09.お母さん、会計士を雇う
次の日も朝ご飯を食べて、執務室の整理をしました。
残っていた書類への返事と、わかる範囲で帳簿の整理をします。
「すみません」
玄関から人の声が聞こえてきました。
「トム。迎えて頂戴」
トムに指示を出し、ネリアに向き直る。
「ネリア。お客様を確認してお茶の準備を」
「はい!」
請求書の角をそろえて箱に仕舞いました。昨日は治療費の金貨二枚で驚いていたけれど、この請求書の額をざっと暗算するとそれの倍以上はありました。
やるせないわね。
「奥様。客間にお通ししました。会計士の方のようで」
「まあ、早いわね。すぐ行くわ」
もう手配してくれたなんて、トムもネリアも優秀ね。
客間に入ると、背の高い三十代くらいの男性が立っていました。体に合ったスーツと、磨かれた靴。ちゃんとした人のようだわ。
「こんにちは。わたくし、アリシア・リースマンです」
「こ……こんにちは。ウォーレン・パロットです」
パロットさんはこちらをじっと見て何やら戸惑っているようです。
「どうぞ座って……あのズバリ聞きますけど、会計士なのでしょう?」
「失礼します。はい。そうです」
こげ茶色の髪と、こげ茶色の瞳はごくごく一般的だけれど、清潔感のある方だわ。
「情けない話なのですけれど。私と契約してくださらないかしら」
「……え? 私は平民ですが」
「そう、スーツも靴も手入れが行き届いていて、好感が持てるわ。お顔も誠実そうですし。何か問題が?」
パロットさんが少し目を見開いた。
「あの……いえ」
「それとも、あなたがこんな貧乏そうな伯爵家なんて願い下げだとそうおっしゃるの?」
「そのような不敬は思っておりません」
パロットさんは慌てたように頭を振りました。
「よかった。ならぜひ、雇われてもらえないかしら」
「お仕事を貰えるのはありがたいですが、良いのですか?私で」
「良いのとはどういうことでしょう。平民とか、貴族とか。仕事に対する誠実さに差があるの?」
「……え?」
いやもしかしたら、まだ問題の帳簿を見せていないからかしら、そうねきっとそうだわ。
「うちの帳簿をまず、ちらっと見てもらってもかまわない?」
パロットさんはさっきよりも驚いた顔をしました。
「ええ、構いませんが……いや、リースマン伯爵は不思議な方だ」
「誉め言葉だと受け取りますね」
そして、ちらっとみせた帳簿を見てパロットさんが盛大にため息を吐いた。
「……ひどいですね」
「わたしもそう思うわ」
パロットさんはもう一度、帳簿をめくり数字の上を指でなぞってため息を吐いた。
「ありえませんね、こんなざる会計。怒りが湧いてきます」
ただの数字を見て、怒りが湧いてくるなんて……この方、いいわ。
「その怒りを帳簿にぶつけていただけませんか?」
だって、数字を見てその奥を想像して怒ることができるなんて、こんなに数字に誠実な人はいないわ。
「あ、でも……」
「まだなにかありまして?」
パロットさんは困ったように、カバンから紙を取り出して机に置きます。
「ええ、あの。私は仕事をいただきにきたのでは無くてですね。これです」
その紙には赤い法務院の印鑑が押してあり、インクがきらりと光っている。大きく書いてある文字を読んでみました。
「慰謝料請求書……」
「はい。ブライアン・リースマンの浮気相手は、私の離婚調停中の妻マデリン・パロットです」
視線をいったん、慰謝料請求書に移動させる。
金貨二枚。なぜかしら、もう何度も見すぎて親しみを覚える額だわ。たしか、200万円よね。
「あの……帳簿と資産を整理して。払えるようにしていただけるかしら」
パロットさんは驚いた後、我慢できないという風に吹き出した。
「もちろん、得意です」
どうしましょう。会計士は雇えたけど、借金が増えたわ。




