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魔女と鉱石、帰還譚  作者: 空野
Chapitre.10
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10-4(1/16投稿始点)

 「やぁ、メルヴィン」

 軽い声に、メルヴィンは眉間に皺を寄せて振り向いた。

 「だめです」

 「どうして?まだ何も言ってないよ」

 大袈裟に肩を竦めて両手の平を天に向けたエリックに、聞くまでもありません、と鼻を鳴らして再び視線を書類に移す。

 「どんな用件であっても、今、私は忙しいので。だめです、貴方の下らない話には付き合えません」

 「ひどいなぁ」

 エリックは呟くと、執務室の中を見回した。部屋の主の性格を反映し、キッチリと何もかもが直角に揃って整理整頓された空間。

 「君と誠はさ、もうちょっと人生楽しんだ方が良いんじゃない?」

 土曜の夜に仕事なんて、と。わざとらしく溜息を吐いて、嫌な顔をされるのもお構い無しに、綺麗に大きさと厚さ順で並んだ書棚の本を適当に抜き、パラパラと見ては適当に戻す。

 「誠の国はイエス・キリストの教えのかわりにブシドーを奉じているから、月月火水木金金で安息日は無いのでしょう」

 素っ気なく、メルヴィンは答えた。

 「そして、我が大英帝国は敬虔なキリスト教国ではありますが、同時に騎士道の国ですので。献身と勤勉こそ美徳です」

 「色々と間違ってる気がするな、それ」

 呟いたエリックは、書棚の物色に早々飽きて、手近のソファに腰を下ろす。

 「本の順番を元に戻しなさい!そして、そこにいても構いませんが、相手はしませんよ」

 書類にサインをしながら眼鏡を押し上げるメルヴィン。

 「一見すると君と同じかそれより固そうなヘイダルの方が、なんだかんだ融通が効くよね。仕事終らなくても、まぁ何とかなるさ、って、ちゃんと夜は早く寝るし」

 「ヘイダルは融通が効くというよりは……。世話焼きなのが災いして、貴方達に厳しくしきれないんですよ。……まぁ、早寝早起きに関しては、かなり拘っているのは認めますが」

 構わず話続けるエリックに、邪魔をするなと顔を顰めながらも、律儀に返答。

 「夜闇と共に寝て、朝日と共に起きる、遊牧民の生活なのでしょうね。ええ、見習うべき習慣でしょう。特に貴方やニコロはね」

 「夜更かし常習犯って点なら、割と最近のアントワーヌも酷いけど」

 「あの人は、あの人にしか許されない仕事が大量にあるから、仕方なく起きているんです。貴方達の夜遊びと一緒にしては失礼ですし、むしろ、貴方達こそあの人に余計な心労を……」

 クドクドと小言の始まるメルヴィンに、わかってるよ、とエリックは慌てて首を振る。

 「確かにね。思えば、あの人も、君や誠ほどじゃないけどワーカホリックだ」

 「……自らの性格でワーカホリックになっているのではないあたり、我々より質が悪いですけれど」

 思わず声が苦くなる。

 「あの人が崩れては、元も子もありませんと、魔女様にも再三申し上げているのですが」

 「ほんとに」

 エリックは独り言のように頷いた。

 「……この世界を、このまま平和に続けるためにもさ。不穏分子は消しておくべきだ」

 「ええ」

 メルヴィンは、筆を止めて同意した。

 (そうです。……私は、このままの、この世界が、好きなんです)

 ようやくと作り上げた平穏。もう帰れない故国よりも、今、目の前の幸福を、大切にしたいと。いつからか、その為にメルヴィンは力を尽くしてきた。

 「ねぇ」

 そこで不意に、エリックはいつも通りの軽い調子を取り戻して、ヒラリと手を振る。

 「そういえば、さ。そのアントワーヌなんだけど」

 「はい?」

 思わず顔ごと視線を向けると、エリックは、振り向かないまま言葉を紡ぐ。

 「まぁ、今日の予定はキャンセルだろうけど……。ねぇ、花都 雪路ちゃんのこと、だいぶ気に入ってるよねぇ」

 「今日の予定……?」

 聞き返したものの、次の瞬間に脳裏を埋めたのは、聞こえて来た少女の名前と、〝毒林檎の試練〟の時のことで。

 「……あの子ってさ、色々と変わったことを起こすよね」

 エリックの声に、咄嗟に返答は、しなかった。ただ、なんとなく、もやもやとした不安を覚え、書類に目を戻す。

 (確かに、彼女が来てから、色々とイレギュラーが多発している)

 初めからして、試練の間の外での竜の討伐があったのである。

 「変化……」

 ぼんやり呟いて、その言葉に微かな寒気にも似た何かを覚えた。破壊を伴うような恐ろしい変化など、何があっても食い止めてみせると、そう思う。

 目の前の安寧を、ただ大切にしたいと、いつだって、メルヴィンは、強く強く願っていた。


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