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週の真ん中を過ぎてしまえば、それからの二日と半日は、概ねつつがなく、あれよあれよの間に過ぎた。
ウンウン唸りながら書類を作成する傍らで、時折バケツを掴んで地上と地下とを往復して。初めは物珍しそうに浮遊魔法を観察していた鉱夫達が、じきに見慣れて、これは便利とばかり高い位置の物を取ってくれとか、高い位置にある機械の調子を見てくれとか頼んでくるようになったのは些か想定外に仕事が増えた点ではあるけれども。
それでも、それは使いっ走りじみた雑用をヒーヒーと泣き言を言いつつも断らず請け負う、そんな雪路への仲間意識や信頼故でもあるのだから。
銭湯に行きっぱぐれた話をした翌日には、ウェンディや他の工女達が今度こそ銭湯に連れて行ってくれたし、遅くなると屋敷の食堂が閉まってしまうと零した雪路に、美味い店と地雷の店を競って教えてくれたのも彼女達や鉱夫達。
戻りの書類がゼロになったわけでも、急に仕事が出来るようになったわけでもないが、それでも確実に〝暮らしていける〟ようになっている気がして、雪路は少し安堵していた。
そんな、土曜日の午前。あと少しで仕事は終わり、休日へと突入するという空気の中でのこと。
「雪路さん、午後からどうするんです?」
「ウェンディとご飯に言って、それから、仕立屋に服を頼みに行く気ですよ」
使用済み鉱石を運搬用のバケツに詰めつつ、雪路は話し掛けてきた鉱夫にそう答えた。
「服を?」
「動き易いのを何着か、と思って」
バケツを運んだり雑用をこなしたりと、駆け回るには支給の服は不適切。ふんわりしたレースやシルクの素材は高価だとも聞いたし、汚しても良い仕事着を揃えようと雪路は考えている。
「それに、支給だけで回してく気なのか、って他の花嫁候補に嫌な顔されちゃって……。二着くらいは、その、少し気の利いたカワイイのとかも買い足さなきゃならないかなって……」
仕事の為に、例の軍服やウェンディに借りた工女の作業着を着て帰って来る雪路を見て、他の花嫁候補、主にイザベラや、その腹心達は明らかに小馬鹿にした態度を取った。
そんな格好で恥ずかしくないの?お洒落とか気を使わないの?なんて訊かれては、流石の雪路でもちょっと辛い。
(私にも一応、女のプライドみたいなものがあるし)
いいでしょう私だって花の女子校生だぞ、最新のトレンドぶち込んでやるわ、首洗って待ってなさいよ、という妙な意地が出るのもやむなし。
「なるほど。さも花嫁候補達が言いそうなこった」
鉱夫はケラケラ笑って雪路の話に頷く。
「まぁ、それじゃサッサと仕事終らせて、午後からは楽しんで下さいよ」
「うん」
あと一時間ちょいだ、と鉱石を詰め込んだバケツを持ち上げようとした丁度その時。
ザワザワと、採掘場の入口付近にいた鉱夫達が声を上げて。
「誰か来たの?」
ひょいと顔を向けた雪路は、ピクン、と肩を跳ねさせる。
「藤埜大尉!?」
「ああ、土曜の午前には、全体を見回りされるんですわ」
鉱夫が思い出したように言って、採掘場にカツンカツンと軍靴を鳴らしながら入って来た誠は、仏頂面のまま雪路に目を止める。
「こ、こんにちは」
「なぜ、貴様が採掘場にいる?」
事務作業のはずではないかと問われ、慌てて直立不動になり、雪路は答えた。
「転送機の調子が悪いので、定期的に、私が使用済み鉱石を運搬しているんです」
すると誠はバケツの中の鉱石をチラリと見た。
「しょ、書類も、やっています!これを運んだら、すぐに、残りの書類も書き上げますから!」
ドキドキ、ビクビクと訊かれる前に答えると、仏頂面はもう一度雪路の顔に視線を寄越す。
そういえば、この鉱山は主に水晶を主産物としていた。ここ数日、採掘された水晶や、動力として使用された水晶を見続けていた雪路は、ふと、改めてまじまじと見つめ合った誠の瞳が、紫水晶と似ていることに気付く。
硝子や薄氷のような脆い物にも似た外観を持ちながら、その実、鉱石特有の硬さや鋭さにも結び付く印象を持つ、水晶。
真っ直ぐにこちらを射抜く誠の目は、そんな水晶に似た硬質さと透明感を持っている。
「……作業を続けろ」
ふい、と、唐突に誠は仏頂面のまま視線を逸らした。
「残り一時間ほど、気を抜かぬように取り組め」
全体に聞こえる声でそう言って、そのまま、来た時と同じように唐突に、彼は採掘場を出て行った。
「……寿命が縮むかと思った」
「本当に雪路さんは、すっかり大尉が苦手だなぁ」
心臓の付近を抑える雪路を見て、鉱夫達はケラケラと笑う。
「同じような軍服着て歩いてるから、雪路さんがご執心なのは藤埜大尉だなんて噂もよその鉱山じゃあるようだが」
「ありえない」
勢い良く首を左右に振る雪路に、そうだろうよ、と、ますます笑い、鉱夫達は仕事に戻って行く。
「ああ怖かったぁ……」
脱力してようやく背筋を丸め、雪路もバケツを掴むと、運搬作業へ戻ることにした。




