05.お母さん、原価計算する
夕暮れを背に邸に戻りました。ローランは隣で静かに荷馬車に揺られています。
良い子ね、賢い子ね、優しい子ねと、手放しに褒めていましたが、彼はそうならなければならなかったのだと、少し不憫に感じました。
十二歳って、日本だとまだ小学生です。
彼は次期領主という重い荷物を背負った責任感から、領のため領民のためを毎日毎日呼吸するように考えていたのね。
それも今までならクソ旦那の心配だけで済んでいたのに、今はわたしの心配まで。
なんだか申し訳なくて、心がズーンとします。
なんでしたっけ、なんとかブリオッシュ的なことを言うのよね、こんな子供にまで浸透しているなんて、この世界の子どもは大変。
そうだわ、今度ローランにおいしいブリオッシュを焼いてあげましょう。
「ローラン、ありがとうね」
「……ん」
ああ、反抗期だったわね。
邸に着いてソフィアに出迎えられ、今日もぎゅっと抱きしめ疲れを取りました。
ローランはそのまま、パロットさんのいる執務室改め会計室に行くようです。私は自分の執務室に戻りました。
では早速、計画書を立てましょうか。
まずはカーミットさんがあらかじめまとめてくれた、食堂についての重要事項を確認します。
三日間、つまり三食分の昼食ね。全体としては三十人以上いるけれど、平均的な利用者は二十五人。
そして費用の項目を開いてみます。
材料の仕入れは決まった仕入れ業者があるのでそこから購入することとありました。
『ギルドは癒着を防ぐために、仕入れは厳格化されているそう。ギルドは基本国の管理下にあるの』
アリシアさんが補足してくれます。
そうなのね。水路航行ギルドは物流の要で、大事な移動手段ですものね。
って、カーミットさんってリースマン領を含む北部の責任者って言ってなかった? 実はものすごい偉い人じゃない。
『……いまさら? 元貴族出身とも言っていたじゃない。それだけでも十分偉い人よ。まあ、よしこさんも偉いから不敬は言われないだろうけど』
そうなのね。ほんと、気さくないいひと。偉い人ほど、偉ぶらないのね。
『あ、さっきのブリオッシュ。ノブレス・オブリージュね。ブリオッシュじゃないわ』
「いまさら?」
そして、二人してくすくすと声を合わせて笑った。
さあ、できることから始めましょう。あら、小麦粉の金額も、お砂糖の金額も……私知らないわ!まずはそこからね。
『ええ、こういうことは、カイラーね』
なら行きましょう!
* * * *
厨房に入ると、カイラーとマリークは夕食の準備に取り掛かっていた。
「……ごめん下さい」
「あ、奥様」
マリークが振り返って頭を下げた。
「ごめんなさい。お取り込み中だったみたいね。あの……二人に相談したいことがあるの」
「ああ、手伝ってくれたら話聞くっすよ」
カイラーはお玉を持って振り返ると、にっかりと笑った。
「ええ、指示して」
「今日の夕食はパン、スープ。魚のカリッと焼きです」
「そう言えば、パンはカイラーが焼いているそうね」
「はい、大体三日分くらいをまとめて。奥様は魚に粉を付けてください。せっかくなんで今日は片栗粉でやってみようかと」
「……任せて」
「そう、パンはこぶし大のパン五個で銅貨三枚。自分でつくれば、同じ金額で倍作れるのね。トウモロコシ粉は?
お肉は大まかに鳥、羊、豚、牛が一般的なのね。鳥はああ、鶏以外にもあるの。
え? 魚は川魚が安くて、海の魚は手に入りにくいの。鮭、鱒、鮎などが一般的らしい。鮎……塩焼き一択ね」
「俺もそれが好きっすねぇ。あ、そうだ。トウモロコシをパンにするなら下処理が必要っすよ。そのままだとまとまらないはずっす」
「ああ、ジャガイモと、トウモロコシの課題がまだだったわね。その下処理の仕方、教えてくださいね」
「はい、もちろんです」
「すごいわ、カイラー。全部滞ることなく答えてくれる」
「任せてください。じゃあ次は野菜刻んでください」
「これは何人前を用意しているの?」
「……十人前ですね」
二十五人前って、この2.5倍よね。あららら、大変。
「一食あたりは?」
「うーん、うちはスコットさんが育ててる野菜もあるんで、正確なものは出せないっすね。仕入れについてはグエンさんなんで、そっちで聞いてください」
話しているうちに料理はあらかたできたみたいです。
「パンの酵母は?」
「リンゴ酵母っす」
と、大事なことを最後に確認して、厨房を後にした。
『当たり前のことかもしれないけれど、みんなそれぞれ真摯に仕事をしてくれていたのね。それが普通になってしまうと、そのすごさが見えていなかった気がするわ』
アリシアさんが声を震わせている。
「夕食だけでも、カイラー、マリーク、スコットさんにグエンさんが関わっている。料理ってひとりでできるものではないのね」
『ええ、これはローランと、カーミットさんに誘導されたわね』
材料だけど、調味料とかも含めるのかしらね。
『そこからになるわね』
「次はグエンのところに行きましょう」
どうしましょう、人に聞けば聞くほど大変さを思い知っています。




