2-5
花嫁候補は基本的には特権階級で、生活が保証されている。しかし、全く仕事がないかと言えばそうでもなかった。
「鉱山経営の補佐?」
「そう」
一夜明けて、雪路はウェンディに連れられ、街を歩いていた。日本で言うところの土曜日らしい今日は、この世界では午前は仕事、午後からは休日扱いであるらしい。
時刻は午前十一時で、街のあちこちを行き交う人々は、目前に来た休日を前に、どこか少し浮かれて見える。
「花嫁候補は、工女や鉱夫のような重労働は求められないけれど、魔女様の御子息の補佐が役割として課せられるのよ」
ウェンディはそう言って、煉瓦の建物越しに見える鉱山を指差した。
「魔女様の御子息は全部で七人。それぞれ、メインの産出物が違う鉱山をお持ちなの」
「昨日のメルヴィンさんみたいな?」
「そう」
ウェンディは頷いた。
「メルヴィン様は主に琥珀が主要産物な鉱山を支配していらっしゃるわ。魔女様の四男で、花嫁候補達の試練などに関わる件についての審査権も持っていらっしゃる方」
「へぇ」
頷いた時、カラーンカラーンと金属を打つ音が響いた。
「路面電車が来るわ」
ウェンディに手を引かれて道の端に寄ると、ゴトン、ゴトン、とオモチャのような臙脂色の路面電車が二人の横を通過して行く。座席からはみ出して、昇降用のタラップ部分に立っていた鉱夫がチラリと振り向くと、ニッコリとして手を振った。
「貴方、噂になってるの」
ウェンディはクスクスと笑う。
「普通の花嫁候補達は、私達工女や鉱夫の事なんて見下していて対等には扱ってくれないけど。新しい花嫁候補は、体を張って鉱夫を竜から庇ったらしいぞ、って」
「あれは、工女とか花嫁候補とかわかってなかったし……。偶然そうなったみたいなところあるけどなぁ……」
ちょっと照れて呟くと、あら、とウェンディは首を傾げた。
「工女や花嫁候補のこと、分かっていたら、私達を見捨てたの?」
「いや、それは……」
「でしょ?それに、工女や花嫁候補どころか、何も分かってない初対面の相手の為に竜の前に出た、って。それこそ、お人好し極まれり、じゃない?」
ふふと笑って、さて、とウェンディは再び鉱山の方を見た。
「補佐の話だけど」
「うん」
チョイチョイと手招きして歩き出すウェンディと並んで、歩きながら会話を再開。
「補佐の仕事は、花嫁候補と御子息の顔合わせの意味も持っているから、七人の御子息の下を二から四週間で異動しながら務めるのが通常」
「なるほど」
なかなか仕組みがキッチリしているのだなぁと感心していると、そこで、とウェンディは振り向いた。
「貴方もひとまず、月曜日からの最初の勤め先を決めないとね」
「ああ、そうか……」
パチパチと目を瞬いて、雪路は自分の体を見下ろした。クローゼットに用意されていた衣装は、この街に馴染む古き良き西欧のお嬢様といった、ブラウスにスカート、そしてコートだった。
「……スーツとかいるの?」
「いいえ、それは大丈夫よ」
真っ黒なリクルートスーツを連想して問うた雪路に、ウェンディは首を振る。
「基本的に花嫁候補は事務仕事だし、何を着ていても良いの。皆、華やかで可愛い服を好むわね」
「私服通勤のOLみたいな感じか」
「おーえる?」
ウェンディは首を傾げたものの、特に気にする事でもないと判断したのか話題を戻した。
「で、雪路、貴方、どの御子息のところがお望み?」
「へ?」
顔を上げると、小首を傾げたウェンディは口を開く。
「私、貴方の侍女みたいなものだから。明日までに貴方の希望の先に申請を出さないといけなくて」
「ああ、そうなんだ」
納得して、ううん、と雪路は鉱山を見上げた。
「どの……って言っても……」
そもそも雪路が見た事のある魔女の息子は、昨日のメルヴィンとアントワーヌだけだ。
「……それなら、アントワーヌさんがいいなぁ」
見た目は気難しそうだけれど、物腰が穏やかで優しい人のようだったし、とそう思う。
「アントワーヌ様?」
ウェンディはパチクリと目を見開く。
「お会いしたの?」
「うん。昨日、屋敷の手前まで送ってくれたんだけれど……」
「まあ!?」
驚いた様子で口元を抑えたウェンディに、何か珍しいことなのだろうかと首を傾げる。
「ウェンディ?」
「あの方は、御子息の中でも特別な方よ」
ウェンディはそう言って、街の西の方を見た。
「魔女様が最も信を置いていらっしゃる長男様で、白金と金、銀を主要とする鉱山を支配する御方」
「長男だったんだ……」
確かに言われて見れば面倒見が良さそうな感じがすると、少し納得。
「大変気難しくて寡黙でいらっしゃるし、街の法と秩序を管理する方でもあるから、工女や鉱夫はもちろん、花嫁候補達でさえ恐れている方でもあるわ」
「え?」
気難しそうなのは見た目だけじゃないのか、と思わず聞き返すも、ウェンディは一人納得したような顔で頷いていた。
「でも、そうよね、お会いしたならあの方が気になってしまうのも無理はないわ。だってあんなに人形みたいに整っていらっしゃる方だもの」
多くの花嫁候補が恐れると同時に慕うのだと、ウェンディは言った。
「イザベラが御執心の相手でもあるのよ」
「え」
栗色の巻き髪が脳裏に蘇る。
「さっき、花嫁候補は数週間で異動するのが基本だと言ったでしょう?」
ウェンディは少し声を落として顔を寄せて来た。
「でもねイザベラは、他の花嫁候補が誰も逆らえないのを良い事に、ずうっとアントワーヌ様の補佐をしているのよ」
「えええ……」
思わず笑いが漏れる。
「それは本当に御執心なのね……」
「そう。しかも、自分の他には、自分のお気に入りの花嫁候補しか、補佐の申請をしないよう見張ってる」
「……虫除け?」
「そういうこと」
ウェンディは頷いて、だから、と少し残念そうな顔をした。
「たぶん、アントワーヌ様のところは無理ね」
「そっかぁ」
ちょっと残念に思いつつ、雪路は頷いた。
「……そうすると他に誰か良さそうな人とか、逆にこの人は無理そう、って人はいる?私、他にはメルヴィンさんしか見た事ないんだけれど……」
するとウェンディは少し考え込んで、それから口を開いた。
「雪路って、名前からして日本人よね?」
「え、う、うん」
唐突な問い掛けに頷くと、それなら、とウェンディは街の東の方を振り向いた。
「それなら、同じ日本人の方なんて、どうかしら?」




