15.お母さん、味噌無双
「伯爵、またその格好ですか!」
調理場に行くと、カイラーがわたしの灰色のワンピースを指さしました。
「ええ」
答えながら大事に抱えていた味噌を台に置きました。
「あの、やっぱ晩餐用の料理っすよね……俺、やれる自信がないっす」
『上位貴族をもてなすのですから、それ相応の料理というものがあります』
王都ではなかったわよ。
『王都は王都、うちはうちよ』
すぐに反論されました。
「大丈夫よ、カイラー。今日は味噌煮込みうどんを作るから」
「……はい?」
「この領で一番うどんを打つのが上手なのはカイラーよ。自信を持ちなさい」
「……ええ?」
カイラーが天井を見上げて、短い髪を手でかき回しました。今日はなんだかこういう情緒不安定を何度も見ているわね。
「……まず。味噌っす。味噌煮込みってなら、味噌ってので煮込むんっすよね。で、うどん。うどんってあれですよね。あの麺……貴族の晩餐に麺ですか。俺処刑されないですか?」
『料理で処刑されることはないわね、処分の言い間違いよね。かわいそうに』
アリシアさんが優しい声でつぶやいています。
「カイラー、責任はわたしがとります。まずは味噌煮込みうどんを作りましょう」
きりっとした顔をして見せましたが、カイラーはじっとりと疑うような眼を止めません。
「……信じてください」
「……無理っす」
正直ですね。
仕方がないので、いったん大きなお鍋に出汁を取ります。鶏の骨と、魚の骨。たまねぎや、キノコでいいわ。
そして、出汁が取れたら小鍋に移して鶏肉と野菜……キノコたっぷり。
そんなわたしの側でカイラーは、無心にパンを作り始めました。バシンバシンっと、打ち付けています。なんだか口の中でぶつぶつとつぶやきながら……。パン種がみるみるきれいなコネ具合になっていますね。さすがです。
具材が煮えたのを確認してから、粉を落としたうどんを入れます。カイラーが用意してくれていました。うどんはいつもまとめて打って、残りは保管しているそう。
うどんが煮えてきたら、味噌と砂糖を混ぜたものを溶きます。
あとは煮えるのを待つだけ。
「カイラー、味を見てみますか?」
カイラーは厨房の端にある窯の炭をつついていました。
小さなお皿に乗せて手渡すと、カイラーは躊躇なく食べました。
「……うまいっす」
さっきまで空気だったマリークがお代わりを促すように小皿を突き出しました。
一気に口に含んで、目をキラキラさせています。
カイラーもまたお代わりを促すように小皿を突き出しました。
おいしいでしょう。そうでしょう。味噌煮込みうどんは、魂の料理、ソウルフードですよ。
わたしも味を見ましたが、記憶とは若干ずれはありますがおいしいです。
「……これあれっすね。ちょっとピリッとさせた方がうまいかもっす。それにミソだけだとなんか足りないっすね」
カイラーは食材をいろいろと手に取ると、作業を始めた。
わたしとマリークは、その作業を見守りつつ、試作品の味噌煮込みうどんを食べきりました。
「今刻んでいるのは青唐辛子ですね」
マリークがカイラーの作業を実況しつつメモを取っています。
「鶏は出汁だけでなく、風味を良くするために焼くようです」
「なるほど」
「お、魚のすり身の団子を入れました。あれも味が出ておいしいんですよ」
「ああ、かまぼことか、ちくわ的な?」
「おっと、ここでくるみが出てきました。すり鉢で擦っているようです」
「まろやかさを足すのね」
「うどんは一回湯をくぐらせてから煮るようですね」
「なるほど、一理あるわ」
マリークってこんなにしゃべれたのね。
「できた」
わたしとマリークの前にカイラー版味噌煮込みうどんが置かれました。
「ふわりとミソの独特な香りがして、食欲をそそりますね。具材はキノコと、鶏肉。魚のすり身団子。うま味が出る食材ばかりです。煮込まれたうどんはふわふわです。……んっ。さっきよりもねっとり感が減って食べやすくなっていますね。ああ、スープが絶品です。辛みと、まろやかさに香ばしさが足されて……うまい!」
マリークが食レポまでしています。日本にいたらたぶん、お昼の番組で引っ張りだこになりそう。
「おいしいわ。さすがカイラー。ところで、マリークっていつもこうなの?」
「はい、助かってるっす」
そして、晩餐の席では堂々、カイラー版味噌煮込みうどんが提供されました。
ロバートさんとパロットさんはためらいもなく食べます。さすが王都で鍛えられた人々。
ローランは大人が食べるのを見て、目をつむりながら「えいや」っと食べていました。でも食べすすめるうちに、目がきらきらしていたのは可愛かったです。ソフィアは青唐辛子を控えめにしたものを、特別に。彼女もおいしそうに食べています。
大成功ではないでしょうか。わたしは、試食したせいでちょっとお腹いっぱいでしたが、満足です。
そして、やっぱり皆さん、顔が光るんですね、物理的に。
今回は野菜を切るのと、味噌を混ぜるのを手伝っただけなのですが、私が手を出すともれなく光るようです。
どうしましょう、明日の晩餐は豚汁とか、味噌漬けのお魚とかどうかしら。




