14.お母さん、もてなす
「お母様……その……本当にその……排泄物のようなものを食べるのですか?」
ローランが引いた顔でそんなことを言い出しました。
「ローラン、下ネタは止めなさい。それにこれは味噌です」
ガタンっと、荷馬車が揺れます。
御者台には、ローランと、ロバートさんがいます。わたしは荷台です。
「伯爵令息を荷台に乗せることはできません!」
「でもロバート様は、商業ギルドの副ギルド長です!」
二人が譲り合いました。
「ならば、私が運転しましょう。ローラン君、道案内を」
ロバートさんが申し出ます。
「はい! ということなので、お母さまが荷台でいいですね」
ローランの圧強めの笑顔に押されてしまいました。
って、このやり取り、以前もした記憶があります。ロバートさん、馬車ぐらい自分で手配すればいいのに、なんでわざわざ、荷馬車に同行するのでしょう。そもそも、カーミットさんがいるのだから、カーミットさんの家に行けばいいのに。ですが「妻が倒れてしまいますので、遠慮します」と、カーミットさんが断るので仕方なく。
ローランの姿勢は、背中に棒が一本刺さってるの?と思うくらいめちゃくちゃいいです。
『よしこさんだけよ。ロバートさんを近所のおじさん扱いしてるの。本来は殿上人だからね。ベルトマン家も子爵だけど、ベルナール侯爵家の傍系ってだけで、扱いは地方の伯爵より上よ』
日本には身分制度はありませんでしたから、その辺があまり分かっていない自覚はあります。気を付けます。
邸に到着すると、それはもう大騒ぎになりました。唯一、王都でも面識のあったパロットさんだけが、ちょっと驚いた顔をしただけ。あとの皆さんは、動かなくなりました。
「あ……あの、村から女性を呼んで来ます。屋敷内を片付けねば」
「俺、こんな偉い人に料理出したことねぇっす。無理っす」
「あわ……あわわ」
皆さんそれぞれに何か言っています。
「気を使わないでください。私はただのアリシアさんのお友達ですから」
「あら、いつのまに?」
「お母様!?」
『よしこさん!』
大きな声が玄関に響きます。
ロバートさんがクッっと喉を鳴らして笑いだしました。
「あの、ロバート様。私がご案内します」
パロットさんが、ロバートさんの手荷物を持って先導しました。
「おかあさま」
ソフィアのお出迎えです。ぎゅっと抱きしめて「ただいま」を言いました。
「娘さんですか? おいくつ?」
「リースマン伯爵家一女。ソフィア・リースマンと申します。八歳です」
スカートをつまんできれいな礼をしました。あら、とってもかわいい。
「うちの孫、十歳なんですよ」
ロバートさんがニヤリと笑います。ああ、以前私の婿にとか言っていたあの孫? だから何だというのです。
グエンさんが胸を押さえて倒れそうです。
「実害が出る前に移動しましょう!」
パロットさんが強引にロバートさんを引っ張りました。
『よしこさん、あなた今日の反省文、三枚じゃ足りないくらいやらかしたからね』
アリシアさんってば、声を震わせながら言いました。
まあ、なんてこと。
「私は着替えて、再度、ロバート様に挨拶に行きます。お母様も」
ローランがそう言うと、足早に自室に向かいました。わたしは今すぐにでも味噌を……と、思ったのですが。グエンさんの視線がいつも以上に強いので言われたことを粛々と遂行します。
「マーリン、久しぶりにドレスを着るので手伝ってください」
そう言えば、王都にネリアを置いてきたから、ドレスを着るのも久しぶりね。でも、ドレスに着替えちゃったら、味噌料理が作れないわ。
『よしこさん! 味噌から離れて』
* * * *
うちの家で一等良い応接室で、ロバートさんとお茶を飲みます。カイラーは小さな甘いパンケーキを焼いて出してくれました。
「アリシアさん。相変わらずお元気そうで何よりですね」
ロバートさんが話を向けてくれます。
「はい、元気なことが取り柄ですわ」
「そういえば、ローラン君は、次の春から王都の学院に入学するそうですね」
「はい!」
ローランは姿勢よく返事をしています。
「王都で困ったら、私を頼ってください」
ロバートさんがそう言うと、ローランがピッと固まりました。
「あら、よかったわね」
ローランが目だけを私に向けて、怒っています。
「ところで、先ほど大事に抱えていたミソですが……あれはどういったものなのですか?」
きました! きっと、ロバートさんの目的はこれです。
「大豆の発酵食品です。風味がよく、滋味深い味わいで。スープにしたり、ソースにしたり使い方次第でいろいろと楽しめる調味料ですわ」
「……ほぅ」
あらそうだわ、ここまで興味を持ってくれているなら……この場を離れるチャンスじゃない。
「よろしければ、わたしがふるまいましょうか?」
「お母様っ?」
「うれしいですね。リースマン伯爵の手料理は王都でもいただきましたが、目新しくておいしい」
「ありがとうございます」
ローランがロボットのように首を動かして、顔に縦線が入ったような表情をしています。
言われてみれば、王都で何をしていたかは詳しく説明していませんでした。だって、反抗期なんだもの。
『よしこさん、私ローランが不憫でなりません。これ以上いじめないであげてください』
え?いじめてないわよ!
『ふつうの精神の持ち主なら、お腹を抑えて倒れてしまうような状況です。グエンのように』
「……お母様」
ふいにローランが立ち上がりました。そして、私の正面に立つとガッと肩を掴みます。そのまま勢いよく前後に振り始めました。
「あなたは何でそうなんですか! 見張っても見張ってもやらかす!」
これは思春期のあれです。キレるです……きゃあ。
わたしは退場させられました。
どうしましょう。ローランの情緒がわからないわ。




