2-7
月曜の朝。
「ちょっと雪路、いいかしら?」
「はい?」
そろそろ出ようかと玄関ホールに差し掛かったところで、雪路はイザベラに呼び止められた。
「おはよう。なぁに?」
「貴方、〝狩人の試練〟合格してるんですって?」
どことなく険のある声と、イザベラの周りに立っている五人ほどの取り巻きの表情を見て、ああこれはちょっとまずい、と雪路は思った。
「うん、そうみたい」
頷いて、チラリと玄関を見る。
花嫁候補ではないウェンディは、四六時中一緒にはいられない。基本的に工女の寮に住んでいるし、雪路付きの侍女といっても本業は鉱石の加工。今日、会えるのは仕事の終わる夕方以降だ。
今この場に味方はいない、と、再確認。さて、何がイザベラの気に触ったのだろうかと慎重に首を傾げる。
「……ええと、私、何かした?」
「いいえ、別に良いんだけど」
別に良いならそんな話し方しないし、そんな顔しないでしょ、と心中で思いつつ。吐き捨てるように言って、白々しく形ばかり笑うイザベラに、先を促す無言で応じる。
「でも、ほら、これから一緒に頑張る仲間じゃない、私達って?」
雪路が無言で話を聞いているのに少し溜飲が下がったらしく、イザベラは肩を竦めてそう言った。
「それなら普通、どんなに疲れていても、挨拶した時に、実はこの試練は通ってます、って、話さない?」
そんな事を気にしていたのか、と、思わず呆れかけたけれど、まぁこういう所が面倒なのが人間関係か、とも思う。
「お互いライバルみたいな立場だけど、私達としては、仲良く皆で助け合っていこうと思ってるし。そういうの隠すのって何か、抜け駆けって言うとアレだけど、ちょっと和を乱すと思うのよね、って」
ね、と、同意を求められた周囲は、うん、そうね、と台本でもあるように綺麗に肯定。
「まぁ、雪路は入って来たばかりだし、悪気とかなかったのは分かるんだけど。気にする人もいると思うから、気を付けて、って、それだけ」
気にする人、って主に貴方でしょ、という本音は顔にも声にも出さず、雪路はコクンと素直に頷いた。
「そっか、ごめんね。うっかりしてた」
申し訳なさそうに言って、ついでに少しゴマを擦っておくことにする。
「次から何かあったら、イザベラに相談してもいいかな?」
「もちろんよ」
途端に、宜しいとばかりイザベラは微笑んだ。誰かに相談する、ではなく、イザベラに相談する、許可を取ると遠まわしに確約したことで、誰が偉いか分かっているな、と満足したらしい。
「何でも言って頂戴。私達、友達じゃない」
「うん、ありがとう」
面倒くさいトモダチだなー、という本音は綺麗にどこか空の彼方にぶん投げるのが女子高生の嗜み。ひとまず穏便に済んだと一安心。
「お仕事今日からでしょ?頑張ってね」
「うん、ありがとう。イザベラや皆も頑張ってね」
ちょっと面倒くさいけれど、うまくやっていれば表面上はそれなりに良い人なのだ。実際、自分の忠実な子分だと思っているうちは、自分のプライドの為にも多少守ってさえくれるのがこの手のタイプ。
「お先に行くね」
別に下剋上して親玉になりたいと思うほど我も強くないし根性もないので、雪路は利口な子分でいようと決めて、イザベラに手を振り玄関を出た。
(……とはいえ)
チラリと、玄関の外、中庭にある屋外時計を確認。
「やばい、遅刻しそう」
まさか初日から、職場まで全力疾走する羽目になるとは、思わなかった。




