10.お母さん、不安を知る
「パロットさんは有用なスキル持ちだったんですか? それで、うちの家令になっていただけると」
ローランの反応は想像より抑えたものでした。もっと、手放しで喜んでくれると思ったのですが。
「……嬉しくないの?」
ローランは肩を跳ねさせたあと、ぶんぶんと頭を振りました。
「嬉しいです! 嬉しいに決まっています。だって、パロットさんは本当にすごく優秀な方ですから!」
「……ローラン様、ありがとう」
それならなぜ浮かない顔をしたのかしら。私が顔を覗き込むとローランは、睨んできました。
「嬉しいと言ったでしょう。何ですかその疑うような顔は……ところで、原価計算です」
「まあ、もうできたの?」
「できていません。できたのは、詳しく書いてあったパンの記載部分だけです。グラタンとはなんですか?ダイズミートとは? それがわからなければ、原価を計算しようがありません」
「まあ、それもそうね」
「お母様っ?」
ローランはいつの間にかいつも通りです。そして散々怒られました。グエンさんと、パロットさんはそんなローランをキラキラした目で見ていました。きっと心の中で、次代が育っているなとか何とか思ってそうです。
「ああ、今日はいっぱいお話をしたので寝ます」
わたしは三人を残して自室に戻りました。
* * * *
扉を閉めて、いつもの緩いワンピースに着替えました。
「……疲れた」
『お疲れさまでした』
わたしはベッドに倒れ込んで、ごろりと仰向けになりました。
「クソ旦那、牢屋にいるそうよ」
『良いんじゃない? 一応あの人も貴族だからひどい扱いは受けないと思うわ』
「結婚する前から続いてたなんて辛くない?」
『政略結婚です。ショックなのは、私を裏切ったことより、最初から領を裏切っていたことの方が重大よ』
「わたし、当分引き取りにいかないわよ?」
『どうぞ、お構いなく』
そのあっさりとした言い方が面白くて笑っいました。
「グエンさん、とってもいい人だったわね」
『彼、気づいてたわね』
「……アリシアさん、声がうれしそう」
わたしは布団を肩まで上げて、目を閉じた。
「ローラン。パロットさんの話をした時、どうしてあんな顔をしたのかしら」
『スキルのことだと思う』
「え?」
『平民であっても有用なスキルを持っていれば、貴族になれる。逆に貴族なのに役に立たないスキルは、バカにされることもある。ローランは十二歳でそれが目前なの。学院に入学するときスキル判定を受けるのだけど。あの子、自分がどんなスキルか不安なんだわ』
アリシアさんは小さくため息を吐きました。
『私のスキルは、外れスキルと呼ばれているし。親のスキルは子にも影響することが多い。大人になればどうってことないことでも、思春期ではすごく重要なものなのよ』
「そうなの、ローランって先回りして悩むなんて賢すぎるのも大変ね」
わたしはまた寝返りを打ちました。
「わたしね。今日のことでずっと、スキルのことを考えていたの。《祈り》について」
『うん』
「あなたが守ると決めたものを守るスキルなんじゃないかしら」
『え?』
「なんとなくね。そう思うの」
『……そうだと良いわ』
「つくづく、スキルって不思議な力ね」
「だから、ローランには心配しないでって言いたいわ」
『そうね。不安になるなら、その不安に寄り添ってあげればいいのよね』
「わたしもそれに早く気づけていたら、あの子たちともっといい関係を築けていたのかしら」
そして自嘲するように口角を上げる。
「わたしね、節約家だったの。だから、お金を大事にしなさい、将来のために取っておきなさいって。莉子なんかは要領よく父親に強請っていたけど。直樹は言い出せなかったのね。ある日学校に呼び出されて、お弁当を友達に売っていたことが分かったの。頭ごなしに叱ってしまった。そしたら「ババアがカネカネうるさいからだろ。……この節約ババア! 俺が欲しいのは未来の金より今の金なんだよ」って」
『まあ』
「あの子、携帯電話が欲しかったみたい。友達がみんな持っていて、でも「みんなが持ってるから欲しい」っていう気持ちが分からなかったのよね。他所は他所、うちはうちって聞かなかったのよ」
わたしは布団をぎゅっと握りました。
「今思えばあの子が欲しがっていたものは、携帯電話って物じゃなくて、友達との時間だったのよ」
少し泣きそうになって堪えました。
「ちょっとでも聞いてあげていたら、その理由に気づけたのに」
『そうね、よしこさんも失敗したのね』
「失敗だらけだわ。結局、携帯は真子に強請ったみたいで、それからほとんど、口をきいてもらえなかった」
『……』
「でも、今回わたしはローランの不安に気付けた。今度こそ寄り添うことができる。そう思うことにするわ」
どうしましょう。今日は夢にあの子たちが出て来そう。




