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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.2
14/323

2-8

 「私こんなに足速かったっけ……?」

 ゼェハァと息を切らしながら、雪路は首を傾げた。

 「……運動神経が凄く良くなる、とは言われてたけど……」

 絶対に遅刻すると思っていたのに、ギリギリとはいえ間に合ってしまった。

 驚くやらホッとするやらで目を丸くしつつ、顔を上げる。

 街の東にある、水晶を主な産出物とする鉱山の前。そこで待てと支持された坑道の入口で、息を整えようと肩を上下させた。

 (……どんな人なのかなぁ)

 魔女の次男、と、ウェンディはこの鉱山の主を説明した。そして、雪路と同じ、日本人だ、と。

 (魔女の息子なのに日本人て、どういうこと?)

 何となく聞き流していたけれど、改めて思うと不思議な話だった。

 (メルヴィンさんやアントワーヌさんは、明らかに西洋の人だったし……)

 魔女も国籍不明感はあったものの、白人的な容姿の持ち主であった。

 (その兄弟で息子が、日本人?)

 どういう事だと今更混乱していると、コツ、コツ、と坑道の奥から足音。

 ハッとして顔を向けると同時に、声がした。

 「貴様が花都 雪路か」

 固くて威圧的な声。そして、それに相応しい物々しい出で立ちの男だった。

 「軍人さん……」

 思わず目を丸くする。

 治安維持要員として軍服のような服を着た男達はチラホラ見かけていたけれど、その多くは、厳密には軍服というより一時代前の警察官と言った風情があった。基本的に紺色の布地でダブルボタンの上着に、質素な肩章と、腰には警棒だけを下げ、丸いヘルメットのような物を被っている、という具合。

 それに対して、目の前の男は間違いなく軍人らしい軍人の格好をしている。真っ白な軍帽と軍服、金の肩章と飾緒。軍靴は黒で、腰に下がった軍刀の鞘も黒かった。

 日本史の資料集、もしくは夏になるとやる終戦ドキュメンタリー番組で見たぞ、と雪路が思うくらいには、それは昔の……太平洋戦争時代の大日本帝国の軍服として、広くイメージされるままの姿である。

 「おい、何を呆けている」

 パチパチ目を瞬いて見ていると、グッと軍人の眉間に皺が寄った。黒髪の合間から見えるその皺に、慌てて雪路は姿勢を正す。

 「す、すみません!おはようございます!」

 雰囲気に押されて直立不動になる雪路を、うむ、と軍人は不機嫌そうな顔のまま見た。

 切れ長の双眸に、クッキリとして怜悧に整っているが、西洋人ほど堀の深くない顔立ち。間違いなく日本人の容姿をしていたけれど、その瞳だけは、深い深い藤色をしている。

 「再度問う。貴様が、花都 雪路か」

 「はい」

 いかにも厳格そうというか、気が短かそうな表情と声。ビクビクしながら頷いた雪路を、ジロリ、とその双眸は観察する。

 「竜を討伐したと聞いたが、なんだ、その体たらくは」

 「は、はい?」

 「姿勢が悪い!背筋を伸ばせ、顎を引け!気を付け!」

 「は、はい!」

 およそ小学生以来の、本気の気を付けの姿勢。踵を揃えて、出来る限りピンと背筋を伸ばして立った。

 「服や髪も乱れている」

 「すみません、その、走ったので……」

 「それは貴様の時間管理不足だ」

 ピシャリ、と、言い捨てた相手に、うぐ、と雪路は口を噤んだ。

 (早めに出るつもりだったんですー!)

 予想外の絡みがあったのだと言いたいけれど、どう考えても言い訳するなと余計に怒られるパターンなので心中に留める。

 「貴様はそれでも大日本帝国の女か。軟弱者め、期待して損をしたぞ」

ふん、と鼻を鳴らすと男は雪路に背を向ける。

 「だがしかし、一度受け入れた申請だ。良かろう、しばらくは俺の補佐をしろ」

 「え、あの」

 歩き出す男に慌ててバタバタと付いていくと、坑道に足音が盛大に反響し、落ち着いて歩け、と一喝された。

 「す、すみません」

 何をしても裏目に出る、と小さくなってトボトボ後を追う。

 「あの……」

 言動からしてこの男が魔女の次男、今日からの上司で間違いないだろう。しかし、明確に宣言されたわけでもなし、どう呼び掛ければ良いのかも含め、恐る恐る声を上げると。

 「魔女の次男。藤埜 誠。日本にいた頃の階級は、海軍大尉だ」

 振り向かないまま言って、誠はズンズンと坑道を進み続ける。

 「日本にいた頃……?」

 「一九四四年、それが俺が最後に見た日本の……いや、戦艦の上の景色だ」

 どういう事だと引っかかった雪路の呟きに、誠は相変わらず振り向かず答えた。

 「ああ、この世界に来た順で言うなれば次男どころか末弟だがな。肉体的な年齢の順では、俺が二番目ということになる」

 雪路が疑問に思っている点を予想しての言葉だろうが、残念なことに、それは余計に雪路を困惑させる。

 (この世界に来た順?)

 魔女の息子と言われて、当然に彼等はこの世界の生粋の住人だと思っていたのだけれど。

 (もしかして、魔女の息子達も……)

 外の世界から来たのだろうか、と思い当たって目を見開く。

 けれど、カツカツと早足に進む誠に付いて行く為の小走りで、しかもなるべく音を立てないようにしている状況。

 (この上、余計な事を言ったり、やったりするのはやめよう……)

 触らぬ神に祟なし。怒られたくないと、雪路はあえて疑問は飲み込んだ。

 そうこうするうちに、だいぶ地下まで進んでいたようで、少し先に、鉄で出来た扉が見えて来る。

 「ここが事務室だ。道は覚えたな?」

 「へ!?」

 不意に立ち止まった誠に振り向かれ、ギョッと、雪路は飛び上がった。

 「み、道!?」

 音を立てずに小走りするのに必死だった事に加え、色々と疑問が膨らんで、周りなど見ていなかった。何度か道が折れたり、二股以上に別れていたりした記憶はあるが、果たして正確な道程など記憶していない。

 「……貴様、やる気はあるのか?」

 眉間に皺を寄せた誠に、すみません、と小さくなるしかない。

 「な、何となくは覚えてます」

 「何となくでは意味が無い。貴様に使いを頼むかもしれないのに、迷われては困るだろうが」

 「すみません……」

 シュンと項垂れる雪路を見下ろし、一瞬沈黙。やがて誠は何も言わず、鉄の扉を開いた。

 「入れ」

 「はい」

 完全に落ち込んでビクビクしながら室内に入ると、そこはメルヴィンの鉱山で見たような事務室。六人の鉱夫がそれぞれ机で業務をこなしており、最奥の大きなマホガニー製の机には、次々と誠の署名待ちらしい書類が積まれていっている。

 「貴様の他に二人、花嫁候補が補佐をしている。それぞれ担当区を与え、そこで採掘された鉱石の集計業務や諸々の処理を、書記官達と共にさせている」

 自分の机に向かって行った誠は、ゴソゴソと机の中を覗いて何かを探す。

 「……予備は……切れているか。……おい!」

 目的の物は無かったらしく、やがて、書記官の一人に声を掛けた。

 「すまんが、地図を」

 「畏まりました、大尉」

 書記官は立ち上がると、事務室から続き部屋になっている資料室へ入って行く。

 (あれ、もしかして、私が道を覚えなかったから?)

 仕事の手を止めさせてしまったようだと、いたたまれない感覚。

 「貴様にも担当区を与える」

 居心地悪く突っ立っていると、誠が話の続きを始め、ハッと慌てて姿勢を正す。

 「集計の方法や何やらは地区の書記官に聞け。話はしてある」

 「はい」

 頷いた時、資料室から書記官が戻り、誠に地図を差し出した。

 「すまんな」

 受け取った誠は、その地図に赤い鉛筆で三つ丸を書き込んだ。

 「中央の丸が現在地だ。担当区は左の丸。今来た坑道の入り口は右の丸」

 「は、はい」

 慌てて受け取って確認すると、以上だ、と、誠は言って軍帽を取った。

 「俺も書類が貯まってしまった。案内はなしだ。担当区まではそれを見て行け」

 「はい……」

 いきなり見放されたようで少し怯むが、きっと地図を渡す事にしたからそれでいいかと思っただけだと、そう自分に言い聞かせる。

 沈黙があり、もう雪路の事は眼中から消えたとばかり、誠は自分の席に着く。

 「えっと……その、失礼します」

 どうして良いか分からなくて三秒ほど置いてから、おぼつかなく頭を下げ、雪路は部屋を出た。

 カチャリ、と、鉄の扉を慎重に、音を立てないように閉じ、ようやく長い息を吐く。

 「……かえりたい……」

 もう既に心は折れかけている。同じ日本人、という漠然とした情報で次男の補佐を申請してしまった事を、完全に後悔していた。

 (……でも一緒の部屋で作業じゃなくて良かったかも……)

 これで隣に四六時中あの誠がいたならば、いつ怒られるかと恐怖して仕事にならなかったに違いない。

 ホッと少しだけ明るい方に考えられる事項を見付け、雪路は地図を開いた。

 「ええと……こっちの道を行くのか」

 クルクルと何度か地図を回転させてから、現在地と目的地のおおよそのルートを理解し、歩き出す。

 すると、まさにその時。

 「あ、君、そこのカワイイ君!」

 よく通る明るい声と一緒に、気安い仕草で手が肩を叩く。

 「Nice to meet you!はじめましてだよねぇ?」

 「え?え?」

 そこにいたのは、およそ鉱山に似つかわしくない派手な青年。

 薄いブルーのドレスシャツに、白いスリーピース、胸ポケットのハンカチとネクタイは眩しいローズマリー色。二十年代アメリカのフラッパー全盛期かくやの伊達男が、嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

 「……はじめまして?」

 とりあえず挨拶を返すと、驚くほど自然にいつの間にか、手を取られて握手された。

 「エリック・バトラー、魔女の三男だ。君、今日から誠の補佐に来た子だろ?」

 今、サラッと重要な事を言わなかっただろうかと雪路はエリックを凝視した。

 サラサラだがクシャリと癖のあるブロンドに、王子様めいた碧眼。誠が典型的な日本の男前であるならば、この男は典型的なアメリカ的ハンサム、といった感じである。

 「ええと……名前は何だっけ、確か、そう、雪路ちゃんか!」

 「何で知って……」

 「なぜって?うーん、運命の力かな?」

 軽い調子でウィンクを決めるエリックに、先ほどまで見ていた誠との温度差で目眩がする。

 「あの……」

 「竜を倒したんだって?噂は聞いたよ。どんなアマゾネスかと思ったら、まさかこんなに可愛い小野小町ちゃんだなんて」

 「おののこまち……」

 何だその言葉選びは、と、思わず繰り返す。

 「え?日本人で美人て言えば、小野小町なんだろ?クレオパトラの日本版って誰なのって訊いたら、誠はそう答えたけど?」

 「くれおぱとら……」

 間違っちゃいない、間違っちゃいないが、と、雪路はモヤモヤした。

 (小野小町の頃の美女は、現代では美女ではありません)

 喉まで出かかる思いをグッと堪えて、あの、と変わりに控えめな声を上げる。

 「エリックさん、あの、誠さ……藤埜大尉は、中にいらっしゃいますよ?」

 自分も鉱山を持っているはずのエリックが、この時間にここに居るということは、同じ立場の誠に用があったのだろうと踏んでの言葉。

 しかし、エリックはヘラリと笑って首を振る。

 「いいや、きっと俺は君に出会いに来たんだ、そんな気がするね」

 「はあ……?」

 これまた変わった人だなぁと思わず曖昧な相槌になった。

 (これが、魔女の息子で、藤埜大尉とかアントワーヌさんとかメルヴィンさんの兄弟なんでしょ?)

 もうわけがわからないぞ、と思わず困惑していると。

 「何事だ、騒々しい!」

 ガチャリ、と、鉄の扉が開いて誠が現れた。

 その目が雪路を見て、エリックを見て、ビシリ、と眉間の皺が深くなる。

 「貴様、そこで何をしている。仕事をする気はないのか」

 「す、すみません」

 低い声で言われて、ビクリと肩を震わせた。

 「す、すぐ行きます……!」

 「この子は俺が引き留めてたんだよー」

 エリックが軽い声で仲裁に入るも、誠の表情は変わらない。

 「お前もだ。何しに来た」

 「可愛い弟に酷い言い草だなぁ」

 「黙れメリケン」

 相当に不機嫌そうだと察して、雪路はジワリジワリと二人から距離を取る。

 「あの、じゃぁ、私、行きます……」

 小声で言うと、ギロリ、と誠の視線だけが寄越される。

 「駆け足!」

 「は、はい!」

 鋭い一喝に、ビクンと飛び跳ね、雪路は今度こそ担当区に向け、坑道を走り出した。



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