだけれど……。そんな所で、暮らせるの?」
悪気の無さそうな顔でポロリと呟いた声に、雪路はパチリと目を瞬いた。
嫌味や差別とも取れる発言だったけれど、純粋に不思議そうな表情や、元が本当に高貴な王子様らしい見た目と所作だからか、嫌な感じはしない。
当の寮に済んでいるウェンディも、不快は感じなかったようで、パチリと目を瞬いて首を傾げただけ。
「だって、ウェンディも他の工女も普通に暮らしてますよ?なんで、むしろ私やカレンだけ住めないんですか?」
雪路が答えると、それでハッとしたように、フロールは罰の悪そうな顔をした。
「あ、ああ……。申し訳ない、無礼な発言だった」
慌てたように謝られて、ハッとウェンディも慌てて首を左右にブンブン振る。
「いえ!そんな、フロール様が謝られることは!確かに工女の寮は、粗末ですから……!」
純粋に雪路を心配したのでしょう、と言われ、うーん、と罰悪そうなまま、フロールは曖昧に頷いた。
「……それだけじゃ、ないと思う。駄目だな、染み付いてしまっている。……特権意識なんてロクな結果を生まないのは、分かっているはずなのに」
最後にはほぼ独り言のように呟かれた言葉に、雪路はウェンディと顔を見合わせた。相変わらず常よりも蒼い顔色をしたフロールが眉間に皺を寄せていると、何だか深刻に思い詰めているようにも見えて、落ち着かない。
「……あの」
おずおずと、ウェンディがフロールを振り向いて口を開く。
「そんなにお気になされるほど、フロール様や御子息様方には、特権意識があるようには見えません。むしろ、花嫁候補達に比べて、格段に御親切というか、平等にして頂いている、と……私達工女や鉱夫は思っています」
それには雪路も賛成だった。フロールも含めて魔女の子息達は、特権意識や差別意識を持っているようには見えなかった。
「それに確か、昔は酷い労働環境だったのを、戸籍とか法律とかを整えて改善したのって、フロールさん達、魔女の御子息なんですよね?」
以前にウェンディから聞いた事を思い出して首を傾げれば、そうそう、とウェンディ当人も頷く。
「特に寮の部屋とか場所とか、住む場所を自分で決められるようにすべきだと、そうして下さったのはフロール様だと、お伺いしていますが……」
「……うん、まぁ、それは僕だけどね」
フロールは少し困った用に微笑んだ。
「でも、それだけだ。提案して採用されて、でも、それっきり、特に鉱夫や工女の生活改善に何かした訳じゃないから……」
花嫁候補内の嫌がらせ問題についてもそうだと、王子様のような顔は、けれどいつもより蒼くて覇気薄いまま呟いた。
「……何かしなきゃと、分かっているのにしないまま、だ、いつも」
苦笑いする顔を見て、雪路は再びウェンディと顔を見合わせる。それから、またウェンディがそろそろとフロールを振り向いた。
「あの、もし良かったら、なんですけれど……。フロール様も、いらっしゃいます?寮を見に」
「え?」
キョトンと、途端に目を丸くするフロールに、それは良いかも、と雪路は頷いた。
「実際に見てみたら、色々安心するんじゃないと思います」




