13.お母さん、念願を叶える
「ごめんなさい、食堂に用事ができたの。だから、二人で先に帰って?」
そう言うと、ローランは静かに……だけど、圧強めに拒否しました。仕方なくローランと、ロバートさん二人を連れて、調理場に向かいます。
調理場内は、すでに片付けが終わっており。コック帽さんは椅子に座っていました。
「あの……もし?」
「なんだ、あんたまだいたのかよ」
そのぶっきらぼうなしゃべり方にローランがムッとしたので、慌てて押えました。
「先ほどのフリットの味付けですが、あれは何を?」
「ああ、偉い方々は、発酵食品はチーズしか食わねえもんな」
え?そうなの? なんてもったいない。
「あれは、麦を白く腐らせて、豆に混ぜて。樽に詰めるとできるんだ」
白く腐らせてって、麹じゃない! え……醤油ではなく、味噌だったの?
「まあ、とっても滋味深い味ですごく気に入ったのだけど、その白く腐らせた麦ってどちらかで売られているの?」
「売ってねえよ。俺が作ってる。素人が作ると変な色になって本当に腐るからな」
このコック帽さん……やるわね。腐りと発酵を見極めているわ。
「……師匠。弟子にしてくださいませ」
「お母様?」
「アリシアさん?」
コック帽さんは笑い出した。
「わたし、あの味に心から感銘を受けたのです」
「俺みたいな労働者に、領主様が頭を下げたよ。笑えるなあ」
彼はそう言うと、目じりに浮かんだ涙を拭いた。そんなに笑わなくてもいいじゃない。
「だがすまねぇ。この技術は俺のスキル由来だ。あんたには作れねえよ」
スキル……昨晩、習ったやつ。有用なスキルを持っている、ということは……。
「分かりました、あなたを男爵に……」
味噌は田楽だけど、男爵に。
「お母様! いい加減にしてください!」
『よしこさん! 男爵位は白金貨一枚よ!』
あら!
近くで、ロバートさんがお腹を押さえて笑っています。
「何を騒いで……」
カーミットさんが現れました。引くほど笑っているロバートさん。困った顔のコック帽さん。真っ白になって動けないローランと、しょんぼりのわたしです。
「ホーウェン料理長、説明を」
コック帽さんは椅子から立ち上がると、わたしたちを見回してさらに眉を下げました。
「いや、俺にもなんだか」
「彼の調理技術に感銘を受けて、母がスカウトしようとして失敗したのです」
ローランが息を吹き返していました。カーミットさんの声に反応したようです。
「ありがとう、ローラン君。それであっていますか? アリシアさん」
「あの、スカウトできたらいいなと思いますが、まずは弟子にしてほしいと」
「どうしてあなたは、動くたびに騒動を起こすんですか? 本当に面白い」
やっと、笑いから復活したロバートさんが言いやがります。
「だって仕方がないでしょう。彼、麹を作れるのよ。それがあれば、味噌もしょうゆも、甘酒も作れる!!」
そう叫ぶと途端にロバートさんが真顔になりました。いえ、目が笑ってないだけで、口角は上がっていますね。あれです、王都の時たびたび見た商売人の顔。
「今のは、なしです。麹については内緒で。師匠。その師匠が作った豆の調味料少しだけ分けてください」
妙な沈黙がよぎります。
「……ほらよ」
師匠は気前よく、お茶碗一杯くらいの量をくれました。匂いを嗅ぐと懐かしい匂いがしました。一つまみだけ食べてみると、あのしょっぱみです。
ああ、久しぶりの味噌です。
「ロバートさん、言っておきますがこの調味料は一定の人には受けます。ですが、王都では売れませんよ。貴族は発酵食品はチーズしか食べないそうなので」
「……ヨーグルトも食べます」
ローランってば、律儀です。
ですが、大人たちに「問題はそこじゃない」と言わんばかりの視線を送られて、また固まってしまいました。
「では、師匠……」
「俺はもう領主さまの師匠で確定なのかい?」
「あ、ホーウェン料理長を男爵にはできません。なぜなら、もう男爵だからです」
カーミットさんが補足します。
「まあ、なんてこと。ちなみにどちらの?」
「ベルトマンです」
どうやらカーミットさんお抱えの料理人だったようです。とても悔しい。
「食事の質は、仕事効率を上げますから」
カーミットさんは当たり前のように言いますが、そこまで考える上司はなかなかいません。やっぱりこの人はできる人です。でも、悔しい。
「そうだ、カーミットさん。洪水対策用のダムってご存じですか?」
「……詳しく」
「交渉しましょう」
そして、ホーウェン料理長を借りる権利を得ました。
どうしましょう。日本食が……日本食ができます!!




