9-18
「それでフロール様もいらっしゃるの?」
ガヤガヤとした屋台街の隅で、カレンは目をパチパチと瞬いた。
「うん」
頷いた雪路は木の椀から箸で丸いつくねを掬い上げる。人参や大根と一緒に大鍋で煮込まれたつくねは、箸に挟まれてジュワッと溢れるくらい、タップリの汁を染み込ませていた。
「……それ、色々と良いの?」
カレンはタップリと蕩けたチーズが掛かったジャガイモから顔を上げる。
食堂や酒場がある通りの一角、安価な一品料理を出す様々な屋台が密集した屋台街には、粗末なベンチと机が置かれた場所があった。赤い油布で頭上にテントが貼られたそこに席を取って、何種類か食べたい物を屋台で買い集めて来て夕飯にするのも、鉱夫や工女のお馴染みの食事風景。
「だって、女子寮じゃ……?」
「大丈夫、大丈夫」
粉砂糖が振られた揚げパンを齧っていたウェンディは、軽く肩を竦めて請け負った。
「花嫁候補の屋敷だと大問題だろうけど。ほら、私達工女と御子息様達じゃ、何があってもどうこうなるなんて事、できないもの。だから、ある意味、男性であって男性ではないって言うか……」
その言葉に、雪路はふとヘイダルの顔を思い浮かべて複雑な心境になったけれど。
「まぁ、そうは言っても魅力的な方なのは事実だから。変な所は見せられない!って緊張したり、近くでお顔を拝見できる!って張り切る子は続出だろうけれど」
ウェンディ当人は愉快そうに笑う。
「フロール様、人気者だから」
「そうね、よりにもよってというか、御子息様の中でもフロール様、だものね」
カレンはコクコクと頷いて、テーブルに備え付けてあった瓶から塩をジャガイモに追加しようとした。けれど、蓋を開けてみると湿気ってゴロゴロ玉が出来ていて。ついでに湿気取りの炒り米が茶色く変色していたのが決め手になったのか、ちょっと迷ってから、黙って元の位置に戻す。
「ここの備え付けは使わない方が良いよ。いつ設置されたのだか誰も分からないらしいから」
「ちょっと……それ先に言って……。さっきの食べてたらどうするつもりだったのよ……」
そういえば、と遅れて警告した雪路にジトリと呆れた視線を向け、カレンはジャガイモに視線を戻した。
「ごめん、ごめん」
苦笑いして、雪路も二個目のつくねを掬い上げる。
「でも、そっか。フロールさんってそんなに人気者なんだ」
「ええ。まさに王道のかっこよさっていうのかしら?女の子が初恋するような、絵本の王子様って感じじゃない?」
話を戻すと、カレンはコクリと頷いた。
「花嫁候補支持率だと、アントワーヌ様に次いで二番目くらいだと思うわ」
「工女支持率もそんな感じよ。あ、男性からの支持率だと、一位は、たぶん誠様だけど」
ウェンディの言葉に、カレンと同時に軽く吹き出す。
「誠さん!イメージ通り!」
「あー、なんだか分かるわね、それ!」
笑う二人に、そうでしょ、とクスクス、ウェンディも笑って頷いた。
「フロール様やアントワーヌ様だって、鉱夫から支持されてはいるんでしょうけれど……。ほら、どうしても、お二人とも見目が優雅っていうか、特にアントワーヌ様はどことなく近寄り難いから」
人形も嫉妬するような麗しい容貌に、気難しくも見える優雅な振る舞い。女性にならばこそ、近寄り難くても、それすら逆に謎めいて魅力的に映るのだろうけれど。男性からすれば、近寄り難さこそが先に出るように思われるらしい。
「確かに初見は凄く近寄り難い人かなって思ったけど……」
雪路はぼんやりと、この鉱山世界に来た最初の日を思い出した。
竜を倒して高所から落下した時に、助けてくれた人。
(……最初はちょっと怖かったな)
近寄り難い、というのも分かる。確かに、優雅で、気難しそうで、特別感がある容姿をしているのだ、アントワーヌは。
「でも、喋ると結構、優しいっていうか、頼りになるお兄さんっていうか……」
「あのね、たとえ本当にそうだとしても、そもそも、そこまであの方と普通に喋れるの、貴方か御子息様くらいだから」
ボソリと呟くと、ウェンディが鋭く言った。
「あの方、どんな事を話すの?」
好奇心を隠さないまま、カレンは小首を傾げる。
「寡黙なイメージが強いけれど……」
「あー……確かに、どっちかと言うと、聞き上手な感じかも……」
思えば、何か話す時には雪路の方が話してばかりだったと気付く。慣れない異界での生活で、不安だったり悲しかったり、そういう事を相談して、励まして貰ったり、嬉しかった事を、沢山聞いてもらったりしたのだ。
(……今度、会う時には、あの人の話が聞きたい)
何が好きで、何が嫌いで。どういう事があると嬉しくて、どんな事があると悲しいのか。そういえば知らないと思うと、急に、知りたくてたまらなくなる。
「……料理するのは好きそうだけど……」
「え?」
思わず呟いた声にカレンとウェンディが首を傾げて、ハッとする。
「あ、いや……うん、そういえば、あの人の好き嫌いとか、聞いたことないな、って、思って……」
慌てて笑うと、待って、とカレンが目を丸くする。
「その前に、え、料理するのは好きそう、って……?あの方、もしかして、料理できるの?」
「え、うん。凄い上手だよ」
「ええ!?」
「嘘でしょ、雪路!?」
途端にカレンもウェンディも悲鳴のような大声を上げて目を見開いた。
「まさか!あの姿でフライパンお持ちになるの!?」
「なにそれ、凄い見てみたい!それはそれで全然アリね!」
キャァキャァと、嬉しそうな悲鳴を上げる二人に、そうだよねぇ、と雪路も頷く。
「私も凄くびっくりした……」
「雪路は、いつ知ったの、それ?」
カレンに問われて、以前に御馳走になった事がある、と説明して。そうして、土曜日に、また会えるのだと、思わず頬を弛めて零してしまって。
「え、ちょっと待って、待って」
ウェンディがバタバタ軽く机を叩いた。
「土曜日?土曜日に会うの?お屋敷に、夕食に招いて頂いたってこと?」
「うん。決闘の完勝祝いに、何か欲しい物があるか、って、聞いて貰ったから……」
ちょっと不躾にも、料理して欲しい、なんて言ってしまったのだと、少し恥ずかしくなって俯くと。
「……待って、待って、待って」
カレンの何か興奮を押さえつけるように少し上擦った声。
「え、それ、え、ヤバイでしょ」
「ええ、やばい。それは、うん、やばい」
思わずのように、いつもより荒っぽくなったカレンの声に、ウェンディも少し震える声で頷く。
「……やっぱり、ワガママ言い過ぎたかな……?」
不安になって顔を上げた瞬間、違う、と、両脇から二人に肩を掴まれた。
「そうじゃなくて!」
「それもう、完全に脈アリって事でしょ!?」
嬉しそうな悲鳴に、ひゃっ、と飛び上がって。
「みゃ、脈あり?」
キョトンと聞き返すと、そうよ!とカレンがブンブン頷いた。
「好きでもない女の子の為に、週末に時間を作ってフルコースのディナーなんか作らない!」
「しかも自宅に二度も上げる時点で、それだけ気を許してるってことだもの!」
キャァキャァと、二人は顔を見合わせ、頷き合うと、また雪路を見て叫ぶ。
「何着て行く気なの!?」
「お化粧どうするの!?」
その鬼気迫る迫力に、ひえぇ、と思わず雪路は椅子の背に寄り掛かる。
「え、あの、その……」
ただ会えるのが嬉しくて。何も考えていなかった雪路が戸惑う間にも、二人は早口に続けた。
「決戦よ!絶対に、土曜日は天下分け目の大決戦になるんだから!!」
「服にお化粧に髪に……!デートなら、一番かわいいと思って貰える姿でいたいじゃない!」
「う、うん、それは……うん……」
勢いに押されて頷いて、けれど不意に、雪路は高揚しそうになった気持ちが萎むのを感じた。
「……でも、その……服は、もう、どうにも……」
呟くと、あっ、と二人の顔も曇る。持っていた服を切り刻まれてしまって以来、かろうじて急ぎで仕上げて貰った仕事用を気回している状態なのだ。
「……特別に、かわいいのとか、ない……」
今日はもう仕立屋も閉じてしまっているだろうし、明日駆け込んだ所で、凝った可愛らしい服となれば土曜の夜に間に合うとは思えなかった。
「……困ったわね……」
ウェンディは呟いて唸った。
「……私のよそ行きで良ければ貸せるけれど……。雪路には少し大きいかも……」
カレンもウーンと腕組みする。
「ダメ元で、明日、仕立屋に行ってみましょうよ」
やがてウェンディがそう提案した。
「もしかしたら、予定がうまく空いているかもしれないもの」
寮の内覧の後に行けば良い、と励まされて、雪路も少し望みが出たような気がする。
「うん、そうする」
できれば、自分で一番納得する姿でいたいと思うのは本音だった。
(……そっか、家に、上げて貰えるんだ……)
以前に一度、行った事があったからか、あまり意識していなかったけれど。思えば、それくらいに信頼してくれている、自分の領分に入れてくれる、ということなのだ。
(それに、二人っきり……)
デート、とウェンディが言ったのを思い出して、思わず口元から頬に掛けてを両手で押さえる。
(でーと)
嬉しい、嬉しい、と。思わず緩みそうな頬と、どうしよう、どうしよう、と急に緊張でバクバクしてくる心臓と。
とにかく、今日からでもちゃんと化粧水や乳液に気を使った方が良いだろうか、とか、当日に髪はどうしよう、とか。やっぱり、服はちゃんと、自分で良いと、相手にかわいいと思って貰えるような物にしたいと、そんな事をグルグル思考する。
「……うぅー……死んじゃいそう」
嬉しいような恥ずかしいような緊張するような。思わず呟いた雪路に、あら、とカレンとウェンディは顔を見合わせる。
それからニンマリ頬を緩めて、キャァァ、と姦しい声を上げた。
「やだもー!かわいいぃぃ!」
「え、ちょ、待って、待って!」
グリグリと頬やら頭やらを揉み撫でられて悲鳴を上げる雪路の前で、中途半端に残されたつくね汁を、屋台街の明るいランプの灯が照らしていた。




