08.お母さん、整理する
「ではさっそく、書類を片付けるわよ」
腕まくりをして、執務机の前に立ちました。トムとネリアは並んで拍手をしてくれます。
「内容を読んでいたら日が暮れるわ。箱を用意して、それぞれ期限切れ 期限まで短い。期限まで長い。分からない。の四つに分類していきます。どんどん詰めてっちゃって」
二人はうなずいて、封筒を手にします。机の上に山に詰まれていた書類を次々と仕分けていきます。 あら、やだ。請求書ばかりじゃない。
まあ、こちらは息子宛ての釣り書きだわ。
お茶会の招待状……。
なんてこと、返事がいるものもあるじゃない。ふと、分からないの中に入っていた見るからに豪華な封筒を手にとりました。
『なんてこと。公爵家の封蝋がしてあるわ。こんなものをそのままにしておくなんて』
あらやだ、役所の手続きは早くしないと面倒なのよ。
そう思って開いてみると、どうやらこれは何かの請求書でも、お誘いでもなかったようです。
なんだか、ほんのりいい匂い。
時候の挨拶などをすっ飛ばして要約すると。
「アリシア・リースマン伯爵 折り入って相談がある。アレクセイ・シルフォード」
とても滑らかできれいな字です。字には性格が出るという、その形の揃った几帳面な文字にアレクセイさんの性格が滲んでいるように感じた。
『……アレク先輩』
あら、懐かしそうな声を出して、先輩なのね。でも、気を付けて。古い知り合いが急に連絡してくるときは、借金か、宗教。頼みづらいお願いかに決まっているわ。
『そんなこと。アレクセイ様は王弟で立派な方なのよ』
わ、権力者だわ。絶対断れない頼み事よ。わたしも一度、元上司にホームパーティと言われて行ったことがあるの。怪しい健康食品の即売会だったわ。
『よしこさんの世界も大変なのね』
ええ。それから、突然の連絡にはすぐにのらないって決めたの。
『そうなの……でもそれと、公爵からの誘いを一緒にするのはどうかと思うわ』
断りにくいところは、いっしょよ、いっしょ。
気付くと書類は、四つの箱に整理されました。
『確かに王都での社交はブライアンに一任しているけれど、請求書が多いわね』
そうね……って、これ明らかにあなたの旦那のものではないわ。ほら、ドレスって書いてある。こっちは、宝飾品。
『……領民の税から払うのに、許せないっ』
アリシアの低く唸るような声が響き、そのまま黙ってしまった。
わたしも黙ったら、トムとネリアが心配そうにこちらをうかがう。
そして積み上がっていく請求書の額は、どんどん大きなものになっていきます。
『ひっ……ひくっ……』
泣き声が聞こえてきた。そうよね、この請求書の金額は領民が一年働いても足りないほど、簡単に稼げる額ではないのだもの。腹が立つを通り越して泣けてくるのも分かるわ。
請求書を一枚一枚確認する。お花。レストラン。あらら……ホテル。
クソ旦那はクソクソクソクソ……もう足すのも面倒なほどクソ旦那だわ。
「取り返すことはできないかしら。伯爵家のお金で買ったものなら、それは伯爵家の資産よ。回収しましょう」
『そんなこと……』
できなかったらあきらめるけど、やってみることはおかしなことじゃないと思うわ。一円でも多く取り返しましょう。
「……奥様」
顔を上げると、ネリアがさらに心配そうに見ていました。
「だいじょうぶ。続きをしましょう」
わたしは止めていた手を、動かしました。
それにしても、複式簿記なのは一緒だけど。簿記2級程度のわたしでは太刀打ちできそうもないわ。これは専門家を雇うべきね。帳簿を整理しないと、支払えるものも支払えないわ。
預金とか、貯金とかあるのかしら。
「ねえ、トム。こういうお金の計算が得意な人を知らない?」
「会計士ですね。ええ、知り合いに当たって探してみましょう」
そして、昼までかかって請求書とそれ以外を分け、昼からは返事の必要なものに返事を書いていった。字を書くのに少し緊張したけれど、アリシアさんの体が勝手にきれいな文字を綴ってくれた。
手紙を仕分けるだけの仕事って言ってしまったけど、思ったよりも大変ね。でも……それでも、あのクソ旦那は、伯爵家のお金を使っているのだからやらなきゃだめよ。
『よしこさん、ありがとう。ごめんなさい。ついこのお金があれば、領民に家の一つでも建ててあげられたと思うと』
アリシアさん、謝らないで。あなたの気持ちは素敵よ。
『でも、私がちゃんと見ていなかったからこうなってしまったの。一度でもここにきていれば、社交費の内訳を知ることができたのに』
そうね、ならいま知れてよかったと思わない? これからに生かせるわ。
『これから……そうね』
できれば帳簿の整理に会計士を雇おうと思うの。今まではあなたの旦那がやっていたのでしょう。
『ええ、それが彼の仕事でしたから』
アリシアさんの声がどんどん力なくなります。
悪いのはポンコツの方よ。大丈夫、人が悪ければ仕組みを変えれば良いだけのこと。
『……ポンコツ』
アリシアさんがそうつぶやいて、ふっと笑った。
「奥様。だいじょうぶですか?」
顔を上げると、ネリアが心配そうにこちらを見ていた。そうよね、アリシアさんと話していると、私は黙ったままで動かないもの。おかしいわよね。
こうやって気づいてくれる人がいるって、幸せね。
「ありがとう、だいじょうぶ」
それにしても。
どうしましょう。タウンハウスの経営は火の車どころか、特撮ヒーローも真っ青の炎上をしているわ。




