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シャワーを浴びてから辿り着いた自分の部屋。
「〝狩人の試練〟に、合格判定!?」
雪路の話を聞いたウェンディは、目を剥いて口元を両手で抑えた。
「本当に!?凄い快挙だわ!」
「そうなの?」
パチパチと目を瞬き、雪路は首を傾げる。
部屋は全体的に白で統一されていた。備え付けの家具は、天蓋付きの大きなベッドに、背の高いクローゼットと猫足の三段の箪笥、そして化粧机に小さな椅子。どれもアンティークで可愛らしい作りで、時代を問わず少女受けの良さそうな部屋である。
化粧机の前の、白いクッションが付いた椅子に座ったウェンディは、ベッドに座る雪路を驚愕の表情で見詰めていた。
「〝狩人の試練〟は、今まで五十年以上、魔女様が花嫁候補を探し初めてから一人も、合格者がいないのよ」
「え?」
雪路は目を見開いた。驚いた拍子、足首までの寝巻きのズボンを履いた足で、淡いベビーブルーの絨毯が敷かれた床を軽く蹴る。
「そ、そうなの?」
「そうよ。だって普通、さぁ試練はこちらです、戦いなさい、って、あんな竜が出て来て、棄権しない人がいる?」
いないな、と、それは思った。
イレギュラーな状況で、棄権したくても出来ない状態だったからこそ雪路だって立ち向かったのだ。もしも審判がいて、いつでもリタイア出来る状況だったなら、真っ先に白旗を上げただろう。
「稀に立ち向かう人もいたらしいけれど……皆、勝てなくて食べられてしまったそうよ」
「えええ……」
他人事ではなかっただけに、ゾクリと全身に鳥肌が立つ。
「そんな……棄権すれば良かったのに……」
「命よりも名誉が惜しかったんでしょうね」
ウェンディは少し視線を伏せた。
「雪路、試練を一度でも途中で棄権すれば、その人は花嫁候補としての資格を失うのよ」
「資格を、失う?」
聞き返すと、そう、と、ウェンディは頷いた。
「この世界の人間はね、皆、魔女様に外の世界から連れ去られて来た人間なのだけれど……」
その立場は、魔女やその子息を除けば三つに別れるのだと言う。
「一つは花嫁候補。これはこの世界において、魔女様、そして、魔女様の御子息達に継ぐ特権階級」
あらゆる面で優遇され、肉体労働をすることは無い。
「二つ目は、鉱夫。主に鉱山での肉体労働をさせる為に連れ去られてきた男を指すけれど、肉屋や八百屋、仕立屋みたいな役割を与えられた男、つまり労働力になる男達も、纏めてそう呼ぶわ」
そして、とウェンディは自分を指差した。
「私のような、工女。主に鉱山で取れた鉱石を加工したり、あるいは花嫁候補達の世話、その他、労働をする女性全般を呼ぶの」
「鉱夫の、女性版?」
雪路の言葉に、ええ、とウェンディは曖昧に頷いた。
「だいたいは。でも、決定的に違う点が、ひとつ」
そうして真っ直ぐ、雪路を見た。
「私達工女の一部は、元は花嫁候補だったのよ」
「え」
面食らって見詰め返す。
「元は花嫁候補って……?」
「試練を失敗して棄権した花嫁候補は、命を救われるかわりに工女に身分を落とされるの」
沈黙して、雪路はウェンディを見詰め返した。
「……私も、棄権した一人」
ウェンディは少し悲しそうに微笑む。
「花嫁候補達の大半は、工女を見下しているわ。私も、今となっては恥ずかしけど……そうだった」
試練を棄権すれば、見下していた卑しい身分になってしまう、と、その思いが花嫁候補を慎重にしているらしい。
「多くの花嫁候補は、一つだけ、最も簡単だと言われている〝櫛の試練〟だけを受けて、後は慎重に、慎重に、中々試練を受けないものなの」
そんな中で、あのイザベラは、〝狩人の試練〟を除く三つに合格したらしい。
「それで、あの子は誰よりも多くの魔法の力を持っている」
試練を合格する事で手に入る、それぞれ異なる魔法の力。三つの試練を合格し、三つ分の力を持ったイザベラは、まさに名実共に、対等に戦える花嫁候補はいないとされているのだった。
「でも、そのイザベラでさえ、最難関の試練……〝狩人の試練〟だけは今だに避けている」
三つの試練をクリアし、いよいよ、残った最後の試練を受ける時、その時には魔女が直々に審査を行う。 そして、魔女が審査を行う以上、その試練は通常よりも更に難易度が上がるのではないか、と囁かれているそうだ。
「ただでさえ最高難易度の試練を、魔女様直々の難易度上昇版、最終試練として残しちゃったから……」
名実共に最有力でありながら、あと一歩が中々踏み出せない局面に立たされているのがイザベラだった。
「それが……〝狩人の試練〟を最初に合格しちゃうなんて……」
改めて、ウェンディは雪路を見て困ったような笑いを漏らした。
「もしかしたら、貴方こそ、本当に最有力候補、なのかもね」
「まさか……」
雪路は首を左右に振る。そして少し間を置いてから、おずおずと口を開いた。
「……ねぇ、ウェンディ、皆、魔女様に攫われて来たんだよね?」
「ええ」
「……帰りたくないの?」
途端に、ウェンディは困惑して視線を落とした。
「……帰りたかった。でも、私は、もう無理よ」
「どうして?」
問い返すと真剣な表情で顔を上げ、椅子から立ち上がる。
「工女になって、魔法の力を失ってしまったから」
雪路の隣に座り、ウェンディはギュッと雪路の手を握った。
「雪路、貴方は命の恩人だから忠告するわ」
「う、うん?」
「試練は慎重に受けること。この世界から出たいのなら、花嫁候補でい続けるしかないわ」
ハッと、雪路は目を見開いた。
「……どういうこと?」
「魔女様が後継者を探しているのは、自分の留守を任せたいからだと言われているの」
ウェンディは少し声を潜めた。
「この世界は永遠の富と若さが約束された世界。ね、こう聞くと、ある意味では理想郷みたいなものでしょ?だからこそ、その支配権を狙う者は多い」
故に魔女は、長くこの世界から出る事が出来ずにいるそうだ。
「魔女様は、自分が留守にしている時に、この世界の支配権を守る、もう一人の魔女を欲しているという話なのよ」
魔女の後継者になると言うことは、即ち魔女と同じだけの魔法の力、外敵を打ち倒す力を与えられるということになるはずだと、この世界の住人達は考えているらしい。
「だから、貴方は、花嫁候補でいる必要があるのよ」
「……後継者になれば、元の世界に戻る力が手に入るってこと?」
「そう」
ウェンディは頷いた。
「おそらくね。それが最も現実的な、帰る方法じゃないかって、私達は思っている」
雪路は黙り込む。
(……そんなの、いつになれば帰れるか……)
先の長い上に終わりが予想出来ない話だと、溜息が漏れた。ウェンディの話の限りでは、もう五十年も魔女は後継者を探しているのだ。それは即ち、五十年かけても、誰も全ての試練を乗り越えられなかったということ。
果たして自分に出来るだろうかと、不安しか浮かばなかった。
消沈した雪路の肩を、ウェンディはポンポンと叩いてくれる。
「後ろ向きになってはダメよ、雪路。私も最初は凄く不安で、焦って……でも、焦っても、良い事なんてなかったから……」
その真から噛み締めるような声に顔を上げた。
「私はダメだったけど」
ウェンディは、勇気付けるように微笑んだ。
「貴方は初めて〝狩人の試練〟を乗り越えた、期待の新星だもの。大丈夫、きっと、出来るわ」
「……ウェンディ」
「ふふ、そのオコボレ、ちょっと狙ってたりするから、宜しくね」
「え」
思わず目を丸くすると、ふふふ、と笑い出すウェンディ。
「本来、工女って花嫁候補が嫌いなものよ。私だって、いつもなら花嫁候補のお付きに立候補なんて絶対しない。でも、貴方に着いていったら、もしかして、なんて思っちゃったの」
「ショックー、下心ありの親切だったのかあ」
ふふん、と、悪そうな顔を作って笑うウェンディに、釣られて雪路もクスクス笑った。
「でも、八割は、本当に命の恩人への御礼の気持ち」
笑いながら、改めてウェンディは手を差し出した。
「二度目だけど、よろしくね。一緒に頑張りましょう」
「うん」
二度目の握手。
(……味方がいないわけじゃない)
帰る目処は結局立たないけれど。握手した手が誰かの体温で少し温かいことに、ふと、そう安心はできる。
「うん、私、とにかく頑張らないとね」
雪路は暗くなりかけた気持ちを吹き飛ばした。




