08.お母さん、独白を聞く
夕食を食べ終わると、グエンさんから聞いた仕入れ値の概算を持って、パロットさんがいる会計室を尋ねました。机の隅にはローランもいます。声をかけていないので、勝手にいるようです。
そして、パロットさんの指摘は、おおむねグエンさんと同じでした。
そこでまた、明日、資料を持って水路航行ギルドへ行くことにしました。
「……私も行きますから」
ローランが遠くから、口を出してきます。
「もちろん、頼りにしてます」
ローランは睨んできました。本当にこの子は、反抗期ですね。
「アリシア様、王都の報告をしてもいいでしょうか?」
パロットさんが、ちらりとローランを見ました。王都のこと……それはブライアンの話ですね、これは子どもに聞かせる話ではなさそうです。できればグエンさんにも聞いて欲しい。
「場所を変えましょう。グエンにも声を掛けます」
ローランがこちらを見て、ぎゅっと眉間にしわを寄せます。
「ローラン、頼りにしていますが、聞かなくていい話もあります。あなたはここで……原価計算をお願いします」
「はあ?」
身を乗り出しましたが、パロットさんがうなずいたのでまた大人しく椅子に座りました。
あらあら、いつの間にか信頼関係ができているようですね。でもわたしの言葉は反抗しても、パロットさんには素直に従うのねとなんだか母としての矜持を無駄に切り付けられた心地です。
わたしとパロットさんは、グエンさんを探しました。
『今の時間帯なら、たぶん窓の施錠を確認していると思うわ』
アリシアさんのアドバイスをもとに廊下を探していると、彼女の予想通り、グエンさんは廊下にいました。
手分けをして、施錠の手伝いをした後、祖父の書斎に集合しました。
「ブライアン様の話を……」
中央のソファに座ると、早速パロットさんが話をはじめました。
「様はいりません。クソ旦那でも、クソとでも呼んでくださいませ」
グエンさんがぷっと噴き出しています。
「では、クソ旦那様ですが、クソ女とどうやら旅行をしていたようです」
「クソ女……あなたの元奥様でしょう?」
「クソ旦那は、あなたの旦那でしょう」
わたしたちのやり取りに、グエンさんが咳払いをする。
「話が進みません。好きに呼びましょう」
「それで、王都で見かけなかったようです」
「なるほど、なら今はタウンハウスに?」
「いえそれが……家を買っていたようです」
「「は?」」
「ブライアンは商会を持っていたようで……名義もその商会のものでした」
あまりのことに声も出ません。グエンさんがわたしの前で手を振っています。
「出資者ブライアン・リースマン 共同経営者がマデリンになっていました。あの、まだあるので……最後にまとめて質問してください」
パロットさんはそう言うと、ブライアンの所業を一つ一つ上げていきました。
主な取引内容は、リースマンからくすねた小麦と豆であること。
社交にパートナーとしてマデリンを伴っていたこと。
リースマンのお金を愛人に注いでいたこと。
そしてそれらすべて、リースマンの信用を利用して行っていたこと。
「まあなんてこと」
「アリシア様、私があの男の首を取ってきます」
グエンさんがこぶしを握って立ち上がりました。
ですがパロットさんが少し不敵に笑いました。
「グエンさんが自ら行かなくても、私が行きます……行きました」
「まずマデリンの名義の家ですが、慰謝料代わりに私の名義に変えさせてもらいました。すでに家は私のものです。出資した商会ですがリースマンの信用を利用して作ったのですから、正式にブライアン・リースマンからアリシア・リースマンに書き換え、それに伴い経営状態を審査し、共同経営者は解雇しました。赤字だったので正当な解雇です。ブライアンがマデリンにつぎ込んだお金ですが、宝飾品はすべて回収して、現金にしてあります。そのほか、資産として残らないものについてはブライアンの個人資産から返済せるようにいたしました。それと、これは立派な横領罪なので、二人は今、所持金ゼロで牢屋におります」
グエンさんとわたしは目を合わせました。
「あらまあ」
「アリシア様が引き取りにいかない限り牢屋からは出られません」
「まあまあ、それならそのままでいいわね」
すごく手際が良いです、感心してしまいました。
「ところで、これらをすべて、この領に来て一週間でやっていたというの?」
「正しくは、雇われた日から今日までですので、二週間です。商会や、宝飾品については事前に調べてありましたが」
「アリシアさん、あなたの夫は十四年前からマデリンと逢瀬を重ねていました。正しくは私の妻となってからずっとです。彼女は男爵家の令嬢でした。それが、平民に嫁ぐことになって反発したようです。それで、ブライアンと関係を持つようになった……私の責任でもある」
パロットさんは瞳を伏せて頭を下げました。
「それは違うわ! あなたも被害者でしょう」
本当に頭を下げさせたいやつは反省せず、しなくていい人が反省することに怒りが湧いてきます。
それにしても……パロットさんはなかなかに苦労してこられたようです。
「パロットさん、あなたの仕事が早いのはなぜか。理解しました……あなたはずっと、クソ女の動向をずっと見ていたのですね……」
パロットさんは腕を組んでうつむいた。
「話を聞いていただけますか」
わたしとグエンさんはうなずきました。
* * * *
私は会計士です。信用こそが命の職業ですが、平民の身上が邪魔をすることもある。だからこそ、たとえ関係が冷え切っていようと『貴族の家族』という看板は手放せませんでした。それだけで仕事が滑らかに回ったからです。妻の存在に特別な感情などありませんでした。
ですが、長年仕えた雇い主が亡くなった時、ふと自分の半生を振り返り、深い絶望に襲われたのです。『私の人生は、ただ指示されるがままに不正すれすれの帳簿をつけ、数字をごまかし続けて終わるのか』と。
膨大な業務がようやく一段落したとき、急に冷めた頭でそう思いました。限界でした。だから妻に離婚を切り出しましたが、私のお金も使い込んでいた妻が素直に応じるはずもない。結局、法務院を間に挟み、向こうの有責を証明して慰謝料まで突きつけ、どうにか縁を切りました。
——しかし、代償は大きかった。貴族との繋がりを失った途端、これまで手元にあった仕事は綺麗さっぱり消えてなくなったのです。
自分の築いてきた信用の脆さと、不正を強いておいて用済みになれば切り捨てる貴族に、激しい憤りが込み上げました。どうせ失うものは何もない。半ばやけっぱちになりながら、私はこれまで蓄えてきたすべての不正の証拠を揃え、リースマンのもとへ乗り込みました。そして、アリシアさんに慰謝料を請求しました。
……これが、私の語るべき真相です
「まとめますと、パロットさんは長年妻の不貞の証拠と、不倫相手のリースマンの弱みを調べていた。それがここにきて使える手札になったので一気に白日の下にさらした。ということであっていますか?」
グエンさんが簡単にまとめてしまいました。
「あらまあ」
リースマンのタウンハウスに慰謝料を請求しに行ったのは、もうヤケだったのです。
「そしたら、わたしに雇われてしまったというわけですね」
「正確にはアリシア様もあの二人に傷つけられた被害者だった……自分が恥ずかしくなりました」
どうしましょう、パロットさんはすごく苦労されていたのね。




