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担当区には、机が三つほどの小さな事務室があった。二人の書記官がいて、ようこそいらっしゃい、と穏やかに雪路を迎えた。
椅子に座って集計の用紙を渡され、この書類を見てこうするのだ、と、採掘現場から上がって来る報告書類の見方や、それを用紙へ纏める集計方法を教えて貰う。
「慣れれば単純作業だから、すぐ覚えるでしょう」
「頑張ります……」
書記官に教わりながら、確かに作業自体は複雑でない事に、少しホッとした。
「そう固くならんでいいですよ。立場的には俺達の方が下だし、ここには鬼はおりませんから」
「鬼?」
キョトンと資料から顔を上げると、書記官二人はクスリと笑い、それから眉間に皺を寄せて帽子を被る仕草をして見せる。
「ウチの鉱山にいる、和製の白鬼」
プッと、雪路は思わず吹き出す。
「な、なんとなくわかりました……!」
「あの人は言っとる事は正しいんだが、冗談が通じないし、とにかく直球なのがいけない」
背が高い方の書記官はそう言って、ふう、と溜息を吐いた。
「と、内緒ですよ、雪路さん。他の花嫁候補にも言っちゃダメですからね」
「アンタは他の花嫁候補と違って、儂等の事を見下してないようだから、仲間意識持ってこっそり言うとるんですから」
年配の書記官もそう言って、ほほほ、と白い髭を扱く。
「それって、あの、竜の件で?」
鉱夫を庇った事で、工女や鉱夫に好印象が広がっているとは、ウェンディも言っていた。
しかし、それにしても初見で信用し過ぎだろうと驚くと、いや、と二人は首を振る。
「噂のこともあるが、何よりアンタ、儂らに敬語使っとるじゃろ」
「え」
「入って来た時も、失礼します、席に案内した時も、ありがとうございます、と、当たり前にちゃんと挨拶したからなぁ」
「え、でも、それ、普通ですよね?」
ここで一番偉いはずの誠ですら、地図を差し出した書記官に、すまん、と一言労いを掛けていたくらいだ。雪路程度ならば、年上の、仕事を教えてくれる相手に礼儀正しくするのは当然だと思っていた。
「普通じゃないですよ」
若い書記官は苦笑いする。
「この世界では、魔女様とその御子息、そして花嫁候補以外は奴隷みたいなモンです」
いくらでも替えのきく有象無象として、魔女は彼等を扱うし、花嫁候補達もしかり。
「その点では、藤埜大尉は鬼だが公平な方ですよ。あの人は俺達をちゃんと人間だと思っていなさる」
「アンタの前の花嫁候補なんざ、儂らがこうやって机突き合わせて仕事するのすら嫌がりおったわ」
ほほ、と笑い飛ばす年配の書記官だが、まさか、と雪路は目を丸くする。
(思ったより、ここって文化や価値観が日本と違うんだな……)
そう思っていると、再び若い書記官が口を開いた。
「とはいえ、最初から全部の花嫁候補がそこまで酷かったわけでもないんですけどね」
「え?」
視線を向けると、ええ、と続ける。
「外の時代の変化もあるんでしょうよ。新しく来る花嫁候補ほど、最初は我々にもそれなりに親しみのある態度を取る」
「だが、そのうち回りの花嫁候補に流されて変わってしまうわけですわ」
年配の書記官は、ふふ、と柔らかく笑った。
「アンタは変わらんで下さいよ。確かに竜の話の件もありますから、皆、アンタを歓迎したいと思っとるんでのぅ」
パチリ、と雪路は目を瞬いた。
そして、コクンと深く頷く。
「そうします」
それは良かった、と二人は笑って、再び書類に視線を落とした。
雪路も今度こそ書類に視線を落とし、よし、と気合いを入れ、仕事に取り掛かる。




