マグ=ソトゥーフ祭典 5
マグ=ソトゥーフ祭まで、あと一週間を切った。
ここまでくると、忙しさが一気にピークとなる。
「トーワ公国からの品は届いたのか」
「帝国の王族が遅れていて……」
「おい、誰だよパレードの担当者は!」
「西三階テラスの飾りもう30追加だ!」
ありとあらゆる声が王宮内に飛び交う中、廊下で私は声を荒げた。
「えぇ!?護衛場所変更!?」
「ああ、悪ぃな。お前らの前夜祭の護衛場所は変更だ」
廊下でノインに呼び止められ、一体なんなのかと思ったら、これだ。居心地悪そうに頭をかくノインは、資料を眺めつつ変更点を告げる。
確か、私たちの前夜祭での護衛場所は、シュヴァインや王族が集まるテラスの下の一階だったはず。一体どうして、と思わず首をかしげてしまう。
「情報の行き違いがあって……。カザウェル帝国の親衛隊がそこに入ることになった。すまねぇけど、フィート副隊長のとこに行ってどこに移動すべきか確認してくれ」
「うえー、了解」
面倒くさいけど、これも仕事の内だ。ノインに手渡された書類を持って廊下を走る。少し目を通してみると、私とゼノファーの名前に赤い斜線が引かれてしまっている。なんか悲しい。
「失礼しまーす」
フィートの部屋をノックして、扉を開ける。いつも通り、乱雑に置かれた書類の山の中をぐるりと見渡す。
が、お目当ての人がいない。代わりに、宙を舞うエルシェの姿が目に入った。
「あれ?」
「あら?セリカ様、どうかいたしましたか?」
「フィートに会いに来たんだけど」
「ああ、ご主人様なら、」
「……ここにいる」
「うわっ!」
書類の陰にいたようで、いきなり顔を出されてびっくりする。こんな忙しい時期でものんびりとした雰囲気を纏うフィートに、私は持っていた書類を手渡した。
「なんか、私とゼノファーの護衛場所変更だって」
「……理由は?」
「情報の行き違いがあって、そこには代わりに……、えと、カザウェル?の国から来た人が入るって」
「……ふぅん、カザウェルの王族親衛隊かな」
ペラペラと書類をめくるフィートが呟いた。
「……どうせ、そいつも首輪つけるんだから、こっちに任せればいいのに」
「へ?首輪?」
「……テロ対策の為に、各国の王族並びに要人、その護衛者、王宮、城下町に出入りする異国の者の使い魔には、祭りの間だけ首輪が付けられる」
「……でも、首輪って主人の言うことを聞かせるためにあるんでしょ?それ、テロ対策になるの?」
理屈が分からず首を傾げる私に、フィートは『……大いにある』と言った。
「……首輪は『命令の優先順位』を決めることができる。この国の最優先されるべき命令は国王や王族。テロを引き起こそうとしても、王族が首輪を通して命令してしまえば阻止できる」
「うわ、えげつな」
思わず自分の首に繋がっている赤い首輪を引っ張る。なんだか、えらいものを付けられてしまった。
「……この国に所属する軍の使い魔は、王の命令は首輪なしでも施行できるけどね」
「へぇ、じゃあ王様に逆らえないね」
「……『特権命令』と呼ばれるその制度も、完全とは言えないけど。国王がその機能を使って独裁者にならないよう、使い魔を無力化する程度の命令しかこなせない」
「じゃあ、攻撃には応用出来ないってこと?」
「……そう。あと、この国の宗教の枢機卿や法皇は、権力に一切携わらないかわりに王や軍の抑止力を担当している。民の安全を守る為にのみ、軍の使い魔を弱体化、または無力化する権限を持っている。
ま、これは厳しい審査を通らないと行えないけど。歴史上でも2回しか行われてない」
「ふーん、難しいんだね」
「……で、セリカの護衛場所だけど、もうないよ」
「……えぇ!?」
唐突に話を戻され、しかも意外な発言をされてしまった。慌ててフィートに食い下がる。
「な、ないって、じゃあどうすればいいわけ?」
「……他の場所に無理矢理入れても、かえって邪魔になるだけ。それだったら、セリカたちは前夜祭の護衛、しなくていいよ」
「え、えぇ~?」
どうすれば良いか分からず、途方に暮れる。じゃあ、前夜祭では私とゼノファーは何をすればいいわけ?
「……どうせなら、城下町に行って遊んだら?」
「いやダメでしょ!」
いくらなんでも、それはない。だって、仮にもシュヴァインの護衛役として選ばれたんだから、それなりの仕事をこなさないと怒られてしまう。
「……上には僕が話といてあげる。初めてでしょ?この祭り」
「いや、でも……」
「セリカ様、遠慮せずとも大丈夫ですよ。シュヴァイン様はああ見えて話の分かる人です」
「いや、問題はそこじゃないんじゃないかな……」
でも、遊んでいいと言われたら少し期待をしてしまう。仕事ばかりじゃ、やっぱり祭りの雰囲気は味わえないと思うから、余計に。
「失礼致します。フィート副隊長はいらっしゃいますか?」
「……マリア隊長」
「あら、皆さんお揃いで」
ドアが叩かれ開かれる音と共に入ってきたのは、マリアさんだった。にっこりと微笑む彼女は、フィートに資料を手渡す。
「頼まれていた資料、出来ましたよ。あと、ロベルトさんが呼んでます」
「……」
「ご主人様、行かなきゃだめですよ」
渋るフィートをエルシェが促す。わざとらしくため息をついて、フィートが立ち上がった。
「……エルシェ、帰ってきたら紅茶と甘いもの、準備しておいて」
「はい!」
「……資料、助かった」
「いえいえ。お役に立ててなによりです」
それだけ言って、フィートはさっさと出ていってしまった。じゃあ、私も帰ろうかと腰を上げたが、
「それで、セリカさんはどうしてここに?」
と、マリアさんに呼び止められてしまった。
ここの部屋の主人であるフィートがいないけど、いいのかなと思いつつ、また腰を下ろした。
「あ、えと、警備場所が変更されちゃって……。前夜祭の日に仕事が無くなっちゃったんだよ」
「あら、ならお祭りに参加されては?きっと楽しいですよ」
「えー?」
マリアさん、あんたもか。
「セリカ様ったら、遠慮なされているんです」
「あら、何故?仕事がないなら良いではないですか。それくらいなら許されます。ゼノファーさんと行ってらしたら?」
「……そっかなぁ」
そこまで言われるんだったら……、と期待に胸が膨らむ。お祭りなんだから、きっと美味しいものもいっぱいあるんだろうなぁ。
「そういえば、ゼノファーさんは最近どうです?何か、変わったことは?」
「へ?」
質問の意図が分からず、変な声が出てしまった。そんな私の言いたいことを察したのか、『変な意味はありません』とマリアさんが付け加える。
「この前まで病院に入院していらしたではないですか。それで」
「ああ、そういうこと。傷とかは大丈夫だよ。あと、魔力欠乏症もちゃんと治ってる。あ、でも、」
「でも?」
「なんか最近、変なんだよね。一緒にいるとき、ぎこちないっていうか。顔が赤い時とかあって。風邪かなって思うんだけど……」
「あらあら」
「まあまあ」
「……」
二人してにやにやして、なにが楽しいのだろう。
「やっと、ゼノファー様も乗り気になってきたようですね」
「ふふ、使い魔と主人の禁断の恋だなんて、羨ましいわ」
「はぁ?なんでそこに繋がるの?」
「まぁまぁ。あーでも羨ましいです!禁断の恋なんて素敵です!」
頬に手を当てたエルシェが、夢見心地のままくるくると宙を舞う。まったく、ゼノファーが私のことを好きとか、そんなんあり得ないから。
「セリカさんはお好きな方、いらっしゃらないの?」
「……いません。そういうそっちはどうなんですか?」
「私はいませんが……、」
ちらり、とマリアさんがエルシェに目配せする。ぴたりと動きを止めたエルシェは、ぽっと頬を赤らめた。
「……私、ご主人様のことが好きなんです」
「えぇ!?」
まさかのフィート!?
「フィート様はスッゴくお優しいんです!私が召喚されたとき、既にフィート様は四大騎士兵に名を連ねておりました。でも、私のランクはAなんです」
「え、そうなの?」
「はい。他の四大騎士兵の方々の使い魔は皆Sランク。私は、フィート様に使えるに値しない存在であると言ったのです。そうしたら、」
「そうしたら?」
「『……周りがなんと言おうと、僕は君がいい』と。もう私、その時からメロメロなんです!」
「お、おお……」
中々のドストレートな発言。フィートはどんな気持ちを込めてそう言ったのかは分からないが、少なくともエルシェのハートには突き刺さったらしい。
「種族の差により、私はご主人様と添い遂げることは出来ません。将来、ご主人様は私ではない別の人と添い遂げることになるでしょう。でも、良いんです。お側にいられる、それだけで」
「…………ふーん」
ちょっとだけ、複雑な思いにかられて曖昧な相槌を打つ。
側にいられる。
それだけで、本当に幸せなんだろうか。
「さぁ!セリカ様もこちら側に来ましょうよ!いざ禁断の扉を!」
「開かないから!」
「せっかく可愛らしい使い魔が召喚できなのに、ゼノファーさんが可哀想よ?」
「可愛くないらね!」
「そんなことないですー!」
「あるってば!」
「……本当に、使い魔が召喚出来て良かったです。
……彼の曾祖父様と違って」
ギャーギャー騒ぐ私たちに、マリアさんの最後の呟きは聞こえなかった。




