10-2
わいわいと服を選んだ夕方から、髪型やら化粧やらもボーッと悩んでいるうちに、土曜日までの時間は浮き足立った駆け足で過ぎ去って行った。
そうして、件の日。半日仕事が終わると同時に、ヘイダルの所から焦茶の毛並みの馬を借り受けて、カレンと合流。纏めておいた荷物を鞍の左右に吊し、まずは引越し。
借り受けた馬は、サラブレッドのような細身の競走馬ではなく、鉱山間の伝令や、何かしらの工具等の運搬用に飼育されていたもので、見るからに頑丈そうな、ずんぐりモッサリした品種。鞍の両脇にそれなりの大きさの木箱を下げても、キョトンと、これで終わり?と言わんばかりに首を傾げるので、何だか積載量が少な過ぎて申し訳ない気分になった。
「手綱を引けば大人しく着いて来るよ」
おっかなビックリと馬に近付くカレンに、ヘイダルの所から連れて来るうちに慣れた雪路は、ポンポンと鬣の辺りを撫でて見せる。
「そ、それは、ね。ちゃんと大人しく躾られてるのはわかるけど……。ほら、迫力が……想像以上に大きいって言うか……」
横まで来たものの、若干引け腰のカレンに、あー、と雪路も共感した。
「確かに。迫力凄いよね」
地球ではせいぜい触れ合い動物園のポニーくらいしか間近で見た事の無かった雪路だ。借り受けた時には、それこそ想像以上の大きさ、生々しい生き物感とも言うべき筋肉の熱気と存在感に怖気付いて、あやうく、やっぱりいいです、と返しかけたほど。
それでも、辛うじて慣れて連れて来る事が出来たのは、他ならない、手綱と鞍のおかげ。
「雪路、よく平然としてるわね……」
「うーん、元々、動物好きだからかなぁ」
感心するカレンにはあえて言わないけれど。
(……読み取りの魔法、発動してるんだよね……)
触れた手綱や鞍から、騎馬戦闘の技術が読み取れたのだ。おかげで、何となく怖くなくなった。
しかし。
(……つまり、馬は武器カウント……)
馬で踏み潰す、とか、馬に蹴らせる、なんて戦術が読み取れてしまったことは、あえて怖々しているカレンに言うべきではないだろう。胸にしまい込んで置く事にして、雪路は、さて、と首を傾げる。
「忘れ物ない?そろそろ出発しよっか」
場所は花嫁候補の屋敷の庭だった。荷物を馬に吊るした二人は、これからいよいよ門を出て、そして、もう、たぶん、帰って来ない。
なんとなく、カレンと揃って背後を振り向いた。石造りの屋敷は、最終的には居心地が良いとは言えなかったのだけれど。雪路にとっては、この世界に来てからの長いような短いような今までの時間で、ずっと、ひとまず〝帰る所〟だった場所。そしてカレンにとっては、もっと長く長く、そうであった屋敷なのだ。
「……なんか、変な感じね」
「うん」
いつもなら、ここから外に出掛けたら、ここに帰って来るのだ。けれど今日、これから、ここを出たら、もう、ここには帰って来ない。
カレンはジッと自分の部屋の辺りの窓を見詰めてから、ある瞬間に、パキリと、視線を外した。
「行きましょ」
軽く言った声に、そうだね、と頷いて、雪路は軽く馬の手綱を引く。ぶるる、と軽く頭を左右に降った馬が、二人に従って歩き出す。
「あら、やっといなくなるの?」
ふと、進行方向、今潜ろうとしていた門から入って来たのは、イザベラと五人ほどの取り巻きだった。
反射的にカレンは身を固め、仕事着にしていた軍服姿のままの雪路は、引越しの為の持ち運びにと腰に吊るした軍刀の柄に、片手をかける。
(別に物騒なコトしたいわけじゃないけど……)
最後の最後に、例えば荷物を壊されるとかの嫌がらせをしてくるようなら、こちらとしても怪我人が出ない程度に抵抗しなくてはなるまい。素で構えるより読み取り魔法を発動しておいた方が俊敏に動けると踏んでの、咄嗟の動作だった。
「あら、やだ、すぐにそうやって手を出したがるわけ?」
雪路の仕草を見て、イザベラはフンと見下すように鼻を鳴らす。
「決闘三連勝して、なに?すっかり剣豪気分?」
「やあね、恥ずかしい」
「自意識過剰っていうの?」
クスクスと笑う取り巻き達にムッと眉を寄せ、けれど雪路は無言で返した。
「強くなった気分なのはイイけど。結局、逃げるんじゃない」
イザベラは腕組みして肩を竦める。
「かっこわる」
クスクスと再び取り巻き達が笑って、カレンが何か言いたげに口を開き、けれど、それを見たイザベラは口角を釣り上げた。
「カレン、アンタなんか最低じゃない?自分は負け犬のくせに、そんな自意識過剰のサムライ気取りの腰巾着になって、恥ずかしくないっていうか、プライドはないの?」
ぐっ、と、カレンは再び口を閉じる。それを見て囃し立てて笑う取り巻き達に、雪路は咄嗟に何か言い返そうとしたけれど。
「そう。そう思うなら、思っとけば?」
一度口を閉じたカレンは、けれど、そうして表情を平坦に整えると、ごくごく素っ気なく、雪路より先に言葉を発した。
そして、行きましょ、と雪路の肩を叩く。
「うん」
雪路も、出掛けた言葉を飲み込んで、馬の手綱を引いた。
(そうだね、ここで何か言い返して変わるような相手なら、引っ越す必要もないし)
反応するだけ思う壷だと割り切って、ズイズイ進めば、イザベラも取り巻き達も、馬の迫力に押された様に自然と正面からどいた。
(引越しちゃえば、もう殆ど顔を合わせることも無いし)
これで最後だと思えば、何となく気分は回復する。
そうして住み慣れた屋敷の門を出て、新しい家に向けて歩き出す雪路に向けて。
「……アンタなんかが……。絶対に、許さない」
背後から、イザベラの低い声が聞こえた。




