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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.3
28/323

3-8

 無事に午前の仕事を終えると、雪路はウェンディと合流し、工女や鉱夫で混み合う大衆食堂で昼食を取った。

 住人の大半が鉱山労働者であるこの世界では、その他の住人の殆どは、鉱山労働者の生活に必要となる物を扱う大衆向けの低価格な店の主や職人、もしくは、最低限の自給の為の農地を耕す農夫、畜産関係者である。

 そしての残りのほんの少数の住人が、花嫁候補や魔女の子息達の為の服や家具、手伝いなどをする、高級品、高級サービス業に従事しているのだと言う。

 「とはいえ、私等も身分上のカテゴリーは鉱夫、工女ですからねぇ」

 花嫁候補や子息達の服を誂える専門だという高価な洋装店の主は、雪路の腕にメジャーを当てながらそう笑った。

 「毎回毎回、花嫁候補達の無茶無謀な要求には、立場上断れないもので頭を悩ませとる次第です」

 「はぁ」

 「信じられますかい?山ほどの刺繍にレースにと、盛りだくさんのワンピースを一週間で誂えろなんぞ、職人を殺す気ですわい」

 ブツブツと文句を言いつつ、弟子だという若い職人に寸法を伝えて的確に仕事をするあたり、プロだ。

 昼食を終え、ウェンディの案内でやって来た店の中、鏡の前で採寸されつつ、雪路はパチパチ目を瞬く。

 店の最奥にある試着用のスペース。厚手のカーテンが天井から下がっており、目隠しをして試着の為の着替えも可能になっているが、今はカーテンは開いたまま。

 他に客もいない為、小さな丸い椅子に座って笑っているウェンディだけが、雪路と仕立屋師弟の会話を聞いている。

 「それに比べりゃ、貴方の要求なんて随分と良心的ですわ。ちいと変わった御注文ですが、造りはシンプルですからね」

 「ど、どうも」

 「急ぎで仕事着と、後は可愛らしいのを二着ほどね、なるほど」

 採寸を終えた仕立屋は、近くの棚から数冊、ファイルを引っ張り出して来た。それは白黒写真を貼り付けたアルバムで、今まで製作した服の記録らしい。

 「ホント言うとね、仕事着は工女達や鉱夫達が誂える事が多くて。ウチみたいな採寸からオーダーメイドでやっとる店より、大衆用の、ある程度の寸法で量産した物を売る店の方が経験豊かなんですよ」

 火傷の痕がある手でパラパラとページを捲りながら、仕立屋はチラリと雪路を見る。今日は帰りに事務室の倉庫で着替えて来た為、花嫁候補らしいふんわりしたブラウスにスカート、それからコートの姿を見て、ふむと唸った。

 「だからそういう店から型紙借りて来るって手もあるが……。しかし、流石に花嫁候補さんに、仕事着とはいえ工女と同じのを着せるのは良くないわな」

 「そうなんですよ」

 ウェンディがウンウンと同意する。

 「雪路は気にしてないみたいだけど、いつまでも私のを着せていては周りに示しがつかないと思って」

 「そうなのかなぁ」

 実際、汚れるような仕事をするのだから、その間に着る服なんて、わざわざ特権身分を主張するような物にしなくても良いだろうにと雪路は首を傾げた。

 「あのね、雪路ってば。貴方の顔を知ってる鉱夫や工女達ならともかく、初対面の人は服で身分を判断するでしょ?だから、貴方を工女だと思ってそういう馴れ馴れしい態度取っちゃう人が出るわけ」

 「別に私は工女だって思われて話されたくらいじゃ、馴れ馴れしいとか怒らないけど……」

 「うーん、そういう問題だけじゃなくて……」

 反論する雪路に、ウェンディは困ったように苦笑いし、仕立屋がやんわり口を開く。

 「何しろ〝裁判官〟が恐ろしいから、ここ数十年、治安はとても良いですがねぇ。……それでも、まぁ人が集まればそれなりに犯罪ってのは起きますので」

 「引ったくりにせよ強盗にせよ、あるいは女性狙いの痴漢なんてものにせよ、花嫁候補と思えば積極的には狙いません」

 仕立屋の弟子がそう説明した。

 「あるいは、花嫁候補がうっかり鉱夫や工女の犯罪になんて巻き込まれたら、犯人だけじゃなく関係者全員が責任を問われかねない大事件になるの。だから、まぁ周りが注意出来るように、ひと目で区別出来るようにしといた方が良いわけよ」

 最後にウェンディに畳み掛けられ、はあ、と雪路はようやく納得する。

 「なるほど……」

 平和な日本でごく普通に生活していると中々思いつかないが、身分やら何やらがあると、そんなものなのか。

 「じゃぁ周りに迷惑掛けない為にも、それなりの格好した方が良いわけね……」

 「そういうこと。馴れ馴れしくしても良いって気待ちは大事にして欲しいけどね」

 ウェンディは笑って、白黒写真に視線を落とす。

 「でも、そうなると作業着、どんなのがいいかしら?」

 「作業着となると、それこそ御子息様方に誂えた仕事着くらいですかねぇ」

 仕立屋はパラリとページを捲る。開かれたページでマネキン達が着ているのは、確かにどれも男性用と思しき衣装の数々。

 「これはニコロ様やエリック様の背広で、スカートよりはマシでしょうが、作業には向いてませんねぇ……。フロール様もやアントワーヌ様も背広が多くて……」

 白黒写真なので色が分からないのだが、少なくともデザインの華やかさだけで他と一線を画しているのは、たぶん、エリックの注文だろう。

 「あ、これは、メルヴィン様がブツブツ文句言いながら注文してった乗馬服ですけど……。今思うと、あの方、動物がいるとクシャミ止まらなくなるんじゃなかったかな?」

 どうやって馬に乗ったのやら、と呟く仕立屋の弟子に、雪路は思わず笑う。

 (そういえば、前もクシャミしてたなぁ)

 鼻が悪いのか、それともアレルギーでもたくさん持っているのか。

 「後はヘイダル様や、それこそ誠様の軍服くらいですかね、作業着に近いのは」

 パラパラ見ているだけでもそれぞれの個性が見えて面白いなと、雪路はアルバムを見詰めた。

 「……うーん、となると藤埜大尉みたいな軍服が、やっぱりいいのかな?」

 背広は鉱山での作業という格好ではないし、乗馬服も、何となく優雅過ぎて汚すのが躊躇われそうだった。

 「ヘイダルさん?の軍服も柄とかカワイイけど、私はちょっと、これは服に顔が負けそう」

 見覚えのある誠の軍服と並んで写っているのは、どこか異国の軍服だった。アラベスク模様の豪奢なシルクらしい飾り布がウェストを飾っていて、マネキンの頭にはターバンが巻かれている。

 (砂漠の辺りの国の軍服なのかな?)

 一度着てみて案外馴染むことの判明している誠のような軍服の方が、日本人の自分には無難そうだと雪路は判断した。

 「そうね。雪路、ビックリするくらい、藤埜大尉の服似合ってたし」

 「形をちょいとばかり女性的にした物を作ってみましょうか」

 ウェンディも賛成し、仕立屋は早速と何かメモを取る。

 「そんなに似合ってた?」

 雪路はウェンディの評価に目を瞬いて振り向いた。

 「確かに、思ったより完成度は高い気がしてはいたけど……」


 「チャオ!なになにー?誠の軍服着たことあるの?」


 ウェンディの背後から聞こえて来た声に、ピタッと、その場の誰もが停止する。

 「あの真っ白いやつでしょ?狡いなー!俺が貸してって言ったら『お前は絶対に汚すから嫌だ』って貸してくれなかったのに」

 コロコロと楽しそうに弾む声で話す青年。ストライプのシャツに爽やかなベージュのコート。エメラルド色の瞳をキラキラさせて、やや長いまま放置したような、明るい茶色の髪を奔放に揺らして歩いて来る。

 男らしい凛々しさと、少年らしい無謀さを半々に備えた端正な顔立ち。なんとなく、雪路は昔やったゲームの主役、魔王を倒す勇者を連想した。

 「確かに昔、誠に借りたジャケットにミートソース零したけどさぁ」

 「に、ニコロ様」

 仕立屋がようやくと呟いた。

 「それに、エリック様も」

 その言葉にハッとして雪路が視線を動かせば、白スーツを纏った金髪のハンサムが、ニコロと呼ばれた彼を追って入ってくるところだった。

 「やぁ店主に、お弟子くん、お久しぶり。そして、そこの小野小町ちゃんは数日振りかな。ああ、会いたくて死にそうだったよ!」

 長い足でスタスタやって来ると、エリックは全く避ける隙も与えず雪路の手を取った。

 「数日見ないうちに、ますます素敵になったね。そう、具体的に言うと、今日はその白いブラウスが非常に君に似合っていて魅力百倍だ。黒檀の瞳と髪に、白い肌と服って、とってもクラクラするほど……うん、セクシーだ」

 「あ、ありがとうございます」

 よくぞノンブレスで、しかもとびっきりの良い声で、抑揚付けて言いきれるものだと、思わず目を白黒。

 「オノノコマチちゃん?」

 コテン、と、ニコロは首を傾げる。

 「エリック、この子、花嫁候補っぽいけど、オノノコマチちゃんって言うのか?」

 「花都 雪路です。小野小町ではありません。和歌は詠めません」

 即座に訂正すると、ワカ?と首を傾げつつ、ニコロは微笑んだ。

 「Piacere!俺はニコロ・フェロ。魔女の七男だ。宜しく、お嬢さん」

 手を差し出したニコロは、そこで、エリックが両手でガッシリ雪路の手を拘束しているのに気付いたらしい。

 「エリック、お触りは控えろって、誠に怒られてなかったか?」

 「愛と誠、どちらかを取るなら、俺は愛に生きるとも」

 「誠に伝えとくよ。エリックが太平洋戦争したいらしいって」

 「やめて。俺それより前の時代の人間だけど、誠にそれは洒落にならないの知ってる」

 サラリと外された手に雪路がホッとする間もなく、今度は、ギュッギュッと、ニコロが勝手に握手してくる。

 「君、ジャッポーネ?」

 「ああ、はい。日本人です」

 エリックと違って、用がすめばスッパリ離れた手。

 ようやくと本当に手が自由になったとホッとする雪路の横で、ウェンディや仕立屋師弟は黙って様子見に徹する気らしい。チラリと視線を向けても、生暖かい笑顔で首を左右に振られてしまった。

 「そっか、やっぱりジャッポーネか。だから誠も軍服貸したのかな?」

 「あ、いえ、それは違います。借りたんではなくて」

 サイズ違いだったものを着た次第だと、一連の出来事を説明すると、ニコロとエリックは目を瞬いて顔を見合わせる。

 「君、変わってるな」

 「そうですか?」

 ズバリと一切遠慮なく言い切るニコロに苦笑いすると、うん、と楽しそうに明るい声は頷く。

 「花嫁候補って、普通はそういう肉体労働嫌がるし」

 「まぁ、レディに肉体労働なんてそもそもさせないのが男の甲斐性ってものだけどね」

 エリックが口を挟んで、ふふ、と腕組みする。

 「誠はその辺り、気が利かないなぁ」

 「誠が聞いたら物凄い反論しそう」

 ニコロは苦笑いして、でも、とパチパチ目を瞬きながら雪路を振り向く。 

 「そうか、浮遊魔法ってことは、君が例の新しい子なのか」

 興味深そうに呟いて、ねえ、と不意にワクワクと声を弾ませる。

 「君、真っ先に誠の補佐を選んで、しかもお揃いの軍服も嫌じゃないってことは、お気に入りは、誠ってこと?」

 「え?」

 キョトンと雪路は目を丸くした。

 「お気に入り?」

 「そうそう。花嫁候補は魔女の後継者を目指す子達なわけだけど、同時に、それを目指すってことは、俺達の中の誰かを夫にする事を目指すわけだし。それぞれ〝お目当て〟がいるみたいだからさ、君は誠なのかと思って」

 純粋に好奇心なのだろう。邪気の無い顔で楽しそうに問うニコロに、しかし雪路は戸惑う。

 「誠より俺にしないかい、レディ」

 すかさずエリックが甘い声を出して肩を抱いて来るけれど、はぁ、と、思わず反応は鈍くなった。

 (誰が〝お目当て〟って言うか……私、帰りたいだけだしなぁ)

 戸惑っていると、あれ、と、ニコロは首を傾げる。

 「誠じゃないのか?」

 「藤埜大尉は、藤埜大尉ですね。かっこいい人だとは思いますが、そういう意味では、藤埜大尉以上でも以下でもないです」

 素直に言うと、ニコロはケラケラ笑い出した。

 「なんだい、それ?恋愛対象じゃないのは分かったけど。藤埜大尉は藤埜大尉って……」

 「いや、もう、そういうカテゴリーっていうか……。性別が藤埜大尉、みたいな」

 あの誠を夫だとか彼氏だとかにすると考える事は、到底、できないと思うのだ。だからといって同性とも到底思えないので、つまりは、性別藤埜大尉、になってしまう。

 「うっわ。君、面白いこと言うな」

 ケラケラと笑って、ニコロは手を叩いた。

 「誠の甲斐性が無さすぎた結果だね」

 エリックもクスクスと笑う。

 (肩……いつになったら放してくれるんだろう?)

 ちょっと気になるものの、まぁ良いかと許容出来てしまうのは、言動の割に下心が感じられないからだろうか。

 (……エリックさん、軽く話かけてきてベタベタ触る割に……。なんて言うんだろ、あまり親しくしてくれる気は無さそうというか……)

 浅く広く、粉を掛けるだけ掛けておく、という感じなのだろうか、とも思う。しかし、粉を掛けるにしてもその程度の下心さえ感じないのは、よほどエリックが手慣れているのか、それとも、本当に社交辞令的に口説いているだけで、心底雪路に興味が無いのか。

 まぁどちらにせよ不快でないのだから良いかと思ったところで、あの、とようやく仕立屋が口を開いてくれる。

 「ええと、御二方は、それで、どのような御要件で?」

 「ああ、そうだった」

 フッとエリックの手は雪路の肩を離れた。

 「一着、新しい背広の上下が欲しくてね」

 「ああ、俺も」

 ニコロも振り向いて頷く。

 「では、採寸を……」

 「雪路は?」

 先客だろうと振り向いたニコロに、いえ、と雪路は慌てて首を左右に振った。

 「もう殆ど決まってたので」

 先ほどまで話していた内容で注文確定と、仕立屋と二言三言確認しあい、雪路は大丈夫だとニコロ達を振り向いた。

 「私達は、失礼しますね」

 「そうか」

 ニコロは微笑み、それから、ハッと手を打つ。

 「あ、ねえ」

 「はい?」

 何か思い付いた様子だぞ、とちょっと身構える雪路に、魔女の七男は明るく問うた。

 「誠が本命なわけじゃないなら、次は俺の所に補佐しにおいでよ」

 「え?」

 驚いて目を丸くすれば、約束、と手を差し出される。

 「竜退治の話とかゆっくり聞きたいんだ」

 ブンブンと振られる尻尾が見えて来そうな笑顔。

 「大型犬かな……」

 「え?」

 「あ、いえ、何でもないです」

 どちらにせよ、補佐は数週ごとに異動だという話だった。ならば特に拘りもないし、良いだろうと、雪路は目の前の手を取る。

 「わかりました。次は、ぜひ。宜しくお願いします、ニコロさん」



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