3-9
「まさかニコロ様とエリック様にかち合うとは思わなかったわ……」
仕立屋を出て、雪路とウェンディは街を散策する事にした。
「何ていうか、濃い二人だったねぇ」
雪路が苦笑いすると、本当にね、とウェンディも笑う。
「少し珍しい組み合わせだったし、びっくりしたわ」
「そうなの?」
なかなか陽気な組み合わせで、違和感はなかったと思う。雪路が意外そうに問えば、ええ、と、ウェンディは頷く。
「ニコロ様はどちらかと言うと、ヘイダル様あたりと一緒にいらっしゃる事が多いから」
「へぇ。まだその人には会ったことないなぁ」
確か、ヘイダル、そしてフロールという二人は、まだ目にしていないはずだった。
「七人て結構多いよね……。誰が何番目なのか、ちょっと分からなくなってきそう……」
指折り数えて顔と名前と兄弟順を確認する雪路に、ふふ、とウェンディは笑う。
「さっきニコロ様に聞かれた時もそうだったけど、その分じゃ、〝お目当て〟はいないようね」
「だって、私、まずは帰りたいから……」
お目当て云々より、まずはそこが肝だと、首を振った雪路に、そうねぇ、とウェンディは少しだけつまらなそうに頷く。
「でも、それとは別に、ないの?どなたが好みとか。前はアントワーヌ様が気になっていたみたいじゃない?」
「ああ、それは……」
パチリ、と雪路は目を丸くし、思わず視線を逸らした。
夕焼けの始まった街。通り過ぎて行く、どこか懐かしくて、でも地球では見た事がなかったはずの服装、人々、煉瓦の家々。
カンカンと路面電車の鐘が鳴り、ガタンゴトンと機体が動く。
「……それは、まぁ……すごく、かっこいいと、思うけど」
無意識に頬を人差し指で擦る。
「でも、ほら、なんていうか、そんなんじゃないって言うか……」
チラチラと頭の中に浮かぶのは、先日の、声を上げて笑っている姿。落ち着いていて気難しそうだと思っていた顔が、穏やかに緩む瞬間。
(……澄ました高級な猫みたいな見た目なのに、あんなに楽しそうに、無防備に笑っちゃって)
綺麗な、そして間違いなく男性として魅力的で格好良い人であるはずなのに、なんとなく、かわいいと記憶の中の姿を思う。
「……なんだろね」
「あらあら」
ボンヤリ呟くと、ウェンディはニンマリした。
「雪路、それは深みにハマりかけてるわよ」
「へ?」
振り向くと、ふふふ、と楽しそうにニヤニヤしているので、何だか強烈に恥ずかしくなってきて、雪路は再び視線をよそに逃がした。
「ちょっとお腹すいたね」
誤魔化すようにそう言って、道の少し先、菓子屋の幟を見付けて足を向ける。
「夕ご飯の前に、ちょっとだけ、甘い物食べない?奢るからさ」
「そうね、賄賂で誤魔化されてあげる」
「ええ、その言い方やめてよー」
クスクス笑うウェンディに情けない声で言って、それから、雪路も笑った。
「何があるかな?」
「あそこは確か、和菓子よ」
早足に近寄って覗き込むと、ウェンディの言う通り、そこは和菓子の店だった。それほど広くない店内は道に向けて解放されていて、割腹の良い女性が店番中。
「いらっしゃいませ」
雪路が花嫁候補らしいと見て、一瞬、緊張したように声を固くした女性。けれどすぐに、ウェンディとアレコレ菓子を覗き込む姿に、ホッと表情を緩める。
「アナタ、もしかして例の竜をやっつけた子かい?」
「あ、はい。そうです」
声を掛けられて頷くと、そうかいそうかいと彼女は呟いた。
「やっぱり。工女とキャイキャイしてる花嫁候補なんて、それしかないからねぇ」
「何かオススメってあります?」
ウェンディが問うと、そうだね、と女性は店の奥を振り向いた。
「アンタ、大福は?」
「おう、今出来たぞ」
店の奥、調理場から男が出て来た。
「今日はこれで、作り足しは最後だな」
大きなトレーに載せた大福を、ガラスケースに並べる職人。
「出来たてだから、これがオススメかね。餡もまだ温かいし、柔らかいよ」
「じゃぁ、それ下さい」
ウェンディと顔を見合わせてから、雪路はそう言って大福を見た。
「白いのとピンクのと、二個ずつ」
「はいよ。白は粒餡、ピンクはこし餡ね」
女性が素早く紙袋に詰め、紙幣と引換で渡してくれる。
「ありがとうございます」
「いいえ、まいど」
女性は頷いて、パチリと片目を閉じて見せた。
「これはオマケ」
「あ」
一つ多い紙袋は、金平糖が入っていた。
「ウチの旦那、昔、メルヴィン様の鉱山にいてね。あそこには知り合いも多いんだ。アンタ、竜の件は、ありがとね」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございます」
目をパチパチして軽く会釈した雪路が、ウェンディと店を出るのを、職人と女性はヒョイヒョイと手を振って見送ってくれた。
「鉱山労働から和菓子職人に変わることもあるんだ」
再び通りを歩きながら、どこか座れる場所を探しつつ。
呟いた雪路に、ええ、とウェンディは頷いた。
「稀にね。昔は奴隷みたいなものだったから、決められた役職から動いたり、結婚したり出来なかったんだけど」
百年ほど前から今に至るまで、少しずつ、変化しているらしい。
「初めは本当に、魔女様が攫って来た人間が、ひたすら鉱山で働かされているだけだったんですって。食料とか衣服とかの必需品の生産は必要最低限で、才能や知識の有無関係なく魔女様が適当に選んだ人間が、選ばれた日からいきなり、仕立屋も大工も何でもやってたとか」
「……それでちゃんと社会的に回ってたの?」
驚いて声を出した雪路に、ウェンディは首を曖昧に振った。
「回ってはいなかったけど、成り立ててはいた、ってとこかしら。回るはずもなくて、たくさんの鉱夫や工女が脱走しようとしたし、事故や自殺や、殺人や強盗みたいな怖い犯罪も当たり前に毎日あったらしいけど。でも、それで人が減ったら、〝補充〟すれば良い、って考えで全てが動いていた時代よ」
昔は奴隷制そのものだった、と、いつか鉱夫が言っていたのを思い出す。
(……確かに、奴隷制だ)
いまいちイメージ出来ていなかったけれど、こうして聞くと思わず背筋が寒くなる程度には言葉の意味が身に染みる。
「でも、百年前くらいから、魔女様の御子息様達がこの世界にやって来るようになって、制度を整え出したの」
雪路が苦い顔をしている間に、ウェンディはそう説明を続けていた。
「戸籍を作って、鉱夫や工女の正確な人数と、地球にいた頃の仕事を把握して。それから、今まで魔女様や御子息達がその都度裁定していた罪と罰の規則……法律みたいな物をキッチリ文書にして纏めて。それでちょっとずつ、今みたいになったんですって」
「魔女様の御子息様達が、この世界にやって来るようになった?」
雪路はふと、ウェンディの言葉に引っ掛かって首を捻る。
(……藤埜大尉は、一九四四年……七十年くらい前にここに来たような事を言ってたな……)
そして、この世界に来た順では末弟だとも言っていた。
「魔女様の息子達も、外の世界から来たの?」
ウェンディを振り向くと、ええ、と意外にもあっさり、彼女は答えた。
「そう聞くわ。……詳しい事は分からないけれど、噂では御子息様達も元は地球の人間だとか……。ほら、見た目も明らかに魔女様と血縁ではなさそうだし」
「じゃぁ、一番最後に来た息子……藤埜大尉とかより、古くからいる鉱夫や工女もいるんだ……」
「そうなるわね。でも、花嫁候補は皆、総じて藤埜大尉より後に来たわ。私も、藤埜大尉よりほんの少し後だった」
なるほど、と雪路は頷いた。
あるいは魔女は、息子が揃ったところでその花嫁探しに取り掛かった、という事かもしれない。
彼等の正体などが全て分かったわけではないけれど、数日放置していた疑問が解消されて、少しスッキリした。
ふむふむと頷いた雪路は、そこでようやく、道の端っこ、川沿いにベンチを見つける。
「ウェンディ」
「あら、よさそうね」
ウェンディも気付いて、二人はベンチに歩み寄る。
先に腰掛けるウェンディに、こし餡と粒餡、どちらが良いか聞きながら、雪路も腰を下ろそうとして。
「あ」
川を挟んで斜め向かい。チラチラと灯り始めた瓦斯燈の下、黒い外套を見た。
「あら」
ウェンディも気付いて、意味ありげに雪路を振り向く。
「噂をすれば、雪路の〝お目当て〟」
「え、そんな、違うって!」
反射でちょっと声を大きくしてウェンディの方に視線を向けて。それから、思いがけず響いた自分の声に我に返って、おそるおそる再び川の向こうを振り向くと。
「う」
「アントワーヌ様、気付いたわよ」
川面を見ながら煙草を吸っていた人と、確かに視線が合った。
「行ってくれば?ほら、貴方、飛べるんだから」
川くらい何でもないでしょ、と、背中を押され思わずヨロッと、ベンチに座り掛けていた足は反対方向へ動く。
「いや、でもほら、煙草吸ってるから」
「御休憩中って事でしょ。話掛けるのにむしろ良いじゃない」
「でも別に用も無いし……」
自分でも、なぜこんなに腰が引けているのか分からないまま、雪路は首を横に振る。
(いや、だって、なんか、お目当てとか、そういう話をした後だと妙に気まずいっていうか)
やましい気持ちはないはずなんだけどな、と思っているのに、どうにも話し掛けにくい。
「ああもう!帽子!ほら、イザベラに渡しちゃったって言ってたでしょ!?帽子のことでも、謝って来なさい!」
業を煮やしたようにウェンディに言われて、あっ、と目を瞬いた。
「ああ、そうだった……」
イザベラに渡してしまった帽子の件、確かに、それはキチンと手元に戻ったかも含めて本人と話した方が良いだろう。
「あーうん、それは謝らないとなぁ」
「ちょっと、そこで冷静にならないでよ」
申し訳なさが先に立って落ち着いた雪路に、ウェンディは少し残念そうな顔をする。
「……でもほら、納得して大義名分が出来たんだから行って来なさい」
「……うーん……」
肯定とも否定ともつかない声を上げつつ、しかし雪路は結局、川向こうへ足を踏み出した。




