11.お母さん、見学する
目の周りがカピカピします。泣きながら寝たようです。
夢の内容は覚えていません。
うーんっと伸びをすると、外はとっても良いお天気でした。
今日も灰色のワンピースを着ました。
食堂に着くと、みなあつまっているようで、にぎやかな声が中から聞こえてきます。扉を開けると、皆が口々におはようございますと挨拶してくれました。。
「お母様、もう顔もバレているのに何でまた変装しているのですか?」
ローランからの厳しい指摘が入りました。
「……気に入ってしまって。この服、軽くて動きやすくて、ゴテゴテした装飾も少ないでしょう。何をするにもラクなのよ」
「……伯爵が言う言葉ですかそれ」
ローランはいつも通り、容赦がありません。ですが、アリシアさんは笑っています。
小さく咳払いをして、ローランに向きます。
「わたしが言えば、なんだって伯爵の言葉です」
「ソフィアの悪い手本ですね」
そう言われてソフィアを見ると、目を丸くしてわたしたちのやり取りを聞いていました。
「ソフィア、いいところだけ真似するように」
「はい、おかあさま」
アリシアさんがさらに笑いました。
「奥様、今日の予定は?」
「ローランと水路航行ギルドに行ってきます。グエンは、パロットさんに引き継ぎを。マーリンは、ソフィアにそろそろ、淑女教育をお願いします」
「かしこまりました。グエンさんよろしくお願いします」
「はい」
「ええ、奥様を見習わないように教えます」
「……まあ」
マーリンが冗談を言ったわ。
皆さん、こらえ切れず、一斉に吹き出しました。あら、スコットさんまで声を出して笑っています。
マーリンが小さく咳払いをしました。
皆が笑っているうちに、カイラーは四個目のパンに手を伸ばしていました。育ち盛りはいつまでなんでしょう。
しみじみ、これが今の領主邸の形なのだと感じます。
* * * *
水路航行ギルドでは、カーミットさんが待ち構えていました。
わたしが今日来ることを分かっていたような……分かっていたのでしょうね。
「こんにちは。カーミットさん」
「こんにちは、アリシアさん」
「では今日の課題ですね、すでに昼食の調理が始まっています。どうぞ、見学を。ローラン君は、私と経費についての話をしましょう」
「まあ……」
「なんでローランを会計にしたことが分かったのでしょう」
『それだけ先見の明がおありなんです。よしこさん、調理場へ行きましょう。あの人の指示です。きっと学ぶことがたくさんあるはず』
アリシアさんの声が明るく背中を押します。
調理場では、妙齢の女性が二人、コック帽をかぶった男性が一人、すでに作業をはじめていました。どうやら今はパンの成形をしているようです。
「お邪魔します」
「邪魔するなら帰れ」
男の人が答えました。『土曜のお昼』でおなじみの返事でした。いやちゃうねん。
「見学に来ました。邪魔はしません」
「はっ? あんた。料理できんのかい? できるなら見ているだけでなく手伝いな!」
なんというか。手があるなら猫でも使え精神を感じます。西の人なのかしら。
わたしは腕まくりをして、パンを丸める手伝いをしました。
「これは何個作られるの?」
「百は必要だね」
ひとり四つ……水路航行ギルドは、育ち盛り!
「パンができたら、そっちの魚を洗って」
そう言われて、指の先を追うと、どどんと大きな魚が二匹おいてありました。
「はい! 今日は何を作られるの?」
「野菜スープと、魚のフリットだ」
わたしは、大きなお魚を水場に運びました。この尖った口としゃくれたあごは鮭だわ。一度、お歳暮で一匹もらったことがあるけれど……。気合を入れ直して丁寧に鱗を取っていきます。
「ほら、渡せ」
洗った鮭を男性のところへ運ぶと、彼は鮭をどんどんさばいていきました。二匹あっという間です。
「職人ね」
「当たり前のことを言うな。身はこのくらいのサイズに切り分けてくれ」
わたしの前には半身になった鮭が並べられました。
この量を一日で? 育ち盛り!
さばいた鮭の頭と骨は、ざるに並べられました。そこへ熱々のお湯がかけられます。臭み取りね。
「それが触れるほど冷めたら、洗って鍋へ」
どうやらあっていたよう。生臭さの原因になる血合いや脂などを丁寧に拭いました。
調理法に目新しいものはないです。やっていることは日本とあまり変わりません。
そうしている間に、パンが窯に入れられていきます。すごく手際が良いですね。
「よし、じゃあもう見たろ。帰れ」
そしてわたしは調理場からポイっと外に出されました。
わたしはカーミットさんとローランのいる応接室に戻りました。
カーミットさんは腕を組んで、ニヤリと笑います。
「どうでした?」
「ここの皆さんは食べ盛りね」
「お母様?」
ローランのいつもの冷めた声が響きます。
どうしましょう。百聞は一見に如かずとはこのことね。




