20.お母さん、ローランと計算する
お金の話はパロットさんと、ロバートさんに任せることになりました。
わたしは水路航行ギルドの食堂の事業計画書を練ることにしました、ローラン監視のもと。
「あれだけ、カーミットさんが事業とは事前準備が大事だと教えてくださったのに、どうして勢いで工場を作るなどと言うんですか」
とっても、もっともなので返す言葉もありません。
「メニューは一日目をポテトグラタンに。二日目はおうどん。三日目は大豆ミートのハンバーグにしようと思います」
「お母様、全部耳慣れない料理ばかりです」
「まあ……小麦粉と牛乳とバターを使った……」
「原価考えてます? それ」
ローランのツッコミが容赦がないです。今回のお試し食堂は客を呼ぶ必要はありません。
「あのね、ローラン。原価も大事だけれど、今回のお試し食堂では、どういった味が好まれるかも知りたいの……だから。メニューは守るより攻めたいのよ」
「……守ったことありましたっけ?」
言うわね。ローラン……。
ですが、彼は少し考えて、口角を上げました。
「良いでしょう。まずそのメニューに必要なものを書き出してください。それで、実現可能にしていきましょう」
私は、ローランの許可が出たのでうどんの前に「味噌煮込み」を書き加えました。
「それは却下です。作業コストが高すぎますし、一人分ずつ作らなければならないじゃないですか」
まあ、昨日食べただけでそこまでわかるの?
「では、てんぷらうどんなんてどうかしら」
「お母様、また耳慣れない調理法が出てきました。それはなんですか?」
あら、どうしましょう。ローランはもうわたしに遠慮なんてしないのね。
「お母様?」
ローランが不思議そうに見つめてくる。
「ごめんなさい。楽しいなと思ってね。ローラン、ありがとう、大好きよ」
「はあ?」
部屋中に響き渡るような大きな声です。ローランが変な顔になりました。
「水で溶いた粉をまとわせたものを、油で揚げたものです。フリットに近いかしら」
「……っ。たしかに鮭のフリットおいしかったです」
また真面目な顔をしようとしています。いいですねー思春期。
「ニヤニヤしないでください」
「いつもの顔です」
『わたし、ローランに大好きなんて言ったことあったかしら』
アリシアさん……。わたしとローランの距離だから言えるんですよ。でも、ローランちゃんと伝わってるから反抗期なんじゃないかしら。相手が許してくれるって、信用しているから反抗しているんですよ。
直樹は……反抗期はもっとずっと、大人になってからだったもの。
「スープは味噌汁が良いわね。おうどんはつゆがあるから、魚のすり身……あれを揚げて付け合わせに。ボリュームもあるし。お魚の骨は出汁にも流用できるわ」
思いついたことをメモにしていく。
「作業コストも考えてくださいね」
「はいはい」
そして、メニューが決まったらレシピと、作業の確認です。事前にできること、当日することに分けます。それができたら、一人当たりの分量と、全体の分量を割り出して原価計算です。
単純な計算なら、わたしのほうが早いですね。なんてたって、商業出身 珠算能力検定二級ですから、四十年前取った資格ですけどね。
「得意な顔をしないでください。すぐに私の方が早くなります」
「ああ!そろばん!!!」
なんですぐに思いつかなかったのかしら。こちらの世界の皆さんは、棒に一〇個玉を刺した不思議な道具か、紙の上で計算します。ですが、そろばんがあればその計算も少し早くなるのでは……。
「やめてください。今思いつかないでください」
ローランがげんなりした顔をします。
「分かったわ。静かにしてる」
わたしは紙にそろばんを絵で書きました。何桁くらい必要だったかしら簡単な計算ならさほどいらないんだけど。
ですが結局気になったようで、ローランがこちらをじっと見ています。
「……それはなんですか」
「計算機よ。この球を動かして計算するの」
「どうやって使うんですか?」
「ちょっと待ってて、カイラーに豆と串を借りてくるわ」
「……は?」
カイラーに豆と串とニンジンを借りて、そろばん風を作ってみました。豆を一つ、ニンジンを一つ、それから豆を四つ。順番に串を通して、ニンジンの部分をそろえて六本並べました。
「これみててね。願いましてはー、一足す二足す……」
豆を動かして見せる。
「足す十では! 五十五。御明算!」
ローランは黙ってしまっています。そして、私の手から豆そろばんを取ると、私のやっていたことを真似てみる。ただし、今度は自分がやっていた計算の数字を入れているようです。
ローラン、見ただけで分かるの?天才じゃない。
「お母様……これは、悔しいほど便利です」
悔しいってどういう感情なのでしょう。それに、なんども豆を動かしたのでボロボロですね。食べ物を粗末にするとカイラーに怒られてしまう。
「お母様、なぜ豆にしたんですか。ビーズがあるじゃないですか」
「それも、そうね」
これは証拠隠滅です。豆も人参も食べました。カイラーには串だけ返すことにします。
ローランがものすごく微妙な顔をしています。
「床に落としたのではないのだから、食べても平気ですよ」
「……そうでは無くてですね」
ローランはそこから、また原価計算をはじめました。わたしはその間に串を返しに行きました。
どうしましょう、ローランってば心配症ね、こんなことでお腹は壊さないはずよ。




