11-4
朝食の後にゆっくり休んでから、午後になる前に寮まで送って貰うことになった。
「あの、お仕事とか大丈夫ですか?朝ですし、急がしいなら……」
出来れば少しでも長く一緒にいたいのが本音だけれど。負担になるのは嫌なので、ソワソワと玄関前で問うと、アントワーヌは笑って首を振る。
「今日は日曜日だが?」
「え」
「俺にも休みくらいあるぞ?」
クスクス笑われ、そういえばそうだった、と思い至る。
「あ、いえ……その、つい、うっかり……」
「休日だからな、このまま一日いても良いくらいだが、一度帰さないと、お前の友人が心配するだろう?」
それはどうかな、と、雪路は思った。
(アントワーヌさんの所だって分かってるし、むしろ、一日なにしてたの、って茶化されそう)
そこまで考えて、そういえば、一泊してしまったのだと改めて気付く。これは既に、相当な誤解というか、想像を逞しくされているかもしれない、と。カレンやウェンディからの追求を思い、思わず怯む。
「うう……確かに、一度帰らないと尾鰭背鰭で寮中に誤報が拡がる可能性も……」
「誤報?」
聞き返されて、ハッと口元を抑える。
「あ、いえ……その……あの……」
目を泳がせた後、いえ、とボソボソ、雪路は呟いた。
「……その、お泊り、しちゃったので……」
ああ、と、悟ったような頷きがあった。
「では、やはり午後になる前に送るべきか」
笑って、玄関扉に手を掛ける姿、慌てて横に並んだ。
「……あの」
屋敷を出る前にと、咄嗟に、袖を引く。
「ああ?」
「あの……つぎは」
次は、いつ会えますか、と。訊いて良いのかな、と。やっぱり、甘え過ぎると負担にならないかな、と。一瞬、グルグルと迷っていると。
「雪路」
するり、と、頬に指の甲で触れてきて。顔を上げると、小さく笑う。
「……いつでも、お前が呼ぶなら、また会いに行く」
水曜以降なら時間が取れるが、と首を傾げられ、慌てて予定を頭に思い浮かべた。
「あの、じゃぁ、じゃぁ、木曜日の、夕方は?」
「ああ、かまわない。食事にでも行くか」
「はい!」
パッと、それでウッカリ素直に表情が明るくなってしまって、ハッとした瞬間、クスクスと優しく笑われた。
「あるいは、いつでも。俺の鉱山に来れば……いや、それは……補佐的に無理か。そうだな、夕方以降なら、ここで歓迎しよう」
好きな時に来てくれて良い、と。
「どうしても忙しい時は、小一時間くらいしか、という時もあるだろうが。それでも、お前の為なら時間を取るのは苦じゃない」
なにしろ、こちらからは中々会いに行くのが大変だから、と。
「工女の寮などは不意打ちで俺が現れると大騒ぎでは?」
「あー……確かに」
確かにそれは色々と大惨事になる、と雪路も頷いた。
それから、じゃぁ、と、思い出して首を傾げる。
「木曜日、どうやって会いに来てくれるつもりです?」
「外で待ち合わせても良いが……」
もしも良いならば、部屋まで迎えに行く、と言われて。
「でも、寮に来たら大騒ぎって?」
「窓を開けておいてくれ」
「え、まさか、煙突の無い家に入るサンタクロースみたいに入る気ですか?」
窓から入る泥棒、というと響きが悪い気がして、何とか言い換えた言葉は、コロコロとおかしそうに笑われてしまった。
「いや、そういう入り方を想定したのではなかったが。そうか、サンタクロースのような登場が望みか。なるほど、プレゼントは何がいい?」
「プ、プレゼントはいりませんけど!」
これでも気を使った表現だったのに、と。膨れる雪路の頬を、指先で撫でて、アントワーヌは首を傾げる。
「移動の魔法があるだろう?」
「あ、そっか」
「あれは、〝主がいる場所〟に入る時は、必ず、一度はその場所の主から招かれなければ使えない」
窓を開けておいて欲しい、というのは、それが招く、という意味になるからだという。
「そういうことですか……」
ようやく納得した雪路は、それじゃ、と頷く。
「じゃぁ、木曜日、窓、開けておきますね」
「ほんの僅かで良い。寒風を入れて体調を崩さないように」
「それ、お医者さんっぽいセリフですね」
クスクス笑うと、そうか、と頬がもう一度撫でられる。
「センセイ、とか呼びます?」
「……その呼び方は、色々と罪悪感があるからやめてくれ」
苦笑いする顔に、うふふふ、と笑い返して、雪路は頬に触れる手に自分の手を重ねる。
今は手袋をしているけれど、それでも、体温が心地良かった。
(帰りたくないな)
こうやって撫でていて欲しい。他愛ない事を話して、他愛なく笑っていたい。
それでも、やっぱりそろそろ帰らないとと、名残惜しく手を放す。
「よし、帰ります!」
未練を振り払うように言うと、一瞬おいて、背中に手が回ってきて。
「Ma Chérie」
ちょんと、一瞬触れるだけのキスだった。
それでも、パッと固まって動けなくなる雪路を見て、珍しくしてやったりという顔で金の目は片方だけパチリと瞬いた。
「外でしたら嫌がるかと思ってな」
別れの挨拶、と。笑う声に、うう、と雪路は唸る。
「嫌ってことは、ありませんけど……!」
急にされたら死んじゃいそうになる、と、どう抗議しようかモゴモゴしている内に、ガチャリと扉を開いて、アントワーヌは外に出ながら振り向いた。
「よく晴れている。いい朝だぞ、雪路」
その顔が、楽しそうだったので。
「……はい」
まあ、いっか、と。雪路は笑って、その隣に並んだ。




