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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.10
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10-7

 キラキラとした甘いイチゴとクリームのケーキまで堪能して、とりとめもない、身近な人のことや、苦手なもの、好きなもの、そんな事を話していた時間は終わってしまった。

 タップリと何もかも揃った時間で、お腹も満ち足りて、気持ちも満足しているはずなのに。

 魔法で皿が全て消えて、唯一残っていた、ココアのカップも空になる頃。満足しているはずなのに、何か、まだ物足りないような、もう少し、もう少しこうしていたいような、心地良くて少し悲しい焦燥がある。

 「真夜中だ。送ろう」

 コート掛けから自分のコートを取ろうとする雪路に、アントワーヌも外套を掴んでそう言った。

 「あ、えと……はい、ありがとう、ございます」

 大丈夫です、と言おうとして。けれど、せめてまだ帰り道は、と。迷惑かもしれないけれど、もう少し側にいたい、と。断れなくて、小さく頷く。

 (……また、こんなこと、あるかな……)

 キュッとコートを握り締めて、少し物悲しい気がして視線を遠くの床に伏せた。

 すると、一瞬の間を置いてからバサリと、アントワーヌは自分の外套をコート掛けに戻す。

 「日付も変わる頃だ。いっそ泊まっていくか?」

 「え?」

 パッと、思わず期待して顔を上げてから、ハッと、カレンやウェンディとの会話が脳裏を過ぎる。

 (こ、こるせっと)

 何を考えているんだと、自分でも思うけれど。そんな事を即座に、一瞬でも考えてしまう自分に、サアッと恥ずかしくて顔に血が上るのだけれど。

 (ど、どうしよう、どうしよう……!?)

 本当なら、一も二もなく頷いてしまいたい。もう少し、一緒にいたい。出来るなら、明日の朝一番に、会えるなんてとても嬉しい。

 けれど、紛いなりにも年頃の女の子が、泊まっていけの一言に、早々に嬉々として頷いては、はしたないと思われないだろうかとか。

 (だって、まだ、私、好きですともいってないし)

 きっと何もない。でも、もしも、もしも、万が一、そんなことになったら、と思って頭が真っ白になるくらいに恥しいような焦るような。

 「客用の部屋は二つある。好きな方を使えばいい」

 雪路が真っ赤になってアワアワしている間に、アントワーヌは特に何ともない様子で軽くそう言った。

 「あ……」

 客用の部屋、と。その言葉に、ストンと、一気に思考が落ち着く。

 (あ……そっか、客間……)

 考えてみれば、それ以外にあるまい。単に深夜になってしまったから、遅い時刻まで話し込んでしまった客人を泊めようという、そのままの意味なのだ。

 (……わ、私、何を考えてたんだろ……)

 今度こそ火が出るほど恥ずかしくなって、無意識に俯きながら、小さく、はい、と声を出した。

 「……お言葉に、甘えます」

 「案内しよう」

 手招きされて、慌てて隣に付いて行く。階段を上り、初めて踏み込む二階。廊下の奥に並んでいる二室の扉を両方開き、どちらが良い?と問われた。

 「あ、色が違う!」

 覗き込んだ二つの客間は、どちらも広さは同じくらいだったけれど、全体的な色や雰囲気が大きく違う。

 「こっちは図書室みたいですね」

 本がぎっしり詰まった大きな書棚がある右手の部屋は、落ち着いた薄い薄いグリーンの壁紙に合わせて統一されている。天蓋付きのベッドは深緑の天鵞絨の天幕が付いていて、ベッドヘッドにはセピア色の光を放つスズラン型の読書灯が付いていた。

 足元は、森の中の芝のような毛足の長いフワフワの絨毯で、クローゼットや化粧台、小机は温かみのある濃いブラウンの木製。

 一晩中でも、篭って読書するには最適の部屋と思われる。

 対して、左手の部屋は青かった。

 「こっちは海って感じ」

 フローリングの床には、中央部だけ、グレーの円形ラグ。壁紙は薄いブルーで、ベッドは金属製。シーツはブルーで、淡い白や青や黄色のクッションがこれでもかと積まれている。化粧台や小机はやはり金属製のフレームで、少しヴィンテージ風の加工がしてあった。ベッドに天蓋が無いかわり、ペーパークラフトが揺れている。

 「どっちも、テーマパークのホテルみたい」

 「右はメルヴィンの趣味で、左はニコロの趣味だ」

 ワクワクと見回す雪路に、アントワーヌは肩を竦める。

 「改装したいと言った時に、任せろと言うから、好きにさせた結果、こうなった」

 「じ、自分の家なのに、良いんですか……?こう、自分の趣味とか、入れなくて……」

 「客間だからな。普段から自分が使うわけでもない」

 ざっくりした返答に、意外なところで大雑把だな、と雪路は思わず笑った。

 「メルヴィンさんは緑、ニコロさんは青が好きなんですね」

 「そのようだな。……お前は?」

 「うーん……。どっちも捨て難いですが、緑で!」

 天鵞絨の天蓋付きベッドの魅力に抗えずに部屋を選び、そちらへ数歩入って、そうだ、と、振り向く。

 「アントワーヌさんは、何色が好きなんですか?」

 外套の色がそうだから、イメージする色は黒だった。実際、どこか近寄り難いほどの品位があるアントワーヌには、黒が映える。

 「黒とか、イメージですけど……?」

 小首を傾げる雪路に、一瞬、金の瞳は迷うような間を置いてから、細まった。

 「……黒は、嫌いではないが、好きでもないな」

 そして、しかし、と優雅に歌うように、続ける。

 「お前の髪や目の黒は、好ましい」

 その言葉に、雪路の心臓は飛び上がった。

 「よく似合っている」

 それに服も、靴も、今日は一層特別で良い、と。褒められるたびに、心臓が爆発しそうに飛び跳ねて。

 「あ、りがとう、ございます……」

 思わず血が上ってきている頬を両手で押さえて答えると、笑って、ポンポンと頭を撫でられた。

 「お前はかわいいな」

 「そ、それ」

 死んでしまいそうなほど嬉しいけれど、同時に、ちょっとだけムッとするのは、その撫で方も、言い方も、何だか子供を褒めるようなものに見えたから。

 「私……その、アントワーヌさんからしたら、子供……に、見えるかもしれませんけど……、でも」

 両手を頬から外して、なんとなく、両手の指先を絡めたり解いたり。

 「……あの、子供扱いの〝かわいい〟は……いやです」

 目を逸らして、自分の指先を見詰めながら、そうボソボソと主張する。

 「……私、ちゃんと……ちゃんと、アントワーヌさんには、かわいいって、思われたいです……」

 微笑ましい、という意味だけの〝かわいい〟ではなくて。綺麗だ、と、魅力的だ、と。

 恋愛対象として、〝かわいい〟と思われたいのだと。

 きっぱり言い切ってしまうには、一歩勇気が足りなくて、けれど、ほんのりと、気持ちは伝わって欲しいような気もしていて。

 (……わたし、あなたのこと、すきなんです)

 言いたいけれど言えない。

 (あなたに片思いしているんです。だから、かわいいね、って、綺麗って、いい子って、女の子として思って貰いたいのに)

 言えない事がもどかしくて、けれど言うのはまだ怖くて気恥ずかしくて、雪路は熱くなってきた頬を抑える。好きに伴う感情が、一気に意識の表面に出て膨らんで来てしまって、ちょっと潤みそうな目を、キュッと一度瞬いた。

 「……お願い、子供扱い、しないで」

 細く訴えた後に、一瞬の沈黙があった。それから腰に片手が回ってきて、グイッと、抱き寄せられる。

 反射的にビクリと顔を上げると、金の瞳と視線がぶつかった。

 「それは悪い子だな、雪路」

 歌うような声と共に、細められた金の瞳は、いつもより熱がある。

 引き寄せるのとは反対の手が、ふわりと、手の平で頬を撫でた。それから、親指がすぅと目尻を優しく擦る。

 擽ったいような感触に、思わず肩がふるりと揺れた。

 「……真綿で包むように、あやしていようとしたのに」

 烟るような銀の睫毛が、ゆっくりと甘く瞬いた。やっぱり、いつ見ても人形のように綺麗で、優雅な人、と。雪路は、見惚れたように麻痺して上手く動かない頭で思う。

 けれど、覗き込んでくる瞳の奥、甘く囁く声色には、心臓が縮んでしまいそうなほどの激しい熱があって、その声を聞いた鼓膜から、その姿を見詰める瞳から、蕩けて消えてしまいそうになる。

 「今にも泣きそうな顔をしている。だから、かわいい子供にするように、優しくしていたのに」

 バクバクと心臓が疾走を開始して、殆ど相手の言葉の意味を脳が噛み砕こうとしない。ただ、何か、期待のような、怖さのような、予感がある。

 「焚き付けるような事を言うくせに、手を伸ばし難い顔を。……子供扱いではなく、こちらが大人でいようとしているのがわからないのか?」

 「あ、の……」

 頬を撫でる手の平の大きさと、抱き寄せる腕の確かさと。ドキドキとして心臓は休まらないのに、やっぱり、そこは融けてしまいそうなほど、居心地が良い。

 思わず、その胸に頬を寄せてギュッと目を閉じた。

 髪に触れ直した手が、それを梳く。

 「雪路」

 甘い声音を聞いて、雪路は、そろそろと相手の腰の辺り、服をキュッと握る。

 「私、あなたが」

 「貴女が好きだ」

 ふわりと、震えた雪路の声より刹那だけ早く、静かな声がそう言った。

 一瞬、呼吸も止まって。現実に、思考が、追い付かない。

 それでも、無意識に、コクンと首が動いた。

 「……私、あなたが、好きなんです」

 少し掠れた声に答えるように、ふわふわと、頭が撫でられる。

 「いい子」

 甘い声音に、膝から力が抜けてしまいそうになる。現実感は、まだ、わかない。

 (……わたしのこと)

 好きだと、言われた、と。好きになってもらえた、と。きっと一気に理解すると嬉しくて幸せで死んでしまうから、じわじわと、その言葉が染み込んでくる。

 「……どうしよう……」

 じわじわと、少しずつ、染み込んで来ているのに。それでも、やっぱり、死んでしまいそうな衝動が追い付いてきた。

 「……どうしよう……、しんじゃいそうぅ……」

 泣きそうに細い声で漏らすと、クスクスと頭上で笑う気配。

 「……こうなるから遠慮していたのに。ほら、落ち着け」

 ポンポンとあやす様な声と手付きに、いっぱいいっぱいの頭でも、反射的に雪路は顔を上げた。

 「だ、だから、子供扱いは、いやです、って」

 「子供に恋をする趣味はないが」

 金の瞳は、雪路を見詰め返して楽しげに瞬く。

 「……今、この状況で、本当に〝子供扱いの真似〟すら、しなくて良いのか?」

 「え?」

 「言っただろう?子供扱いではなく、大人でいようとしているのはこちらだと」

 あやす様に撫でてくれた手が、そのまま、ゆっくりと顎を撫でて、少し苦しいくらいに上向かせる。

 「お前に好意のある男の家で、ここは寝室だ」

 今までで初めて、少し乱暴なくらいに強引な手付きに、ピタリと、雪路は息を詰めた。

 (……しん、しつ……)

 呆然と、真っ白な頭で二秒間、見詰め返していると。

 「……その反応」

 耐えきれなくなったように笑い出したアントワーヌは、再び、優しく雪路の頭を撫でて、首を左右に振る。

 「からかっただけだ。子供扱いはしていないが、こちらはこちらで、大人どころか百年越えの化物だからな。相応に落ち着いた態度は取る」

 「あ、あの、その」

 ハッと我に返って、アタフタ、雪路は首を横に振る。

 「あの、いやとかじゃなくて、いやなんじゃなくて、その……!」

 貴方が好きなのは本当で、だから、嫌だとか拒絶したいとかではないのだ、と。それは勘違いされては嫌だと、慌てた頭で主張すると。

 「……知っている」

 今度は困ったように笑って、その手が、再び顎に添えられ、少しだけ、今度は優しく上向かせる。

 「Je t’aime plus que tout」

 優しい囁きに、パチリと目を瞬いた瞬間、唇が重なった。

 もう一度、頭が真っ白になって。それでも、反射的に目を閉じる。けれど、愛しげに、数度角度を変えて掠めるように触れた唇は、ほんの少しの間そうして触れただけで、離れていった。

 「あ、の……」

 「もう遅い時刻だ。この部屋も、必要があれば他の部屋も、自由に使って良い、良い夢を」

 するりと、抱き寄せていた手が離れ、夢見心地の雪路に、そう囁きが掛けられる。

 「アントワーヌさん」

 「ちゃんと、子供扱いの挨拶はしなかっただろう?」

 「え」

 「おやすみ、雪路」

 笑って、アントワーヌは部屋から廊下へ、一歩、出て行った。

 「また明日」

 「お、おやすみ、なさい…」

 真っ白な頭のまま、ただ、条件反射的に慌ててコクコク頷いて挨拶を返すと、小さな笑い声と同時に扉は静かに閉められて。

 しん、と、静まり返る室内。

 ふらふらと、雪路は後退して、やがてカツンとベッドに踵が当たる。

 「……いま」

 ぽつりと、まだ上手く働かない頭のまま、声を発する自分の唇に片手で触れる。

 「……わたし、あのひとと、きすして……」

 思い出した感触と、遅れて来たあらゆる感情を制御出来なくて。次の瞬間、雪路は真っ赤な顔でベッドに倒れ込んだ。

 「ぁぁぁぁ……うそ、うそ………え、ええぇぇえ……」

 嬉しい恥ずかしい、愛しい。幸せで死んでしまいそうで、笑い声のような、涙声のような、そんな声が、漏れて出た。


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